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弥吉・Ⅱ
しおりを挟む「……あ、うわ!」
弥吉は思わず声をあげた。
そこは弥吉が想像していた以上に、広い空間があった。
いびつな形をしていたが、十二、三畳の広さはある。
幾つかの行燈と灯明皿に灯された炎の明かりが、不規則な方向に延びる不気味な影を造り出していた。
明りが充分とは言えないため、広間の奥や高くなった天井部分には闇が満ちている。
しかし、さらに、どこか外部に通じているのか、わずかな風の流れが感じられた。
その異様な空間の中央辺りに寝台が置かれ、そこに一人の男が腰かけていた。
弥吉が声をあげたのは、その男に気づいたからであった。
ゲンノウではない。
擦り切れた丈が短めの袴をはき、腰には大刀を差している。
月代は伸びた髪に覆われているが、髷は結っている。
仕官先を探している浪人のようであった。
「お、おじさんは誰?
お侍さんなのかい?」
弥吉は広間に一歩入った場所で足を止め、男に近寄らずに声を掛けた。
「お、おおお……。
あ、あ……」
男が弥吉の声に反応し、顔をゆっくりと巡らせた。
男は三十代中頃の歳に見えた。
やや痩せ気味だが、病的と言うほどではない。
ただ、反応がおかしかった。
弥吉の方に顔を向けたが、こちらを見て、認識しているといった変化は見られなかった。
「ゲンノウのおじさんの知り合いかい?」
弥吉がたずねた。
これで話が通じなければ、帰ろうと決める。
この洞窟は禍々しい。
寝台に腰掛ける男の様子が異常であるばかりではなく、寝台の周囲に積まれている木箱からは、なにかの汁が染み出している。
そう言った木箱が、壁際にもいくつか置かれているのだ。
腐臭は、その木箱から漂ってくるようであった。
ここは長居をしていい場所では無い。
「う、あ……。ん。
ん、な、うううう」
男は呻くだけで、やはり意思の疎通は出来なかった。
弥吉が洞窟を出ようとした時、男の口から、呻き以外の言葉が漏れた。
「あ、ああ、く……。
げ、げげげ、げん、げんのう……」
「ゲンノウって言ったのかい!?
おじさんは、ゲンノウさんを知っているのかい?」
弥吉が驚いたとき、さらに驚くことが起こった。
「おい」
弥吉の真後ろから声がしたのだ。
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