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第3章
退学(11P)<エピソード>
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芳子は、粛親王と母が二度と帰らぬ人となり、悲しみに沈む毎日である。浪速は、財産分配の手続きなどを託されており、それに時間を要した。芳子が、養父と中国から松本に帰ってきたのは、葬式から半年以上も後だった。
松本は、すでに秋である。芳子は久しぶりに松本高女に登校したが、教室がわからない。進級していれば、三年である。
芳子はとりあえず校長室のドアをたたく。部屋に入ると、知らない人が座っていた。前任の校長は人事異動があり、すでに退職していたのだ。
芳子は、丁重に頭を下げた。
「川島芳子です。教室を教えて下さい」
校長が、厳しい口調で切り出した。
「川島さん。どうして、こんなに長く休んでいたのかね?」
「父と母が亡くなったので」
「それは、聞いている。だが忌引は一週間だ」
「清の風習で、喪にふくしていました」
「ここは日本だ。日本のしきたりに従うべきではないかね。
都合のいい時だけ、来られてもね、困るんだよ。
明日からは、学校に来ないでよろしい」
「え?」
「つまり、退学だ」
「まさか!」
「校則によって退学処分になったのだよ。君は、もともと聴講生だからね。
どうしても、当校に残りたければ、戸籍謄本を持ってきなさい」
「わかりました」
芳子は、憮然として職員室を出た。今度の校長は意地悪な人だと思った。
私に戸籍謄本など、ありはしない。それを、承知で言っているに違いない。
どういうわけか、浪速は芳子を日本人の戸籍に入れたがらなかった。
廊下で文子が待っていた。芳子に駆け寄って来る。
「ヨコちゃん!大丈夫?退学って……ほんとなの?」
「ああ。校長から言われた」
「だめだったのね…市長をしている父になんとかしてほしいと頼んでいたのに。
どうしよう……」
文子は、すすり泣いた。
「文ちゃん、ありがとう。退学なんて、平ちゃらさ。
ぼくの分も楽しくやっておくれ。
ほら、教室に戻らないと授業が始まるぞ」
文子は何度も振り返りながら廊下を走り去った。
泣くものか!
芳子は、栗毛に乗って校門を駆け出した。松本練兵場のそばを通ると、グランドには大勢の兵士達がいた。
山家の姿を探して、馬を降りた。
「おっ!ヨコちゃん~~久しぶりじゃないか!」
顔見知りの将校達が芳子を見つけて駆け寄って来る。
「ね、山家少尉を呼んでくださらない?」
「はっ!了解しました。おーい。山家!彼女だぁー」
「いょっー色男!」
冷やかしの男達をかきわけて、山家が現れた。
「おお!久しぶり!」
「昨日、松本に着いたばかりよ。話したい事があるんだけど」
「よし、わかった」
山家は将校達に”見逃してくれ”とでも言うように片手を上げると、ひらりとフェンスを飛び越えた。
山家は、芳子を栗毛に乗せ、手綱を引いて歩きはじめる。
「ヨコちゃん……いろいろ大変だったな。
ご両親をいっぺんに亡くされて、辛かっただろう……」
「大丈夫。大丈夫だわ」
「ははは。強がりは相変わらずだ。
で、学校はどうした?また、サボったのか?」
「もう、その必要はないの。退学になったから」
「……ひどいな。退学かぁー」
「いいの。高女で習いたいこと、ないもん。
あーぁ私も陸大に行きたい。兵法を習いたいわ」
「女だろ?……可愛い嫁さんになれよ」
「誰の?」
山家は、ふーっと、大きなため息をついて、遠くを眺め、ポツンとつぶやいた。
「奇跡がおきると、いいな」
「えっ??」
「王女様が、名もなき女になるとかさ。
そんな奇跡が起きないかぎり、俺達は結婚できないな」
「粛親王が亡くなったでしょう。だから、私はもう王女ではないの。
おじさまの、お嫁さんになりたい。川島の父を説得してみるわ」
「やめておけよ。そんな事をしたら、俺は満州に飛ばされてしまうだけさ」
芳子は、ドキリとした。又、別れるのだ!
お父様、お母様、故郷と別れたのに。
やっと好きな人に巡り会えたのに。
こんなに好きなのに。
私達には別れが待っている!
二人には、言葉少なに歩き続けやがて小川の辺に腰をおろした。
山家は芳子の肩に手をまわして、微笑んだ。
碧い瞳が近すぎて、芳子は思わず目を閉じた。
「…っ」
柔らかな唇が、頬に触れ、身をよじらせると身体がふわりと浮いた。
身体ごと、抱え上げられてしまう。
「ヨコちゃん、軽いな。ほら、俺の首に腕を回せ」
山家は、芳子をお姫様抱っこしてくるくる周りだす。
「きゃー目がまわるー」
すごい速さで回るから、見上げる空も回転している。
「離して!」
「いやだー離さない。絶対ヨコちゃんを離さない」
―― ――
ついに二人は重なり合って地面に倒れた。目がまわり過ぎて空も地面も錯乱して見える。
「さすがのヨコちゃんも、フラフラじゃないか」
「おじ様だって、顔が真っ青よ」
二人は、顔を見合わせ、天変地異の世界で笑いこけた。
松本は、すでに秋である。芳子は久しぶりに松本高女に登校したが、教室がわからない。進級していれば、三年である。
芳子はとりあえず校長室のドアをたたく。部屋に入ると、知らない人が座っていた。前任の校長は人事異動があり、すでに退職していたのだ。
芳子は、丁重に頭を下げた。
「川島芳子です。教室を教えて下さい」
校長が、厳しい口調で切り出した。
「川島さん。どうして、こんなに長く休んでいたのかね?」
「父と母が亡くなったので」
「それは、聞いている。だが忌引は一週間だ」
「清の風習で、喪にふくしていました」
「ここは日本だ。日本のしきたりに従うべきではないかね。
都合のいい時だけ、来られてもね、困るんだよ。
明日からは、学校に来ないでよろしい」
「え?」
「つまり、退学だ」
「まさか!」
「校則によって退学処分になったのだよ。君は、もともと聴講生だからね。
どうしても、当校に残りたければ、戸籍謄本を持ってきなさい」
「わかりました」
芳子は、憮然として職員室を出た。今度の校長は意地悪な人だと思った。
私に戸籍謄本など、ありはしない。それを、承知で言っているに違いない。
どういうわけか、浪速は芳子を日本人の戸籍に入れたがらなかった。
廊下で文子が待っていた。芳子に駆け寄って来る。
「ヨコちゃん!大丈夫?退学って……ほんとなの?」
「ああ。校長から言われた」
「だめだったのね…市長をしている父になんとかしてほしいと頼んでいたのに。
どうしよう……」
文子は、すすり泣いた。
「文ちゃん、ありがとう。退学なんて、平ちゃらさ。
ぼくの分も楽しくやっておくれ。
ほら、教室に戻らないと授業が始まるぞ」
文子は何度も振り返りながら廊下を走り去った。
泣くものか!
芳子は、栗毛に乗って校門を駆け出した。松本練兵場のそばを通ると、グランドには大勢の兵士達がいた。
山家の姿を探して、馬を降りた。
「おっ!ヨコちゃん~~久しぶりじゃないか!」
顔見知りの将校達が芳子を見つけて駆け寄って来る。
「ね、山家少尉を呼んでくださらない?」
「はっ!了解しました。おーい。山家!彼女だぁー」
「いょっー色男!」
冷やかしの男達をかきわけて、山家が現れた。
「おお!久しぶり!」
「昨日、松本に着いたばかりよ。話したい事があるんだけど」
「よし、わかった」
山家は将校達に”見逃してくれ”とでも言うように片手を上げると、ひらりとフェンスを飛び越えた。
山家は、芳子を栗毛に乗せ、手綱を引いて歩きはじめる。
「ヨコちゃん……いろいろ大変だったな。
ご両親をいっぺんに亡くされて、辛かっただろう……」
「大丈夫。大丈夫だわ」
「ははは。強がりは相変わらずだ。
で、学校はどうした?また、サボったのか?」
「もう、その必要はないの。退学になったから」
「……ひどいな。退学かぁー」
「いいの。高女で習いたいこと、ないもん。
あーぁ私も陸大に行きたい。兵法を習いたいわ」
「女だろ?……可愛い嫁さんになれよ」
「誰の?」
山家は、ふーっと、大きなため息をついて、遠くを眺め、ポツンとつぶやいた。
「奇跡がおきると、いいな」
「えっ??」
「王女様が、名もなき女になるとかさ。
そんな奇跡が起きないかぎり、俺達は結婚できないな」
「粛親王が亡くなったでしょう。だから、私はもう王女ではないの。
おじさまの、お嫁さんになりたい。川島の父を説得してみるわ」
「やめておけよ。そんな事をしたら、俺は満州に飛ばされてしまうだけさ」
芳子は、ドキリとした。又、別れるのだ!
お父様、お母様、故郷と別れたのに。
やっと好きな人に巡り会えたのに。
こんなに好きなのに。
私達には別れが待っている!
二人には、言葉少なに歩き続けやがて小川の辺に腰をおろした。
山家は芳子の肩に手をまわして、微笑んだ。
碧い瞳が近すぎて、芳子は思わず目を閉じた。
「…っ」
柔らかな唇が、頬に触れ、身をよじらせると身体がふわりと浮いた。
身体ごと、抱え上げられてしまう。
「ヨコちゃん、軽いな。ほら、俺の首に腕を回せ」
山家は、芳子をお姫様抱っこしてくるくる周りだす。
「きゃー目がまわるー」
すごい速さで回るから、見上げる空も回転している。
「離して!」
「いやだー離さない。絶対ヨコちゃんを離さない」
―― ――
ついに二人は重なり合って地面に倒れた。目がまわり過ぎて空も地面も錯乱して見える。
「さすがのヨコちゃんも、フラフラじゃないか」
「おじ様だって、顔が真っ青よ」
二人は、顔を見合わせ、天変地異の世界で笑いこけた。
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