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第2章
女子学習院(13P)
しおりを挟む翌朝――女中さんが、銀のワゴンに朝食を載せて運んできた。応接セットのテーブルにうやうやしく置かれたお盆には、トーストとハチミツと紅茶。それに見たこともない果物が添えられている。
豪華な布張りの椅子に座って御馳走を頂いた。
美味しい!紅茶の芳芳しい香り☕️ふかふかの焼きたてのパン🍞。
それにしても、なんと上品な食器なのだろう――バラ模様をあしらった紅茶のお茶碗は輝くような白い陶器で、紅茶を金色に輝かせていた。
階下で、自動車のクラクションが鳴った。
いけない!
ゆっくり食べていたら、もう出発時間じゃないの。
奥様に叱られる。
全力疾走で玄関へ。
慣れない袴だけれど、なんだか着物より動きやすい。
階段を二段おきに降りた。最期は、えい!と数段残して飛び降りる。
玄関にはフォードが止まっていた。そのドアの前には、黒いユニフォームに紋章入り制帽姿の青年が直立している。あの人?吉原に迎えに来た人だわ。目が会うとにっこりして
「ハッ!執事の上田であります!終わり」
大声で、言って敬礼した。背格好はガッチリして、日焼けした顔は引き締まって口髭が男っぽい。この間は暗闇でよく見えなかったけれど、使用人なのに威厳さえある。
敬礼されたので、どうしていいかわからないので「どうも……」と、ペコペコ頭を下げた。
すると着物姿の女の人が駈けよって来て
「お嬢様、頭をお上げになって。上田ごときに丁寧な挨拶はいりません」と耳元で囁く。
「えっ?」と、私にとんでもないことを言ったその人をまじまじと見てしまった。
ふっくらして大柄な女性。三十歳ぐらいだろうか。
「多恵と申します。本日より鈴子様のお付きを申しつかりました」
「え?一緒に学校に行くの?」
「はい。もちろんでございますとも。私は、供待ちの部屋で裁縫や手芸を習わせて頂きます」
「さぁ、お乗り下さいませ。」
上田がうやうやしく車のドアを開けた。
学校はどっちにあるのか見当もつかないけれど。車で送ってくれるらしい。運転手さんも吉原に迎えに来た人だった。多恵さんは風呂敷包みを持って私の隣に座ると、「学校は青山の明治神宮外苑にございます。すぐに着きますよ」と、教えてくれた。
多恵さん、運転手さん、執事の上田さん。三人もお付きがいる。見張られているようで落ち着かない。ソワソワしていると多恵さんが優しく話しかけてくれた。
「お嬢様は女子学習院、高等科2年です。ですから、梅宮様と同じクラスで、ご学友になれますよ」
「…っ!あ、あたし、平民だけど。大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫ですとも。平民出の方もいらっしゃいます。ほとんどは華族の御令嬢ですが鈴子様は紫出原伯爵様のご親戚ですもの。ご心配には及びません。 それに奥様は由緒ある大名家のお家柄ですから。あのお屋敷の使用人は100名以上おりますが、先祖代々、奥様のご実家にお仕えしていた者が多いのです」
「大きい、お屋敷でびっくりしました」
「そりゃもう。敷地は5万坪以上です。敷地内に職員の住宅もあるのです。お屋敷は、一万坪ぐらいでしょうか。地上三階、地下一階の洋館と二階建ての日本館。茶室のある日本庭園や、馬場、園芸場も作られています」
「池もあるのですか?」
きのう、秘密の通路から出た所にあった気味悪い池が気になる。
「ええ。菖蒲池、水連の池、雁の池がございます。
雁の池には、こわーい伝説があって肝試し大会に使われたそうですよ」
「雁って鳥の名前?」
「ええ。小さな白鳥って感じで、泳ぐ姿は風情があるのです」
「どこにあるのですか?」
「雁の池はお稲荷さんの隣にございます」
「お稲荷さんもあるの?」
「もちろんです。お稲荷さんは、財産を守ってもらう為、江戸時代の大名家では、どこでも祭っておりました」
「多恵さん、その恐い伝説を聞かせて欲しいわ」
多恵さんは声をひそめて話だした。
「二百年ぐらい前のこと……ここのお屋敷の殿様には如月という美しい側室がおりました。しかし、如月が殿様を裏切ったという噂が流れました。殿様は怒って家来に命じ、如月を荒縄で縛り上げ雁の池に投げ込んだのです。悲しい事に、如月のお腹には赤子がいたのです。その後、池の傍では赤子の声が聞こえたり、側室に死産が続いたり。池で溺れた側室もいたそうです」
「えっ…」
昨日、カラスの鳴き声だと思ったけど。赤子の声だったりして……
「ふふふ。恐いお話でしょう?今度、そのお池にゆっくりご案内いたしますから」
固まっている私がおもしろいのか多恵さんはニコニコして言う。
「まぁーあちらに殿下が!」
多恵さんの声で、車は急停車した。
「殿下は、御殿から学習院へ徒歩で通われます。
車で追い越しては失礼ですから。鈴子様、降りてお歩き下さい。ここからは、私だけがお伴します」
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