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第1章
昭和維新(5P)
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「鈴、ここが空いてる」
輝が目配せした。よかった。輝の近くなら気が楽だ。朱塗りのお膳を挟んで輝の前に座る。美味しそうなおかずに、ため息が出る。いいな。私も食べたい。
「腹、減ってるのか?」と輝が聞いたので「い、いや…大丈夫だ」と答えたけれど、グーーとお腹が鳴って周りの軍人さん達がどっと笑う。恥ずかしい。
「大原様が、お着きです」
襖の外から女将さんが声をかけると、金縁めがねをかけた紳士が痩せた着物姿の男を従えて入ってきた。背広姿の紳士は、堂々と上座に立つと満面の笑みを浮かべる。
「やあー諸君!わしは、西満州鉄道の大原だ。今夜は、有名な北先生にお越し頂いておる」
痩せた男は大原の傍で頭を下げる。大原さんは張りのある声で紹介を始めた。
「こちらは、『日本改造法案大綱』などすぐれた書物を書いておられる先生だ。これから、君たちに講演をして下さる。食べながら聞いてくれたまえ。酒も充分に用意してある。今夜は、わしの奢りだ」
「大原さん、お待ちしておりました。さ、こちらへ」
輝は空席になっていた席を勧め、自分は、大原さんの真向かいに陣取った。そして、私には「俺の飯、全部食べていいぞ。酌はしないで座っていろ」と囁く。
えっ!食べていいの?刺身、てんぷら、卵焼きだってある。
「いただきます!」
美味しい―――
故郷では食べ物がなくて山に生えている草や木の実で飢えをしのいだ時もあったけど。こんな御馳走、母さんや弟にも食べさせたい。ひたすら食べていると、隣に座った輝と大原さんの話しが聞こえてきた。
「満州にいる石原から連絡はありましたか?」
大原さんに尋ねる輝の声は真剣で、思わず耳を澄ます。
「極秘情報だがね、米国が満鉄に対抗して新しい路線を開発する気らしい」
「では、満鉄はどうなるのですか?」
「アメリカは張学良と組んでいる。奴は、父親を爆殺した日本を恨んでいるから、満鉄を潰すつもりだ」
輝は大原の話に頷きながら語気を強める。
「日本の為に満州を取らねばならないのです。食えない日本人の生命線ですよ。それなのに外交は軟弱すぎませんか?外務大臣の紫出原伯爵は、外国の顔色を伺う臆病者だ」
「案じるな。奴はリストに入っている」
紫出原伯爵!純一郎のお父さんだわ。リストって?何だろう?
「わしの会社は、満州に手を広げておる。満州の会社が潰れたら路頭に迷う日本人で溢れるだろう。今年は、長野の製糸工場がバタバタ倒産して女工達は失業だ。しかも、不作で日本の農民は食えない。満州は新天地だ。貧しい日本人の為に絶対守らねばならんのだ」
大原さんは、ますます熱くなっていく。
「我が国の将来は勇敢な諸君にかかっておる。満州での帝国軍の拡大は支那軍を懲(こ)らしめる為の“聖戦”であって“戦争”ではない。しかるに臆病な紫出原伯爵は軍人批判などしておる。けしからん。わしは、君達を援助するぞ」
大原さんはカバンから分厚い金色の封筒を取り出して輝の前に置いた。
「これは、革命党の活動資金じゃ」
「ありがとうございます」
輝は大原に礼を言いながら、それを、軍服の内ポケットにしまった。
お金をもらった?輝が、満鉄の経営者からどうしてお金を貰うのだろう。
「では、わしはこれで帰るが君達は、北先生のお話を聞くがよい」
大原さんが退出されると座が砕けた感じになって軍人さん達はワイワイ言いながら杯を交わしはじめた。私も箸を動かす。卵焼き、刺身、煮物――皆美味しくて、お茶碗にくっついたお米まで一粒ずつ丁寧に頂いた。
そして、横の小さなお膳にとりかかる。可愛いお菓子。それは、口に含むと白あんを挟んだお餅で、真ん中に甘く煮たごぼうが入っていた。おいしくて、思わずため息がでる。これは、きっと “はなびらもち”。皇室様がお祝いの時に召し上がる、夢にみていたお菓子だわ。
いつの間にか周りは静かになって、北原先生のお話しを熱心に聞いている。食べ終わってキョロキョロし出した私に、はす向かいに座っていた軍人さんがそっと教えてくれた。
「あの先生は霊感がおありになる。多摩御陵を参拝した時に亡くなった大正天皇が蘇って勅語を宣まわれたそうな。あの右目は義眼だよ。だから、“片目の魔王”って呼ばれている」
あの小柄な北先生は“魔王”?
確かに、話が上手い。聞いている軍人さんは魔法にかかっているように話に陶酔しきっている。部屋全体が凄い熱気に包まれている。
「農民は貧しい生活をしておるが、財閥は豚のように肥えていくばかりだ。このような国の仕組みを変えなければならん!」
北先生の声が一段と高くなる。
「我々が一致団結する時が来た。君達のように志が高い若者が昭和を変えなければならん!」
『昭和維新を断行する君達に乾杯!』
『昭和維新断行!乾杯!』
『昭和維新断行!乾杯!』
「君も飲みたまえ」と、隣の人が、私に茶碗を差し出す。
「え?いいのですか?」
一升瓶の酒がトクトクと注がれる。
「さあ、ぐーっと、いきなさい」
お酒ですかぁー。はじめてだけど、言われるままに、イッキに飲み干す。
あらっ!?おいしい!
「お、君いけるじゃないか」
「イッキ飲みとは、頼もしい」
「さ、もっと、お飲み」
「そんなに、飲ませて大丈夫か」
「大丈夫です。私、お酒強いみたい」
「いや、たいした飲みっぷりだね」
へへぇー
なんか、いい気持ち。
周りがグイグイ注いでくれるし。
「おい、鈴。調子に乗るなよ」
そういう、輝も顔が赤い。もともと、色が白いから頬がピンク色に染まっている。
「あれ?安藤、この子知っているのか?」
「ああ、幼なじみだ」
「そうか。鈴ちゃん、昭和維新の歌を教えてやろう」
~♪~♪
昭和(しょうわ)維新(いしん)の
春(はる)の空(そら)
正義(せいぎ)に結(むす)ぶ
丈夫(ますらお)が
胸裡(きょうり)
百万兵(ひゃくまんへい)足(た)りて
散(ち)るや万朶(ばんだ)の
桜花(さくらばな)
~♪~♪~♪~♪
何番まで歌詞があるのか…長い…
ふぁー頭がグルグルと回りだした。
輝が目配せした。よかった。輝の近くなら気が楽だ。朱塗りのお膳を挟んで輝の前に座る。美味しそうなおかずに、ため息が出る。いいな。私も食べたい。
「腹、減ってるのか?」と輝が聞いたので「い、いや…大丈夫だ」と答えたけれど、グーーとお腹が鳴って周りの軍人さん達がどっと笑う。恥ずかしい。
「大原様が、お着きです」
襖の外から女将さんが声をかけると、金縁めがねをかけた紳士が痩せた着物姿の男を従えて入ってきた。背広姿の紳士は、堂々と上座に立つと満面の笑みを浮かべる。
「やあー諸君!わしは、西満州鉄道の大原だ。今夜は、有名な北先生にお越し頂いておる」
痩せた男は大原の傍で頭を下げる。大原さんは張りのある声で紹介を始めた。
「こちらは、『日本改造法案大綱』などすぐれた書物を書いておられる先生だ。これから、君たちに講演をして下さる。食べながら聞いてくれたまえ。酒も充分に用意してある。今夜は、わしの奢りだ」
「大原さん、お待ちしておりました。さ、こちらへ」
輝は空席になっていた席を勧め、自分は、大原さんの真向かいに陣取った。そして、私には「俺の飯、全部食べていいぞ。酌はしないで座っていろ」と囁く。
えっ!食べていいの?刺身、てんぷら、卵焼きだってある。
「いただきます!」
美味しい―――
故郷では食べ物がなくて山に生えている草や木の実で飢えをしのいだ時もあったけど。こんな御馳走、母さんや弟にも食べさせたい。ひたすら食べていると、隣に座った輝と大原さんの話しが聞こえてきた。
「満州にいる石原から連絡はありましたか?」
大原さんに尋ねる輝の声は真剣で、思わず耳を澄ます。
「極秘情報だがね、米国が満鉄に対抗して新しい路線を開発する気らしい」
「では、満鉄はどうなるのですか?」
「アメリカは張学良と組んでいる。奴は、父親を爆殺した日本を恨んでいるから、満鉄を潰すつもりだ」
輝は大原の話に頷きながら語気を強める。
「日本の為に満州を取らねばならないのです。食えない日本人の生命線ですよ。それなのに外交は軟弱すぎませんか?外務大臣の紫出原伯爵は、外国の顔色を伺う臆病者だ」
「案じるな。奴はリストに入っている」
紫出原伯爵!純一郎のお父さんだわ。リストって?何だろう?
「わしの会社は、満州に手を広げておる。満州の会社が潰れたら路頭に迷う日本人で溢れるだろう。今年は、長野の製糸工場がバタバタ倒産して女工達は失業だ。しかも、不作で日本の農民は食えない。満州は新天地だ。貧しい日本人の為に絶対守らねばならんのだ」
大原さんは、ますます熱くなっていく。
「我が国の将来は勇敢な諸君にかかっておる。満州での帝国軍の拡大は支那軍を懲(こ)らしめる為の“聖戦”であって“戦争”ではない。しかるに臆病な紫出原伯爵は軍人批判などしておる。けしからん。わしは、君達を援助するぞ」
大原さんはカバンから分厚い金色の封筒を取り出して輝の前に置いた。
「これは、革命党の活動資金じゃ」
「ありがとうございます」
輝は大原に礼を言いながら、それを、軍服の内ポケットにしまった。
お金をもらった?輝が、満鉄の経営者からどうしてお金を貰うのだろう。
「では、わしはこれで帰るが君達は、北先生のお話を聞くがよい」
大原さんが退出されると座が砕けた感じになって軍人さん達はワイワイ言いながら杯を交わしはじめた。私も箸を動かす。卵焼き、刺身、煮物――皆美味しくて、お茶碗にくっついたお米まで一粒ずつ丁寧に頂いた。
そして、横の小さなお膳にとりかかる。可愛いお菓子。それは、口に含むと白あんを挟んだお餅で、真ん中に甘く煮たごぼうが入っていた。おいしくて、思わずため息がでる。これは、きっと “はなびらもち”。皇室様がお祝いの時に召し上がる、夢にみていたお菓子だわ。
いつの間にか周りは静かになって、北原先生のお話しを熱心に聞いている。食べ終わってキョロキョロし出した私に、はす向かいに座っていた軍人さんがそっと教えてくれた。
「あの先生は霊感がおありになる。多摩御陵を参拝した時に亡くなった大正天皇が蘇って勅語を宣まわれたそうな。あの右目は義眼だよ。だから、“片目の魔王”って呼ばれている」
あの小柄な北先生は“魔王”?
確かに、話が上手い。聞いている軍人さんは魔法にかかっているように話に陶酔しきっている。部屋全体が凄い熱気に包まれている。
「農民は貧しい生活をしておるが、財閥は豚のように肥えていくばかりだ。このような国の仕組みを変えなければならん!」
北先生の声が一段と高くなる。
「我々が一致団結する時が来た。君達のように志が高い若者が昭和を変えなければならん!」
『昭和維新を断行する君達に乾杯!』
『昭和維新断行!乾杯!』
『昭和維新断行!乾杯!』
「君も飲みたまえ」と、隣の人が、私に茶碗を差し出す。
「え?いいのですか?」
一升瓶の酒がトクトクと注がれる。
「さあ、ぐーっと、いきなさい」
お酒ですかぁー。はじめてだけど、言われるままに、イッキに飲み干す。
あらっ!?おいしい!
「お、君いけるじゃないか」
「イッキ飲みとは、頼もしい」
「さ、もっと、お飲み」
「そんなに、飲ませて大丈夫か」
「大丈夫です。私、お酒強いみたい」
「いや、たいした飲みっぷりだね」
へへぇー
なんか、いい気持ち。
周りがグイグイ注いでくれるし。
「おい、鈴。調子に乗るなよ」
そういう、輝も顔が赤い。もともと、色が白いから頬がピンク色に染まっている。
「あれ?安藤、この子知っているのか?」
「ああ、幼なじみだ」
「そうか。鈴ちゃん、昭和維新の歌を教えてやろう」
~♪~♪
昭和(しょうわ)維新(いしん)の
春(はる)の空(そら)
正義(せいぎ)に結(むす)ぶ
丈夫(ますらお)が
胸裡(きょうり)
百万兵(ひゃくまんへい)足(た)りて
散(ち)るや万朶(ばんだ)の
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