吉原お嬢

あさのりんご

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第2章

秘密の地下道(23P)

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 馬場の奥に数頭の馬が見え始めた。
「皆さんが戻っておいでです」
 上田は馬を止め,彼らを待った。先頭の白い馬に乗っている人を見てドキリとした。遠目ではっきり見えない。でも輝だ!間違いない。
 軍人さん達も私達に気づいて速度を落とし、立ちどまる。輝は、私の視線に答えるように、こっちを見た。輝は私を見ると、驚いて馬を進め駈けよってきた。カーキ色のマントがひるがえって緋色の裏生地が鮮やかに見えた。
「鈴っ…?」
「久しぶりだな」
「びっくりした!どしてここにいる?」
「……」
何と説明したらいいものか。周りに人がいて吉原のいきさつをここでは、話せない。口ごもっていると、上田が、ひらりと馬から降りた。
「安藤中隊長殿、お久しぶりです」
「おお!上田じゃないか。貴様、なんでここにいる?」
「自分は、陸軍を辞めました。今は伯爵様の執事として働いております。こちらは、伯爵の姪御様でございます。以上!」と、輝に敬礼をする。
「陸軍じゃ俺より優秀だった上田が執事?信じられん。それに、お前……鈴子だよな。伯爵の姪?嘘だろ」
 輝は馬を降り、私に詰め寄った。
「鈴子さま?安藤中隊長とお知り合いですか?」
 上田は驚いて私と、輝を交互に見ている。
「ええ……まぁ……同じ故郷なの。上田さんも、輝を知っているの?」 
「はっ!同期の桜であります。」
「優秀な上田が軍を辞めたのは惜しいな」
「いや。わたしには、軍人は務まりません。こうして、お嬢様のお伴をしていたほうが性に合っております」
「ははは。鈴。コイツは手が早いからな。気をつけろ。
で?どうしてお前が、お嬢様なの?お転婆で、貧乏なお前が、お嬢様ってありえないよな」

 なんて輝はニブイのだろう。なんて気が利かないのだろう。私は、”お嬢様”を演じているのだから、調子を合わせて欲しい。これ以上、余計な事を言わせないために、馬から飛び降りた。
「説明するから――」と言いながら輝を小道に引っ張り込んだ。他の人達に聞かれると困るのだ。私が吉原から見受けされた話は秘密にしたい。

 小道で二人だけになると
「鈴、何か訳がありそうだな」
 輝は驚きを隠せない様子で、すぐに聞いてきた。
「歩きながら話そう―― 」
 
 私は、吉原でお坊ちゃまの命を暴漢から救ったこと。そのお礼に身受けされお屋敷に入ったこと。吉原にいたのを秘密にして、伯爵様の親戚と偽ってることなどを手短に説明した。
「そいつは、すげぇ!さすが、女ガキ大将だ」
「ははは。ま、偽物お嬢様なんて……いつまで続くか分かんないけど。今は、綺麗な部屋を貰っているの」 
 なんだか、輝にちょっと自慢したくなった。
「すごいよな。伯爵様のお屋敷に住んでいるなんて。鈴、俺を案内しろ」
「いいよ。秘密の道がある。こっちさ、来てみろ?」
 お花畑を通って、池まで歩く。輝の傍にいると小さい頃みたいに自然な自分に戻れる。たわいもないことを気楽にしゃべりながら歩いた。
池に着いて、輝と地下道に降りた。
「ゲッ!鈴子。暗くて何も見えんぞ。…もっと、ましな道はないのか?」
「輝、うるせぇ!黙って歩けや」
「そういえば……おら達、田舎で秘密基地を作ったな」
「うん。面白かったな…あ!階段だ。輝、気をつけて登れや」
「わかった」
 暗い階段を上りきって、扉を上げて地上(クローゼット)に出る。
「ジャーン!あたしの部屋でーす」
 クローゼットのドアを開く。光りが注して広い洋間が視界に入る。
「わおっ!いい部屋だなあ――ベッドまである」
 輝はフランス製のベッドにドンと座った。
「あ?あっちの応接セットに座って」
「いや。いや。こっちがいい。鈴子もおいで」
 輝は、ふっとズルそうな笑みを浮かべ私の手を引いた。見たことがない目つきにドキっとした。
「…ぅ」
 輝の腕の中にすっぽり埋まってしまう。座っている背中から輝の身体の熱が伝わってくる。うなじに輝の暖かい息がかかって、くすぐったい。恥ずかしい。顔を見られてないからよかった。赤くなっていたら、よけい恥ずかしい。
「ひかる…く、くっつきすぎ」
「そんなことねぇ。大丈夫だ……」
 輝の唇ヒゲが頬に触れてピクッとした。
「キャ!痛いよ!
髭なんか、生えちゃってさ。輝って、なんか、大人みたい」
「みたい…って?俺は大人。男だ。……鈴も奇麗になったし」
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