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第1章

人助けのヌード写真(3P)<エピソード>

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 放課後、他の生徒達はおしゃべりをしながら楽しそうに、徒歩で下校している。芳子もしかたなく歩き始めると、文子が駆け寄って来た。

「ヨコちゃん?お願いがあるの……これから付き合ってもらえるかしら?」
「ああ、いいけど。どこへ行くの?」
「……下宿。男の人の下宿に遊びに行かない?
 前から、誘われていて、行ってみたかったけど……男の人の部屋ってちょっと恐いし…… 
ヨコちゃんみたいなしっかりした方と一緒なら、大丈夫かなって……」
「ははは、そいつは、おもしろそうだ。
 女っぽい授業にうんざりしていたところだ」
「ふふ……よかった。素敵な人なの。紹介するわ」
「その素敵な人は、学生?」
「ええ、松本高等学校の方。お兄様のお友達で、時々家に遊びにいらっしゃるの。
 ご両親を早くに亡くされて、働きながらお勉強しているのよ」
「松本高校の生徒って――あの制服かい?」
 黒の詰襟に、白線の入った学生帽を被った男子生徒達が、話しながら歩いて来る。
「ええ。彼の高校はこの近くなの。
 清太郎さんの下宿は、校門前のお蕎麦屋さん、『九重』よ」

 しばらく、歩くと並木道の奥に風格のある洋風の校舎(※)が見えた。お目当ての『九重』は、道を挟んだ向かいにあった。
 店の前まで来ると、威勢のよかった文子は、立ち止まってうろうろするばかりである。
「…やっぱり帰りましょう」と、言う。
「バカだな。せっかく来たのに」
「お部屋にいらっしゃるかしら……?」
「行ってみないと、わからないよ」

 文子にかまわず、芳子は、蕎麦屋の戸をがらりと開けた。
「いらっしゃい!」
 奥から、中年の店主が顔を出す。店内は誰もいない。飯時までにはまだ時間があり、暇な時間帯であった。
 
「いや、ボク達は、客じゃない。人に会いに――」と、芳子が言いかけると文子は「もりそば、二つ下さい」と注文して腰掛けた。
「フミちゃん、この店、知っていたのか?」
「ええ、お爺様のお気に入りのお店。手打ち蕎麦が美味しいの。ヨコちゃん、お蕎麦好き?」
「……ああ、好きだけど……昼飯なら、弁当を食べたばかりだ。
 そもそも、ボク達は、そばを食いに来たのか?」
「へーい、おまち!」
 蕎麦が運ばれてきた。
「…清太郎は?会いたいのだろ?」
「………やっぱり、いい」
「おじさんに聞いてみたら?」
 
 そんな押し問答をしていると、入り口の戸がガラリと開いた。
 入って来たのは脊の高い男子学生、清太郎である。
 彼は、文子に気がついて「おおっ!」と顔をほころばせた。

それを見ていた、店主はうなずいた。
「文子ちゃんは、清太郎君がお目当てかい?
 あーぁ色男がうらやましい。
 あとで二階に菓子でも持って行くから。ゆっくりしておいで」

 芳子と文子は、遠慮がちに清太郎の部屋へ入った。「どうぞ」と、清太郎は、座布団を押し入れからひっぱり出す。文子の前に置いた座布団の布が破れて灰色の綿がはみ出している。彼は、慌てて裏返した。
「ははは、すんません。ろくな座布団もなくて」
「お気になさらないで」
「箱入り娘を、驚かせてしまった」
「あら、嫌ですわ。わたくし、世間知らずじゃありません」
「そうかな。市長のお嬢様は、貧乏人の生活なんぞ、知らないでしょう」
「……ごめんなさい」
「ははは、馬鹿だな。謝ることはない」
「…ごめんなさい」
「ほら、また―――」
「あら……」
 文子は、恥ずかしそうにうつむいた。

 芳子は苦笑する。文子も清太郎も、とてもわかりやすい。

 文子は、伏し目がちに清太郎に話しかけている。
「ここで働いているの?」
「下宿させてもらう代わりに夜は店を手伝っている。
 おれの両親は、スペイン風邪で亡くなった。残してくれた貯金も使い果たしてしまった。最期の学費が払えない。このままだと、退学だな」
「まあ…退学なんて!清太郎さんは、首席なのでしょう?優秀な方が、退学なんて、もったいない」
「仕方ない。学校をやめて、工場で働くさ」
 文子は、ため息をついて
「なんとか、お金を工面出来ないかしら。
 女でも、お金を稼げるといいのに。清太郎さんの力になりたい……」
 とつぶやく。
「文子さん。その気持ち、金よりずっとうれしいな」
「そうだわ!清太郎さん?カメラを持ってない?」
「写真機なら、治重はるしげが持っている」
「治重さん?」
「この部屋の同居人。奴はまだ学校にいるけど。なんで、カメラ?」
「写真を売れば、すごいお金になるのですって!
 横浜では、若い娘の写真がすごく高価に売れるらしいのよ。
 治重さんに私を撮ってもらうわ。そして、横浜に売りに行くの」
「ははは、文子さん。あなたみたいな世間知らずは、危なくてしょうがない。
 写真と言っても……服を着た写真じゃない」
「……えっ?!じぁ…?」
 文子は、真っ赤になって清太郎を見上げた。
「ヌード。ヌードですよ。文子さんの写真なら、そりゃ高く売れるだろう。人気スターだってかなわない」
「まあ!なんて、失礼な。私、帰ります!」
 文子は、逃げるように部屋を出ていく。芳子も後を追う。

 文子は、蕎麦屋を出ると足を速めた。

「待ってくれ!文子さん」
 清太郎が、駆けて来た。
「俺、ふざけすぎた。ごめん……」
 清太郎は、別人のようにうなだれている。
 それを、見た文子は、思わず口角をあげた。
「いいわ。許してあげる」
「ありがとう。ずいぶんと、恥ずかしい思いをさせて申し訳ない。
 俺は、甲斐性なしだ。もう、ほっておいて下さい」
「そんな、おっしゃり方しないで。私、恥ずかしくなんかないわ。ヌードでも平気よ」
「え?」
 清太郎は、目をパチパチさせている。
 芳子も、おどろいた。文子、そんな強がり言って大丈夫か?
「……私、ヌードでも、泥棒でも何でも出来そう
 ……清太郎さんのためなら何でも楽しいわ」
「よせ!君の裸を人に見せるなんて、俺は絶対許さない!
 学校は諦める。社員寮のある工場で働くさ。松本を出るよ。
 君の近くにいると、よけいに辛くなるからな。
 俺には、高嶺の花だったけれど……君を忘れない。
 これから先、どんなに、落ち込んでも君の笑顔を思い出せば、はい上がれそうだ……
 ありがとう。文子さん」
 清太郎は、それだけ言うと、きびすを返した。颯爽としていた背中が、心なしか丸く猫背になっている。

「……清太郎さん……」
 文子の瞳から大粒の涙がポロポロと落ちていく。芳子が、ハンカチを差し出すと、文子は芳子に抱き着いて号泣した。肩を震わせ「どうしよう…」と子供のように、しゃくりあげる。

 芳子に文子の痛みが伝わった。それは、芳子にとっても悲しい事ではあったけれど、同時に何かあたたかなものが、心に広がった。こんなに、心を開いてくれた友達は、東京にはいなかった。いや、養父母だって、本心を隠している。ピュアな文子がとても、愛おしい。ボクは、文子を幸せにしてみせる。そうだ、僕がヌードになればいい。

 ※旧松本高等学校は、大正時代の洋風建築の代表例として、重要文化財に指定されています。
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