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第7章

☆副星☆に導かれて(57p)

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 監獄を出ると、そこには、一台の黒い車が待っていた。痩せた男は、芳子を素早く後部座席に押しんだ。隣に大柄な男が座っている。

 痩せた男はハンドルをにぎり、車は音もなく滑り出した。
  
(助かったのか?)

 芳子は、隣の男の顔を見上げた。

「おじ様!」
 山家だった。芳子は、一瞬ですべてを理解した。
「おじ様、来てくれたのね」うれしくて思わず微笑んだ。
「ヨコちゃん。喜ぶのは、まだ、早いぞ。これから、どこへ行く?」
「え?決まってないの?」
「この道は、もうすぐ左右に分かれる。右に行けば飛行場。左は満州だ。どちらに行くか決めてくれ」
「難しそうな決断じゃないか」
「よく考えてくれないか。”災い転じて福となす”だよ」
「やはり…あの古月山人はおじ様ね。」
「ああ。なにしろ、君は、ピストル自殺の前科がある。処刑されると勘違いして、舌を噛み切ったりしないかと心配になってね」
「しまった!あの手紙は、処分していない」
「大丈夫だ。于景泰うけいしんに代筆してもらったから、筆跡から足がつく事はない」

「え?…于景泰うけいしん?知らない名前だが……」
「芳子様。私でございます」
 運転手が私を振り返り、頭を下げた。若い男で細い目が吊り上がっている。

「彼のお父さんは、国民党の幹部なのだ。
 国民党から君を救出する特殊任務を授かっている」
「では国民党が、死刑判決を下しながら、内密に僕を助けてくれたのか?」
「そういうことだ。俺が脱獄をして日本から逃げてきた時、ヨコちゃんが助けてくれただろう?あの時、世話になったのが馬漢三で。彼のボスが、将介石の右腕と言われたスパイマスター戴笠たいりゅうだ。
 
 俺は、中国人を殺す軍部の仕打ちが嫌になって、戴笠たいりゅうに襲撃計画を漏らした事がある。それが、バレて、日本に送り返されたのだ。名古屋刑務所まで、バイ・クアンが来ただろう?あれは、軍が俺を暗殺する為だと思っている。中国でバイ・クアンと暮らしていたが、彼女は、陸軍の回し者。俺は彼女に見張られていたんだよ。愛人を装っていたが、キツネのような女だ。
 
 終戦になって俺は恩赦で無罪放免。日本に帰った。でも、ヨコちゃんを助ける為に再び中国に戻った。そして、まず、戴笠たいりゅうに会った。
 川島芳子が命を危険にさらしてまで、中国人の為に奔走した事を、彼に説明した。彼も納得してくれたのだが、一度死刑判決になった者を公に助けるわけには行かない。そこで、関係者を買収し身代わりを立てる事にした。癌で余命少ない人が、金の延べ棒と引き換えに、川島芳子になったのだ。延べ棒は、憲立様が用意したらしい」

「……そうだったの……今度は、おじ様が私の大恩人様ね」
「油断するのは、まだ早い。君は死刑囚だから、見つかったら殺される。
ロシアに逃亡すれば、命の危険はなくなるだろう。憲立様が、その手配をしてくれた。だが…祖国に戻れる保証はないよ。おそらく…俺達は、二度と会えないだろう。

 ロシアは、君から情報を欲しがっている。国境付近にある日本軍の麻薬の栽培地は、国民党も把握出来てはいない。ロシアは、資金源として狙っているはずだ。

 亡命の為に今、北平の飛行場にはソ連機が二機、停まっている。一機は、君を乗せるため、もう一機は、護衛用の戦闘機だ。どうする、ヨコちゃん?これから、北平に行くか?それとも……」

 
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