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第7章

ユンズのおめでた(63p)<エピソード>

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 昭和四十二年、四月。芳子は、浙江省せっこうしょうの寺での避寒を予定より早めに切り上げ、長春に戻った。
 芳子は、ユンズの”おめでた”を知って、かけつけたのである。ユンズは、三年前、二十歳で結婚していた。お相手は、人民解放軍の兵士、張連挙である。
 中国では、戸籍は関係なく、親子、兄弟の縁を結ぶ風習があり、芳子は、残留孤児であるユンズを、娘として可愛がっていた。
 
 身重のユンズは、里帰りしており、さっそく、戸籍上の父親の段連祥と芳子の家を訪れた。芳子は、ユンズが赤ちゃんを産んで、一人前の母親になると聞いて夢のようでもある。あの、おチビさんが、もう、一前のお母さん?駄々っ子だった頃が、つい、昨日のように思い出されたりする。

「ユンズ、おめでとう。体調はどう?」
「つわりが、ひどくて。あんまり食べられない」
「妊婦さんは、のんびりしていれば、いいの。食べられない時は、無理に食べなくてもいい」
 
 芳子は、コーヒーカップにさ湯を注ぎ、蜂蜜を溶かしてミカン汁を落した。
「栄養があって、飲みやすいわよ」
 ユンズは、恐る恐る飲み始めたが、「美味しい!」とにっこり。一気に、飲み干し「おかわり!」と言う。
「ふふふ。相変わらず、甘党ね」
 
 芳子は、自分にも、蜂蜜湯を作った。ゆったりと、二人でクラッシックレコードを聴きながら、ウトウト……犬の吠える声で目を覚ました。ユンズも眠そうに目を細めている。

「あら、仲良く眠っちゃった」
 芳子は、身体を起こし首を回す。寝違えたのか、右肩が妙に痛い。

「お花畑の夢を見てた……きれいな花がいっぱい。白やピンクや、青い花も咲いていたの」

「あら、それは、吉兆、良い知らせよ。きっと、美しい女の子が生まれるわ」

 ユンズは、うれしそうにほほ笑んだ。

「方ママ、もう、梅が咲いてるよ」

「暖かくして、お散歩に行く?運動しておいたほうが、お産は楽よ」
 

 二人は、連れ立って早春の小道を歩き始めた。雪が溶け、畑では、円錐形の帽子をかぶった農夫が一人で土を耕していた。広々とした大地が、地平線を刻んでいる。
 
芳子は、自分に孫が出来ると思うと、うれしくてたまらない。
「ユンズ?赤ちゃんの名前はもう決めたの?」
「まだよ。男の子か女の子か分からないし」
「生まれてくる子は、将来、美しくて、聡明な役立つ人間で、お金持ちになってもらいたいわね」
「それって、すごい欲張り。そんな名前があるの?」
「あるのよ。ぎょく、これ一文字」
「ぎょく?ああ、かねへんに玉? そうか、玉は、美しくて、役に立って意味があるから。さすが、方ママ。張ぎょくなら、男の子でも女の子でもいいね」
 ユンズは、笑いながら、親指を立てグッドサインをして見せた。
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