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第5章
再会(31p)
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山家のおじ様だわ!
芳子は、蒙古での不思議な出会いを思い出した。あれから、五年の月日が流れている。山家は、長身に高級仕立ての背広を着て見違えるような紳士になっていた。軍人のトレードマークである坊主頭ではない。艶やかな黒髪を、綺麗に七三に分けていた。芳子は、胸が高鳴った。自分の顔が赤くなるのがわかって、当惑した。
一方、山家は、芳子に気がついたが、石のように表情は変らない。
板垣は二人を身比べ見てニヤリとした。昔の恋人同士を鉢合わせにし、再会をおもしろがっているのだ。
満州の政治にクレームをつけた仕返しが、これなのか?
「芳子さん。山家には、奉天放送局開設を任せている。
ごらんのように、いい男だ。おまけに女どもを口説くのが、上手い。
そこで、現地の女をスカウトさせておる。
ははは。山家大尉、こちらは清国の王女様、川島芳子さんだ。
我が軍の宣伝情報工作について、説明申し上げなさい」
「はっ。承知致しました」
芳子は、そっぽを向いた。山家のよそよそしい説明は意味を成さず、声だけを聞いていた。よく響く艶のある声は変わっていない。十七歳の時…夢中で好きになった。この人の為に死のうとさえ思った。あの時の痛みも、好きな気持ちも、同じ、だわ。忘れようとした。いや、忘れたつもりだった。芳子は、自分で自分の気持ちに驚いた。
「……以上であります」
芳子は、映画の話など、何も聞いていなかった。我に返って改めて思う。この人は、違う女と所帯を持っているのだ。もう、他人。会うのは、これが最期かもしれない。目を合わさずに別れよう。
「ごくろう」
くるりとイスを回して背を向けた。気づかれないように涙を手の甲でぬぐった。
「失礼します」
山家が去っていく足音を背中で聞いた。
夕方、芳子が帰ろうと廊下を歩いている時だった。将校達が言い争う声が聞こえてきた。
「なにがあったのだ?」と、通りすがりの将校に聞く。
「山家大尉が、同僚と意見の相違に激高して、抜刃したそうです」
芳子は、鷹揚な山家が、荒れたと、聞いて驚いた。あの人は、むしゃくしゃしていたのだ。平静を装っていたが、私と同じ気持かも。でも、それがどうした?かえって辛くなるだけじゃないか。私達は、もう、どうする事も出来ない!
芳子は、蒙古での不思議な出会いを思い出した。あれから、五年の月日が流れている。山家は、長身に高級仕立ての背広を着て見違えるような紳士になっていた。軍人のトレードマークである坊主頭ではない。艶やかな黒髪を、綺麗に七三に分けていた。芳子は、胸が高鳴った。自分の顔が赤くなるのがわかって、当惑した。
一方、山家は、芳子に気がついたが、石のように表情は変らない。
板垣は二人を身比べ見てニヤリとした。昔の恋人同士を鉢合わせにし、再会をおもしろがっているのだ。
満州の政治にクレームをつけた仕返しが、これなのか?
「芳子さん。山家には、奉天放送局開設を任せている。
ごらんのように、いい男だ。おまけに女どもを口説くのが、上手い。
そこで、現地の女をスカウトさせておる。
ははは。山家大尉、こちらは清国の王女様、川島芳子さんだ。
我が軍の宣伝情報工作について、説明申し上げなさい」
「はっ。承知致しました」
芳子は、そっぽを向いた。山家のよそよそしい説明は意味を成さず、声だけを聞いていた。よく響く艶のある声は変わっていない。十七歳の時…夢中で好きになった。この人の為に死のうとさえ思った。あの時の痛みも、好きな気持ちも、同じ、だわ。忘れようとした。いや、忘れたつもりだった。芳子は、自分で自分の気持ちに驚いた。
「……以上であります」
芳子は、映画の話など、何も聞いていなかった。我に返って改めて思う。この人は、違う女と所帯を持っているのだ。もう、他人。会うのは、これが最期かもしれない。目を合わさずに別れよう。
「ごくろう」
くるりとイスを回して背を向けた。気づかれないように涙を手の甲でぬぐった。
「失礼します」
山家が去っていく足音を背中で聞いた。
夕方、芳子が帰ろうと廊下を歩いている時だった。将校達が言い争う声が聞こえてきた。
「なにがあったのだ?」と、通りすがりの将校に聞く。
「山家大尉が、同僚と意見の相違に激高して、抜刃したそうです」
芳子は、鷹揚な山家が、荒れたと、聞いて驚いた。あの人は、むしゃくしゃしていたのだ。平静を装っていたが、私と同じ気持かも。でも、それがどうした?かえって辛くなるだけじゃないか。私達は、もう、どうする事も出来ない!
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