大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~

七倉イルカ

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ランガクシャ

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 急な斜面を器用に降りた弥吉は、ゲンノウの前に立った。
 前に立って見てみると、ゲンノウは思ったより細かった。
 しかし、ひ弱な感じはしない。
 痩せてはいても、体の筋の隅々にまで、力が流れている感じがする。
 そして、その双眸は自信に満ち溢れている。

 「まずは、座れ」
 ゲンノウは沢に転がっていた大きく平たい石に腰を降ろし、弥吉にも座るようにうながした。
 「母の具合を話してみよ」

 「……うん」
 弥吉は問われるままに、母の様子を話した。
 寝起きの様子、乳の出、食事の量、顔色、思いつくことを話す。
 「爪の色は?」
 「髪は抜けているか?」
 「舌は白くなっていないか?」
 ときおり、ゲンノウが質問を挟む。
 それに対しても、思い出せることはすべて話した。
 
 「足がむくんで辛いと言っておるだろう」

 「う、うん」
 弥吉は驚いた。
 ゲンノウは、まだ話していない、母の症状を言い当てたのだ。

 「産後の肥立ちが良くないのだ。
 おそらく出産のときに出血が多かったのであろう。
 悪い気は入って来ておらぬようだから、いずれは回復する。
 心配はいらぬ」

 ゲンノウの言葉に、弥吉は安堵した。
 異国の学問を学んでいると言ったのはウソではなかったのであろう。
 適当なことを言っているようには思えなかった。

 「喉が渇いても、水は一気に飲まず、数度に分けて飲むようにさせよ。
 足が辛いと言った時は、足首から膝に向かって、絞るようにさすってやれ」
 ゲンノウはそう言うと、弥吉の足を使って実演してみせた。
 さらにゲンノウは、内側のくるぶし、その少し上に指をあてた。
 「ここにツボがある。
 三陰交というツボだ。
 眠る前に、ここを何度か押してやれ」

 「うん。分かった」
 弥吉は大きく頷いた。
 ゲンノウのおかげで、母の元気になった姿が頭に浮かぶようであった。
 「ランガクシャは医者なの?」

 「蘭学者は医者でもある。
 技師でもあり、絵師でもあり、科学者でもある」
 ゲンノウは、少し子供っぽい笑みを浮かべて答えた。
 「雷を作ることもできるぞ」

 「ウソだあ」
 さすがにそれは信じられなかった。

 「本当だ。
 エレキテルと言うからくりで雷を生むのだ。
 お前が見たいと言うのなら、見せてやってもよい」

 「雷を……?」
 そう言われても信じることはできない。
 だが、弥吉には、ゲンノウがウソを言っているとも思えなくなってしまった。
 
 「さあ、弥吉、手を貸してくれ。
 斜面を登る手助けをしてくれれば駄賃をやろう」

 「まかせて」
 ひねったであろう右足をかばうゲンノウに肩を貸し、弥吉は沢の斜面を登り切った。
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