上 下
32 / 79
第5章

再会(31p)

しおりを挟む
 山家のおじ様だわ!
 芳子は、蒙古での不思議な出会いを思い出した。あれから、五年の月日が流れている。山家は、長身に高級仕立ての背広を着て見違えるような紳士になっていた。軍人のトレードマークである坊主頭ではない。艶やかな黒髪を、綺麗に七三に分けていた。芳子は、胸が高鳴った。自分の顔が赤くなるのがわかって、当惑した。
 一方、山家は、芳子に気がついたが、石のように表情は変らない。
 板垣は二人を身比べ見てニヤリとした。昔の恋人同士を鉢合わせにし、再会をおもしろがっているのだ。
 満州の政治にクレームをつけた仕返しが、これ・・なのか?
「芳子さん。山家には、奉天放送局開設を任せている。
 ごらんのように、いい男だ。おまけに女どもを口説くのが、上手い。
 そこで、現地の女をスカウトさせておる。  
 ははは。山家大尉、こちらは清国の王女様、川島芳子さんだ。
 我が軍の宣伝情報工作について、説明申し上げなさい」

「はっ。承知致しました」
 芳子は、そっぽを向いた。山家のよそよそしい説明は意味を成さず、声だけを聞いていた。よく響く艶のある声は変わっていない。十七歳の時…夢中で好きになった。この人の為に死のうとさえ思った。あの時の痛みも、好きな気持ちも、同じ、だわ。忘れようとした。いや、忘れたつもりだった。芳子は、自分で自分の気持ちに驚いた。

「……以上であります」
 芳子は、映画の話など、何も聞いていなかった。我に返って改めて思う。この人は、違う女と所帯を持っているのだ。もう、他人。会うのは、これが最期かもしれない。目を合わさずに別れよう。
「ごくろう」
くるりとイスを回して背を向けた。気づかれないように涙を手の甲でぬぐった。
「失礼します」
 山家が去っていく足音を背中で聞いた。

 夕方、芳子が帰ろうと廊下を歩いている時だった。将校達が言い争う声が聞こえてきた。
「なにがあったのだ?」と、通りすがりの将校に聞く。
「山家大尉が、同僚と意見の相違に激高して、抜刃したそうです」
 芳子は、鷹揚な山家が、荒れたと、聞いて驚いた。あの人は、むしゃくしゃしていたのだ。平静を装っていたが、私と同じ気持かも。でも、それがどうした?かえって辛くなるだけじゃないか。私達は、もう、どうする事も出来ない!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モダンな財閥令嬢は、立派な軍人です~愛よりも、軍神へと召され.....

逢瀬琴
歴史・時代
※事実を元に作った空想の悲恋、時代小説です。 「わたしは男装軍人ではない。立派な軍人だ」  藤宮伊吹陸軍少尉は鉄の棒を手にして、ゴロツキに牙を剥ける。    没落華族令嬢ではある彼女だが、幼少期、父の兄(軍人嫌い)にまんまと乗せられて軍人となる。その兄は数年後、自分の道楽のために【赤いルージュ劇場】を立ち上げて、看板俳優と女優が誕生するまでになった。   恋を知らず、中性的に無垢で素直に育った伊吹は、そのせいか空気も読まず、たまに失礼な言動をするのをはしばしば見受けられる。看板俳優の裕太郎に出会った事でそれはやんわりと......。  パトロンを抱えている裕太郎、看板女優、緑里との昭和前戦レトロ溢れるふれあいと波乱。同期たちのすれ違い恋愛など。戦前の事件をノンフィクションに織り交ぜつつも、最後まで愛に懸命に生き抜く若者たちの切ない恋物語。   主要参考文献 ・遠い接近=松本清張氏 ・殉死  =司馬遼太郎氏 ・B面昭和史=半藤一利氏 ・戦前の日本=竹田千弘氏  ありがとうございます。 ※表紙は八朔堂様から依頼しました。 無断転載禁止です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

夢の雫~保元・平治異聞~

橘 ゆず
歴史・時代
平安時代末期。 源氏の御曹司、源義朝の乳母子、鎌田正清のもとに13才で嫁ぐことになった佳穂(かほ)。 一回りも年上の夫の、結婚後次々とあらわになった女性関係にヤキモチをやいたり、源氏の家の絶えることのない親子、兄弟の争いに巻き込まれたり……。 悩みは尽きないものの大好きな夫の側で暮らす幸せな日々。 しかし、時代は動乱の時代。 「保元」「平治」──時代を大きく動かす二つの乱に佳穂の日常も否応なく巻き込まれていく。

お江戸のボクっ娘に、若旦那は内心ベタ惚れです!

きぬがやあきら
歴史・時代
酒井悠耶は坊さんに惚れて生涯独身を決め込み、男姿でうろつく所謂ボクっ子。 食いしん坊で天真爛漫、おまけに妖怪まで見える変わりっぷりを見せる悠耶に興味津々なのが、本所一のイケメン若旦那、三河惣一郎だった。 惣一郎は男色一筋十六年、筋金入りの男好き。 なのに、キュートながら男の子らしい魅力満載の悠耶のことが気になって仕方がない! 今日も口実を作って悠耶の住む長屋へ足を運ぶが、悠耶は身代金目当てで誘拐され…… 若旦那が恋を自覚するときは来るのか? 天然少女×妖怪×残念なイケメンのラブコメディ。 ※当時の時代考証で登場人物の年齢を設定しております。 ちょっと現代の常識とはずれていますが、当時としてはアリなはずなので、ヒロインの年齢を14歳くらい とイメージして頂けたら有難いです。

椿散る時

和之
歴史・時代
長州の女と新撰組隊士の恋に沖田の剣が決着をつける。

七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり

国香
歴史・時代
平安時代。 雅びで勇ましく、美しくおぞましい物語。 宿命の恋。 陰謀、呪い、戦、愛憎。 幻の楽器・七絃琴(古琴)。 秘曲『広陵散』に誓う復讐。 運命によって、何があっても生きなければならない、それが宿命でもある人々。決して死ぬことが許されない男…… 平安時代の雅と呪、貴族と武士の、楽器をめぐる物語。 ───────────── 七絃琴は現代の日本人には馴染みのない楽器かもしれません。 平安時代、貴族達に演奏され、『源氏物語』にも登場します。しかし、平安時代後期、何故か滅んでしまいました。 いったい何があったのでしょうか? タイトルは「しちげんかんじょうけちみゃく」と読みます。

魔風恋風〜大正乙女人生譚

花野未季
歴史・時代
大正7年から大流行したスペイン風邪で、父を喪うという悲劇に見舞われた文子一家。さらなる不幸が遺された家族を襲う。 実家を助けるために、名家の息子に嫁ぐことになった文子。婚約者は男振りも良く、優しく男らしい人であった。 しかし婚礼当日、彼が隠していた衝撃的な事実を知らされた彼女は……。 『エブリスタ』執筆応援キャンペーン「大正浪漫」入賞作品(2023.6)

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

処理中です...