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第2章
夜の梅(22P)
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農園を横切って花畑を過ぎると馬場はあった。柵で仕切られた広い草むらに一頭の馬が草を食んでいる。
「一頭しか残っていないですよ。他の馬は遠乗りに出かけたらしい」
「軍人さん達が乗っているの?」
「たぶん、そうでしょう。将校さん達は騎馬戦をして遊ぶのがお好きですよ。伯爵さまは毎年岩手の馬市で、名馬を探してきますから。粒ぞろいです」
柵ごしに馬を見ていると、馬が、親しげに近寄って来た。
「これは“夜の梅”という名前です」
「あら、黒毛なのに鼻に白い模様があるじゃない?」
「はい。この白い模様は梅の花の形をしております。鼻(ハナ)に花(ハナ)あり」
「わ!話(ハナ)しにならない、ダジャレ!」
「ダジャレを言うのは、ダレじゃ?」
「……もう、止めて」
「ははは、失礼しました。清少納言の“馬はまっ黒で、少しだけ白い所があるのがよい”という言葉があるそうですが。純一郎様のお気に入りの馬です」
鼻をなでてやると”夜の梅”は気持ちよさそうに目を細めている。
「おじょうさま?馬がお好きですね」
「ええ。ここにいると田舎を思い出すわ。上田さん?馬に乗れる?」
「満州では騎馬隊でしたから。ウマの扱いはウマいです。失礼。又言ってしまいました。はっはっは」
あまりに下手なダジャレを無視して、真顔で聞く。
「軍人さんだったのにどうして執事に?」
ちょっと沈黙してから、上田は、辛い記憶を絞り出すように語り始めた。
「………満州では匪賊退治がわれわれ軍人の仕事でした。土地を日本人に奪われた匪賊は開拓団を襲撃するからです。【匪賊をかくまう現地人は皆殺しせよ】それが、軍の命令でした。命令された兵隊達は、子供まで殺した。現地の村人全員が死にました。
もし、自分が皆殺しを命令されていたら…そんな事を考えると兵隊の仕事に嫌気がさしてきました。ちょうど、その頃に伯爵様から声がかかり、ここで働いております」
「むごい話しね」
「この話しは、内緒ですよ。どんな命令でも、軍人は命令に逆らうことはできません。私は臆病で軍人には向いてない。子供は殺せません。こうして、お嬢様と馬を眺めているほうが、いいのです」
上田は照れたように頭に手やって、ちらっと私を見た。なんて、優しい目なのだろう。それに、頬が赤くなっている。戦場で戦うなんてこの人には出来ないのだろう。
“夜の梅”は鼻先をぴくぴくさせてすり寄ってくる。
「ほんとに可愛い!乗ってみようかなぁ」
「では、すぐに鞍をお持ちします」
「大丈夫。なくても乗れるわ」
田舎じゃ裸馬に乗っていた。鞍はなくても早駆けも出来た。
「はっ!了解!」
上田は姿勢を正して敬礼する。私は柵に足をかけてから、エイと、飛び乗る。…お転婆は、大好き!乗馬は得意だし。
ヒヒーーン
あれ!!!
前脚を高く上げて鳴くばかり。
「どう!どう!」
手綱を操ってもうまくいかない。振り落とされそう。
「キャアー恐い!」
「危ない!」
上田が柵からヒラリと馬に飛び乗る。彼は、私のすぐ前、馬の背に落ちた。
「私に捕まって下さい!」
やみくもに、上田にしがみつく。上田は私の手綱を奪って馬を操りはじめた。私は、上田の腰ベルトを掴もうとして体に触れた。その感触はガッチリしていて何だか身体全体が硬そうだ。
「どうどうーーー」
上田が乗ると“夜の梅“はお行儀よく柵の周りを歩きだした。
「上田さん、馬に乗るのが上手。騎馬隊仕込みだし。ね?あの柵を飛び越そう!」
「はっ!了解」
上田はポンと馬の腹を蹴って、軽々と柵を飛び越えた。馬場に続く草原を走る。名馬の足取りは軽やかで、風を切って飛んでいるようだ。
「一頭しか残っていないですよ。他の馬は遠乗りに出かけたらしい」
「軍人さん達が乗っているの?」
「たぶん、そうでしょう。将校さん達は騎馬戦をして遊ぶのがお好きですよ。伯爵さまは毎年岩手の馬市で、名馬を探してきますから。粒ぞろいです」
柵ごしに馬を見ていると、馬が、親しげに近寄って来た。
「これは“夜の梅”という名前です」
「あら、黒毛なのに鼻に白い模様があるじゃない?」
「はい。この白い模様は梅の花の形をしております。鼻(ハナ)に花(ハナ)あり」
「わ!話(ハナ)しにならない、ダジャレ!」
「ダジャレを言うのは、ダレじゃ?」
「……もう、止めて」
「ははは、失礼しました。清少納言の“馬はまっ黒で、少しだけ白い所があるのがよい”という言葉があるそうですが。純一郎様のお気に入りの馬です」
鼻をなでてやると”夜の梅”は気持ちよさそうに目を細めている。
「おじょうさま?馬がお好きですね」
「ええ。ここにいると田舎を思い出すわ。上田さん?馬に乗れる?」
「満州では騎馬隊でしたから。ウマの扱いはウマいです。失礼。又言ってしまいました。はっはっは」
あまりに下手なダジャレを無視して、真顔で聞く。
「軍人さんだったのにどうして執事に?」
ちょっと沈黙してから、上田は、辛い記憶を絞り出すように語り始めた。
「………満州では匪賊退治がわれわれ軍人の仕事でした。土地を日本人に奪われた匪賊は開拓団を襲撃するからです。【匪賊をかくまう現地人は皆殺しせよ】それが、軍の命令でした。命令された兵隊達は、子供まで殺した。現地の村人全員が死にました。
もし、自分が皆殺しを命令されていたら…そんな事を考えると兵隊の仕事に嫌気がさしてきました。ちょうど、その頃に伯爵様から声がかかり、ここで働いております」
「むごい話しね」
「この話しは、内緒ですよ。どんな命令でも、軍人は命令に逆らうことはできません。私は臆病で軍人には向いてない。子供は殺せません。こうして、お嬢様と馬を眺めているほうが、いいのです」
上田は照れたように頭に手やって、ちらっと私を見た。なんて、優しい目なのだろう。それに、頬が赤くなっている。戦場で戦うなんてこの人には出来ないのだろう。
“夜の梅”は鼻先をぴくぴくさせてすり寄ってくる。
「ほんとに可愛い!乗ってみようかなぁ」
「では、すぐに鞍をお持ちします」
「大丈夫。なくても乗れるわ」
田舎じゃ裸馬に乗っていた。鞍はなくても早駆けも出来た。
「はっ!了解!」
上田は姿勢を正して敬礼する。私は柵に足をかけてから、エイと、飛び乗る。…お転婆は、大好き!乗馬は得意だし。
ヒヒーーン
あれ!!!
前脚を高く上げて鳴くばかり。
「どう!どう!」
手綱を操ってもうまくいかない。振り落とされそう。
「キャアー恐い!」
「危ない!」
上田が柵からヒラリと馬に飛び乗る。彼は、私のすぐ前、馬の背に落ちた。
「私に捕まって下さい!」
やみくもに、上田にしがみつく。上田は私の手綱を奪って馬を操りはじめた。私は、上田の腰ベルトを掴もうとして体に触れた。その感触はガッチリしていて何だか身体全体が硬そうだ。
「どうどうーーー」
上田が乗ると“夜の梅“はお行儀よく柵の周りを歩きだした。
「上田さん、馬に乗るのが上手。騎馬隊仕込みだし。ね?あの柵を飛び越そう!」
「はっ!了解」
上田はポンと馬の腹を蹴って、軽々と柵を飛び越えた。馬場に続く草原を走る。名馬の足取りは軽やかで、風を切って飛んでいるようだ。
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