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第4章

ヤマトホテルで(18P)

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 昭和二年、十一月。旅順のヤマトホテルで芳子の結婚式が行われた。粛親王家からは親代わりとして腹違いの兄憲章(正妃の長男:家系図ではNO1、です)が出席した。戸籍上、芳子は川島家の養女ではない。その為、浪速は表向き病気として式を欠席した。
 粛親王家の王女としての縁組をアピールするために、式は盛大なものになった。仲人なこうどは、関東軍参謀長、斎藤恒様である。
 カンジュルジャップは、蒙古の礼服で、チャイナカラーの絹の上下。芳子も同じく絹のチャイナ風ロングドレスにヴェールをかぶった。披露宴のテーブルには、中国の宮廷料理である、ペキンダックや、菊の花のような豆腐を浮かべたスープ(文思豆腐)など、芳子が見た事もないような御馳走が並んでいた。

 お仲人の斎藤は、関東軍の参謀長だけあって、同席している蒙古の軍人達と熱心に話している。
「袁世凱は、近頃、アメリカ人と会っている。噂では、満鉄に対抗して、米国も鉄道を敷くらしい」
「満鉄は、日本の生命線だぞ。それは、許せん!」
 軍を率いるカンジュルジャップが、話に加わって、話題は、共同演習の相談に変っていく。
 
 斎藤の横にいた男がいきなり立ち上がった。
「田中内閣、バンザイ!」と叫んで、剣を抜き酒瓶を高く持ち上げた。体も声も、ひときわ大きい男である。凄みがあった。
「河本!物騒な物はしまっておけ!何をしでかすつもりだ?!」
 かなり酔いがまわった同僚達も驚いている。
「ナポレオンは、サーベルでシャンペンの蓋を切ったそうだ。俺も、やってみたい」
「止めろ。結婚式だぞ!”別れる””切れる”は、禁句だろ。縁起でもない」
「陸軍大将が総理大臣になったお祝じゃなかよ!」
 白髪頭の軍人が、郷里の鹿児島弁で叫ぶ。
 河本大佐は、しぶしぶ、剣を納めた。
 祝宴は、実戦で鍛えられた軍人達の気迫がみなぎっていた。

 芳子は参謀長や大佐の喧噪けんそうに触れ、彼らの部下である山家に想いを馳せた。
 松本で将来を誓った山家は、この結婚を知っているに違いない。
 今、どんな気持ちでいるのだろうか……きっと、私と同じ痛みをこらえている。芳子は、花嫁の席に座りながら、愛しい人を想っていた。
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