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第2章
お寿司のテントで(17P)
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(ガーデンパーテイ)の日は気持ちよく晴れた。皇族、華族、閣僚、外国の大使、軍人達が大勢招かれている。美しい令嬢と良家の子息が集まる園遊会は、「絶好のお見合いの場」らしい。
私は、奥様からもえぎ色の地に銀糸の白菊をちりばめた大振袖を拝借している。着飾って外観をごまかせたとしても、上流社会の会話など、出来るはずもない。貧しい生まれで、吉原育ち。身分違いの人達とどんな話をすればよいのやら。
「鈴子さま……」
呼びかけられて振り向くと、レースの日傘をクルクル回しクリーム色のロングドレスを着た娘が、立っている。クラスで隣の席の桃子だ。少しほっとする。
「あ!桃ちゃん。おはよう」
「鈴子さま、ごきげんよう。豪華なお着物ですわね」
「ありがとう!桃ちゃんも、可愛い!」
「ドレスなんて、初めてですの。ハイヒールで歩いていると、お腹が空いてしまったわ。こちらで何か頂きたいけど、案内して下さる?」
えーと……?
なにしろ、広い庭に凄い人が集まっているから、どこに何があるかわからない。
キョロキョロしていると。
「何かお探しでいらっしゃいますか?」
紫出原家の紋章をつけた帽子をかぶり、黒い制服を着た執事が近寄って聞いてくれた。学校までついてくる上田さん。毎日,顔を見ているけどあまり話したことはない。いつもニコニコして、いい人らしい。この人に聞いてみよう。
「食べるとこってある?」
「はい。あちらの四阿(あずまや)の傍にございます。
『治作』の日本料理と『精養軒』の洋風料理を取り寄せてテントで模擬店をしつらえております。お嬢様達には、お食事の後は、野点(のだて)などいかがでしょうか?
四阿(あづまや)の後ろにある菖蒲池の月見の丘で、裏千家のお家元がお手前をなさっておいいでです」
「あら、『治作』のお寿司?あそこの”卵焼き”おいしいわ。行きましょう」
桃子はパラソルをパタンと閉じて歩きだす。
「桃ちゃん。園遊会好き?」
「ええ。賑かで大好きよ。ほら、あそこ!ナチスのネイビーがいらしている」
桃子の視線の先には紺と白のセイラー服を着た金髪の青年達が歩いて行く。
「金髪ってステキね」
「ええ。先ほど、父とドイツ大使にもお会いしたの。ヒトラー青年団の映画をプレゼントして下さるのですって」
「映画?」
「今度、うちで上映会をするから、いらして」
映画を見られたらどんなに素敵だろう。吉原じゃ、姐さん達も話しばかりで、映画を見た人は誰もいなかった。
おすしのテントは人気があって人だかりがしている。日本髪を結った芸者衆が揃いの赤い前掛けをかけて給仕していた。
「おほほー」
「まぁーご用心あそばせ。ふふふ。」
一際華やかな笑い声がする。聞き覚えのある声だけど、誰?見るとクラスメートの多美子と玉子が座っている。
「あの二人は”エス”よ」桃子が囁く。
「エス……?」
「ほら、鈴子様が、初めて登校なさった時、紙飛行機が飛んできたでしょう。あれよ。女同士お手紙を交わしたりするの。キッスまでは普通かしら……あらご挨拶よ」
桃子は二人に笑いかけ軽く会釈する。
「桃子様、鈴子様。ご機嫌よう」「桃子様、鈴子様。ご機嫌よう」
多美子と玉子の声が揃って綺麗に重なった。二人とも、淡い桜色の振り袖姿だけれど、微妙に模様が違っている。上品な桜色が二人にとてもよく似合っていた。私達も並んで腰を下ろす。
四人でお寿司を食べはじめた。
「葵の宮様がエンゲージなさったのですって。お相手は、お従兄弟の皇族らしいわ」
「まぁ……葵の宮様が?まだ十二歳なのに」
「上つかたの婚約は早いもの。わたくし、もう十八歳。売れ残りになりたくない」
「今日は、殿下が大勢見えているけど。お妃を物色しに見えているのよ。絶好のチャンスね」
「まぁ。物色だなんて。お品のないこと。吉原じぁ、あるまいし」
…っ!吉原!
桃子達の会話を黙って聞いていた私は、固まった。
私は、奥様からもえぎ色の地に銀糸の白菊をちりばめた大振袖を拝借している。着飾って外観をごまかせたとしても、上流社会の会話など、出来るはずもない。貧しい生まれで、吉原育ち。身分違いの人達とどんな話をすればよいのやら。
「鈴子さま……」
呼びかけられて振り向くと、レースの日傘をクルクル回しクリーム色のロングドレスを着た娘が、立っている。クラスで隣の席の桃子だ。少しほっとする。
「あ!桃ちゃん。おはよう」
「鈴子さま、ごきげんよう。豪華なお着物ですわね」
「ありがとう!桃ちゃんも、可愛い!」
「ドレスなんて、初めてですの。ハイヒールで歩いていると、お腹が空いてしまったわ。こちらで何か頂きたいけど、案内して下さる?」
えーと……?
なにしろ、広い庭に凄い人が集まっているから、どこに何があるかわからない。
キョロキョロしていると。
「何かお探しでいらっしゃいますか?」
紫出原家の紋章をつけた帽子をかぶり、黒い制服を着た執事が近寄って聞いてくれた。学校までついてくる上田さん。毎日,顔を見ているけどあまり話したことはない。いつもニコニコして、いい人らしい。この人に聞いてみよう。
「食べるとこってある?」
「はい。あちらの四阿(あずまや)の傍にございます。
『治作』の日本料理と『精養軒』の洋風料理を取り寄せてテントで模擬店をしつらえております。お嬢様達には、お食事の後は、野点(のだて)などいかがでしょうか?
四阿(あづまや)の後ろにある菖蒲池の月見の丘で、裏千家のお家元がお手前をなさっておいいでです」
「あら、『治作』のお寿司?あそこの”卵焼き”おいしいわ。行きましょう」
桃子はパラソルをパタンと閉じて歩きだす。
「桃ちゃん。園遊会好き?」
「ええ。賑かで大好きよ。ほら、あそこ!ナチスのネイビーがいらしている」
桃子の視線の先には紺と白のセイラー服を着た金髪の青年達が歩いて行く。
「金髪ってステキね」
「ええ。先ほど、父とドイツ大使にもお会いしたの。ヒトラー青年団の映画をプレゼントして下さるのですって」
「映画?」
「今度、うちで上映会をするから、いらして」
映画を見られたらどんなに素敵だろう。吉原じゃ、姐さん達も話しばかりで、映画を見た人は誰もいなかった。
おすしのテントは人気があって人だかりがしている。日本髪を結った芸者衆が揃いの赤い前掛けをかけて給仕していた。
「おほほー」
「まぁーご用心あそばせ。ふふふ。」
一際華やかな笑い声がする。聞き覚えのある声だけど、誰?見るとクラスメートの多美子と玉子が座っている。
「あの二人は”エス”よ」桃子が囁く。
「エス……?」
「ほら、鈴子様が、初めて登校なさった時、紙飛行機が飛んできたでしょう。あれよ。女同士お手紙を交わしたりするの。キッスまでは普通かしら……あらご挨拶よ」
桃子は二人に笑いかけ軽く会釈する。
「桃子様、鈴子様。ご機嫌よう」「桃子様、鈴子様。ご機嫌よう」
多美子と玉子の声が揃って綺麗に重なった。二人とも、淡い桜色の振り袖姿だけれど、微妙に模様が違っている。上品な桜色が二人にとてもよく似合っていた。私達も並んで腰を下ろす。
四人でお寿司を食べはじめた。
「葵の宮様がエンゲージなさったのですって。お相手は、お従兄弟の皇族らしいわ」
「まぁ……葵の宮様が?まだ十二歳なのに」
「上つかたの婚約は早いもの。わたくし、もう十八歳。売れ残りになりたくない」
「今日は、殿下が大勢見えているけど。お妃を物色しに見えているのよ。絶好のチャンスね」
「まぁ。物色だなんて。お品のないこと。吉原じぁ、あるまいし」
…っ!吉原!
桃子達の会話を黙って聞いていた私は、固まった。
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