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第7章

安らかな永遠の眠り(68p)

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 昭和五十四年、二月二十一日。

 芳子は、春節を祝う為に、長春にある連祥家の近くの民家に、山家と一緒に宿泊していた。

 まだ、寒さは厳しいが、日ざしが明るくなりどこか春めいている。芳子は、連祥家からもらった林檎でジャムを煮ていた。甘酸っぱい香りが広がっている。山家も、台所にやって来た。

 山家は、ジャムの鍋を覗き込んで「たくさん、作ったね。味見、しようか?」

「ええ。もうちょっと煮詰めてからね。林檎が沢山残っているから剝きましょう」

 芳子は、器用にクルクルと、林檎を回して皮をむき、小さく切り分けた。

「若い頃は、皮のままで、バリバリ食ったな」

「ふふ。懐かしいわね。長野の林檎はおいしかった」

 芳子は鍋を火からおろし、山家の側に座った。

「もう、歳ね。立つていると脚が痛くて……」

「足を延ばしてごらん。足裏を揉んであげよう」

 芳子は、壁にもたれかかり脚を投げ出した。足指を丁寧にマッサージしてもらい、眠くなってくる。

―――懐かしい声が聞こえた。
「芳子。もういい。こちらへ、おいで。苦しみのない極楽浄土が待っておる」

 ああ…これは、八歳の時に別れたお父様の声!

「芳子を呼び戻してくれるのですか?お父様のお傍に?」

「ああ。随分と苦労をかけたな。こちらへおいで」

「はい。でも、この世とのお別れは寂しくもあります」

「ははは。お前が、心底惚れた男もやがてこっちへ来る。順番だから。案ずることはない」

「わかりました。あ、お母様!」



「おい、芳子。寝ぼけているのか?」

 山家が、芳子の顔をのぞくと美しい笑みを浮かべていた。
 川島芳子は、波乱に満ちた、七十四歳の生涯をしずかに閉じたのである。
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