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第1章
幼なじみ(3P)
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伯爵さまかぁ……フロックコートと山高帽子が似合っていた。貧乏して死んでしまった父さんとは月とスッポン。
お店に帰ろうとした時…チャランコ チャランコと金棒引きの音が聞こえてきた。花魁道中が始まるらしく通りに人々が集まってくる。私も人の流れにつられて沿道に並んだ。今日の花魁はどんな打掛だろう…髪飾りはべっ甲かしら、銀かしら……
箱提灯を持った若い男の人が先に立ち、振袖を着た少女が二人並んで歩いてくる。続いて花魁が高下駄でしずしずと進んで来た。べっ甲の簪を幾本もさし、緋色の打掛けは三枚重ね。銀の帯をだらりと前に垂らしている。
沿道にはどんどん人が集まってくる。
美しく着飾った花魁は高下駄をはいてゆっくり一歩、一歩八文字をなぞって進んでいく。
これほど豪華な”花魁道中”を歩くのは、売れっ子の太夫に違いない。
「や、上玉だな。」
「吸いつけタバコなんて、たまんねぇぞ」
「無理、無理。花魁は、大名道具って言うじゃねえか」
若い男の人達が騒いでいる。声の方を見ると、さっきの軍人さん達だ。
輝もいるかな?
そっと見回す。
あ!いた。
同じ列、一人挟んで隣にいる。すごい!こんなに近くにいるなんて。さっきすれ違った時は、はっきり見ていない。今は少し後ろに身を引いて輝を盗み見る。視線は後ろからでも感じるというけれど。こうして、じっと見ていたら気づくかな?
だめだぁー輝は花魁に見とれている。こっち向け。顔見せろ。
゛トン゛゛トン゛と下駄で土を蹴る。
え!?
輝が振り返ってこっちを見た!目が会ってあわてて、逸らす。びっくりした。気づいたかな。
輝はこっちを見て……「お~ぉ!」と、声を上げ、嬉しそうに笑った。
「鈴!鈴でねぇか?!」
手を振って駈けよって来た。
「お!近くで見てもやっぱり鈴だ。大人になって、見違えたべ」
「輝も!デカクなったなぁ。
昔はヒョロヒョロしてたけんど。もう投げ飛ばせねぇや。」
「ははは。鈴は強かったな。俺はよく、泣かされた。」
あぁ……懐かしい。ふと、小さかった頃、みんなで駆け回った草原が蘇ってきた。
……あそこには…ウサギが走っていた……
可愛いくて、一緒に追いかけて…輝が捕まえてくれたっけ……
「おい、安藤。女と話してんじゃねえ。行くぞ」
丸いメガネをかけた人がこっちに来て話しを遮った。
「いちいち、うるせぇな橋本」
輝がつぶやく。
安藤…?そういえば、輝はそんな苗字だった。安藤さんち(家)は地主さん。でっかい家だったけど。おじさん、おばさんはいい人で。遊びに行ってラムネをくれた。初めて飲んだラムネ!おいしかった……
いつの間に花魁道中は通り過ぎて見物の人達が散り始めていた。隣にいた若い将校達も歩きはじめる。輝も行くの?行っちゃうの?
「鈴、どこで働いている?」
輝が私の顔をのぞきこんだ。
「松野屋だけど」
「へ!俺達も、松野屋に行く所だ。一緒に行くべ」
「わぁー輝と、まだ、しゃべれる」
輝も、なまってるべ。あははは。
胸を張って歩く姿勢は昔と同じ。なぜか、輝の細かい仕草まで覚えている。でも、興奮しすぎて、気がきいた言葉が出ない。故郷を封印していたから聞きたいことがありすぎて何から言っていいものか…
黙って、少し後ろからついていくと
「鈴子は幾つになった?」
輝が振り向いて大声で聞く。大声を張り上げる所も変わってねえ。
「十七歳だ。」
「そうか。俺は、二十三歳になった。鈴は親孝行だな」
「んだ。お国から田んぼを借りていたけんど。
払下げするから金を払えって。金払わないと、田んぼとりあげられて、飢え死にだもんな。役場の掲示板に
”娘身売りの場合は当相談所へおいで下さい”って貼紙があって。吉原の”公周旋人”がいたからこっちに、来る子は多かった。
友達と来たけど。もう……皆バラバラで……」
「そうか…」
話しに夢中になっていたら松野屋についてしまった。リーダーらしき橋本さんは女将に「芸者も酌もいらん。誰も入れるな。」と言う。軍人さん達は吉原に女遊びに来たのではないらしい。二階から彼らの話し声が漏れてくる。何か相談しているのかな…ふいに、後ろからトンと肩を叩かれた。振り向くと女将さんが、いた。地味な着物を色っぽく着つけて、いつもキビキビと働いている人だ。
ぼんやりと立ち聞きしていた私。叱られると思ったけれど、「鈴子。これを着ておいで。」と青紫地に銀の牡丹が浮き出た友禅を渡してくれた。
こんな奇麗な着物を?私が戸惑っていると
「さっさと、女部屋に行きな。夏代姐さんが着つけてくれるから」と睨まれた。
お店に帰ろうとした時…チャランコ チャランコと金棒引きの音が聞こえてきた。花魁道中が始まるらしく通りに人々が集まってくる。私も人の流れにつられて沿道に並んだ。今日の花魁はどんな打掛だろう…髪飾りはべっ甲かしら、銀かしら……
箱提灯を持った若い男の人が先に立ち、振袖を着た少女が二人並んで歩いてくる。続いて花魁が高下駄でしずしずと進んで来た。べっ甲の簪を幾本もさし、緋色の打掛けは三枚重ね。銀の帯をだらりと前に垂らしている。
沿道にはどんどん人が集まってくる。
美しく着飾った花魁は高下駄をはいてゆっくり一歩、一歩八文字をなぞって進んでいく。
これほど豪華な”花魁道中”を歩くのは、売れっ子の太夫に違いない。
「や、上玉だな。」
「吸いつけタバコなんて、たまんねぇぞ」
「無理、無理。花魁は、大名道具って言うじゃねえか」
若い男の人達が騒いでいる。声の方を見ると、さっきの軍人さん達だ。
輝もいるかな?
そっと見回す。
あ!いた。
同じ列、一人挟んで隣にいる。すごい!こんなに近くにいるなんて。さっきすれ違った時は、はっきり見ていない。今は少し後ろに身を引いて輝を盗み見る。視線は後ろからでも感じるというけれど。こうして、じっと見ていたら気づくかな?
だめだぁー輝は花魁に見とれている。こっち向け。顔見せろ。
゛トン゛゛トン゛と下駄で土を蹴る。
え!?
輝が振り返ってこっちを見た!目が会ってあわてて、逸らす。びっくりした。気づいたかな。
輝はこっちを見て……「お~ぉ!」と、声を上げ、嬉しそうに笑った。
「鈴!鈴でねぇか?!」
手を振って駈けよって来た。
「お!近くで見てもやっぱり鈴だ。大人になって、見違えたべ」
「輝も!デカクなったなぁ。
昔はヒョロヒョロしてたけんど。もう投げ飛ばせねぇや。」
「ははは。鈴は強かったな。俺はよく、泣かされた。」
あぁ……懐かしい。ふと、小さかった頃、みんなで駆け回った草原が蘇ってきた。
……あそこには…ウサギが走っていた……
可愛いくて、一緒に追いかけて…輝が捕まえてくれたっけ……
「おい、安藤。女と話してんじゃねえ。行くぞ」
丸いメガネをかけた人がこっちに来て話しを遮った。
「いちいち、うるせぇな橋本」
輝がつぶやく。
安藤…?そういえば、輝はそんな苗字だった。安藤さんち(家)は地主さん。でっかい家だったけど。おじさん、おばさんはいい人で。遊びに行ってラムネをくれた。初めて飲んだラムネ!おいしかった……
いつの間に花魁道中は通り過ぎて見物の人達が散り始めていた。隣にいた若い将校達も歩きはじめる。輝も行くの?行っちゃうの?
「鈴、どこで働いている?」
輝が私の顔をのぞきこんだ。
「松野屋だけど」
「へ!俺達も、松野屋に行く所だ。一緒に行くべ」
「わぁー輝と、まだ、しゃべれる」
輝も、なまってるべ。あははは。
胸を張って歩く姿勢は昔と同じ。なぜか、輝の細かい仕草まで覚えている。でも、興奮しすぎて、気がきいた言葉が出ない。故郷を封印していたから聞きたいことがありすぎて何から言っていいものか…
黙って、少し後ろからついていくと
「鈴子は幾つになった?」
輝が振り向いて大声で聞く。大声を張り上げる所も変わってねえ。
「十七歳だ。」
「そうか。俺は、二十三歳になった。鈴は親孝行だな」
「んだ。お国から田んぼを借りていたけんど。
払下げするから金を払えって。金払わないと、田んぼとりあげられて、飢え死にだもんな。役場の掲示板に
”娘身売りの場合は当相談所へおいで下さい”って貼紙があって。吉原の”公周旋人”がいたからこっちに、来る子は多かった。
友達と来たけど。もう……皆バラバラで……」
「そうか…」
話しに夢中になっていたら松野屋についてしまった。リーダーらしき橋本さんは女将に「芸者も酌もいらん。誰も入れるな。」と言う。軍人さん達は吉原に女遊びに来たのではないらしい。二階から彼らの話し声が漏れてくる。何か相談しているのかな…ふいに、後ろからトンと肩を叩かれた。振り向くと女将さんが、いた。地味な着物を色っぽく着つけて、いつもキビキビと働いている人だ。
ぼんやりと立ち聞きしていた私。叱られると思ったけれど、「鈴子。これを着ておいで。」と青紫地に銀の牡丹が浮き出た友禅を渡してくれた。
こんな奇麗な着物を?私が戸惑っていると
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