吉原お嬢

あさのりんご

文字の大きさ
上 下
4 / 42
第1章

玉簪:たまかんざし(4p)

しおりを挟む
 女部屋は着替えたり、化粧をする部屋になっている。隅にあるその部屋に入ると夏代さんが一人座っていた。姐さんは髪を結いあげお化粧も済ませていた。

 「鈴ちゃんが、お座敷係りでよかったね。びっくりするといけないから、知らせておくけど。輝さんが来ているよ。うらやましい」
 夏代さんは帯をグイと締めあげる。 
 「え?お座敷に出るのですか?」
 お座敷でお客の相手をしたことはほとんどない。今まではお酒や料理を運ぶぐらいだったけれど大丈夫?
「あら。女将さんから聞いてないの。お座敷に出るのよ。
 二階には”桜会”の連中が来ている。あの人達は常連さんだよ」
「常連さん?」
「そう。輝さんは一番目立つね。俳優の”バンツマ”阪東妻三郎にそっくり。
 あんな、男と、幼馴染みなんて、夢みたい。せっかくだから話しておいで。
 兵隊さんはね……いつ戦場に出るかわからない。いつも吉原で遊んでいる若旦那とは違うだろ」
「えっ…戦場?」
「満州じゃ、戦争が起きているのさ。ここだけの話だけど二階にいる将校さん達の中には事件を起こして満州に左遷された人達がいるのよ。だけど、日本にいる。ま、公然の秘密らしいけど。」
「満州…?」
「うん。左遷されたのに…勝手に帰ってくるし。困った連中だね。ははは。鈴ちゃん、満州を知っている?」
「はい。親戚が開拓団で、満州に行きました。」
「そうか…日本も不景気だけど、開拓団も、大変らしい。満州は匪賊が出るから。それに、アメリカが満鉄をねらっている。日本は、軍人さんだけが頼りだね。政治家は理屈ばかりで、ダメなんだよ。」
「姐さんは、詳しいですね」
「ここには、いろんな客がくるだろう。
身分を隠していても解っちまうね。
お酒飲みながらの会合だからさ。
横でお酌しているとヒミツを沢山聞いてしまう。
鈴もこれからは、お座敷でいろんな話しを聞くだろうけど、黙ってな。
”マタハリ”みたいになると大変だから」
「え?なんですか?そのマタハリって?」
「知らないの?巴里(パリ)の高級娼婦だよ。マタハリが踊り子だった時の写真を見たけど奇麗な人でねぇ…軍の偉い人と、何人も関係を持っていたらしい。利用されたのか……好きな男の為に働いたのか……女スパイって烙印を押されて銃殺された。可愛そう…」
 手慣れた夏代さんはお喋りしながら、素早く髪を結い上げた。青紫地の友禅を着せてもらう。鏡に映る姿が大人っぽい。
「鈴ちゃん、かんざしは?」
「持ってないです」
「いいのがあるけど……こればっかりは…どうかな……?」
 夏代さんは鏡台の引きだしからかんざしを取り出して見せてくれた。それは、銀の太い柄に息をのむ程美しい赤色の玉がついた゛玉かんざし゛だった。
「わっ!奇麗…」
「ああ。お江戸の頃、太夫が使っていた絶品さ。だけど誰も使わない」
「どうして?」
「心中に使われたらしいよ。銀の柄が凄く尖がっているだろう。
これで、胸を一突きしたらあの世行き。
こんな話を聞いちゃ鈴ちゃんも、気味が悪いだろ?」
「平気です!奇麗なモンは奇麗だし。あの世で結ばれたなら、不吉じゃない。お守りになります。
「強いねぇー
じゃぁ、これはあんたが使っていいよ」
「ありがとうございます!」
 好きな男とあの世で結ばれた花魁の簪(かんざし)は炎のように煌(きら)めいている。髪に刺すと大人っぽく見えた。好きだな。これ。いつも髪に飾っておこう。”赤は魔よけの色”母さんはそう言っていた。お守りになる。
「できあがり!目がキラキラして、色が白くて鈴ちゃん、ホント奇麗になったね。
さあ――二階に行っといで」

「お酒飲みの軍人さん、いやだな」
「何、言ってんの。あの人達は、男だけの士官学校を出たばかり。女にはめっぽう弱いから、大丈夫さ」
階段を上がりきって部屋の前で深呼吸。手ぶらだけどいいのかな?
ま、いいか。思い切って「失礼します」と襖を開けた。
「お!可愛いな」
「お酌してよ」
なんて声が飛んできた。
座敷を見回すと、軍人さんばかり二十人ぐらい集まっている。みんな若い。
どこに行けばいいの…
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-

ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代―― 後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。 ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。 誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。 拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生! ・検索キーワード 空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道

富嶽を駆けよ

有馬桓次郎
歴史・時代
★☆★ 第10回歴史・時代小説大賞〈あの時代の名脇役賞〉受賞作 ★☆★ https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/853000200  天保三年。  尾張藩江戸屋敷の奥女中を勤めていた辰は、身長五尺七寸の大女。  嫁入りが決まって奉公も明けていたが、女人禁足の山・富士の山頂に立つという夢のため、養父と衝突しつつもなお深川で一人暮らしを続けている。  許婚の万次郎の口利きで富士講の大先達・小谷三志と面会した辰は、小谷翁の手引きで遂に富士山への登拝を決行する。  しかし人目を避けるために選ばれたその日程は、閉山から一ヶ月が経った長月二十六日。人跡の絶えた富士山は、五合目から上が完全に真冬となっていた。  逆巻く暴風、身を切る寒気、そして高山病……数多の試練を乗り越え、無事に富士山頂へ辿りつくことができた辰であったが──。  江戸後期、史上初の富士山女性登頂者「高山たつ」の挑戦を描く冒険記。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

処理中です...