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外様大名・Ⅰ

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 老若男女、百人を軽く超えるであろう大勢の人間が、お城の濠沿いに集まっている。
 その数は、先日の比では無かった。
 集まった人々はざわつきながら、一様にお城の濠を眺めている。
 
 人々が眺めているのは小舟である。
 江戸城の濠には、驚くほど多くの小舟が浮かんでいたのだ。
 手前は、岸より、ほんの二、三間(一間は1.82m)の辺りから、ずっと奥、四、五十間先の、お城の石垣に接するあたりまで。
 そして、左右は見渡す限り。
 これほど広域の水面全体に、無数の小舟が揺れている。
 異様ではあったが、壮観な眺めでもあった。

 よく見れば、どの小舟も船首に竹竿が立てられ、そこに旗が掲げられている。
 数歩前に出た研水は、目を細めた。
 「あれは、丸に十字……」
 小舟に掲げられている旗には、薩摩藩の当主、島津家の家紋が染め抜かれていた。
 掲げられている旗の家紋は、島津家のものだけでは無かった。
 船によって、掲げられている家紋が違うのだ。

 一文字に三ツ星。後世で「一品」と呼ばれた家紋は、長州藩当主、毛利家のものである。
 梅を模した五枚花弁に剣をあしらった家紋は、加賀藩当主、前田家のものである。
 六文銭の家紋は、松代藩当主、真田家のもの。
 竹に雀の家紋は、仙台藩当主、伊達家のもの。
 その他、盛岡藩南部家、米沢藩上杉家、小浜藩酒井家、広島藩浅野家……、大小どれほどの藩の家紋が掲げられているのか、もはや研水にとっては判別できなかった。

 家紋を見ていた研水は、あることに気付いた。
 ……外様か。
 知らぬ家紋も多いが、知っている家紋のすべては、外様大名の家紋であったのだ。
 
 いくつかの小舟には、網代笠を被り、動きやすい、ぷっ裂き羽織を着た武士が乗り込んで、指揮を執っている。
 さらに槍を手にした軽装の藩士が立つ小舟もある。
 そして、ほとんどの小舟には漁師らしき者たちが乗り、濠に網を仕掛けているようであった。
 神田川、隅田川、江戸前あたりの漁師たちが、根こそぎ船ごと呼び集められたとしか思えない数であった。

 「先生」
 少し離れた場所から、研水は呼び掛けられた。
 顔を向けると、人宿の徳蔵、大工見習の佐吉がこっちを見ている。
 研水と目が合った二人は、こちらに近寄って来た。
 
 「徳蔵さん、佐吉さん。
 これは、何事ですか?」
 研水が聞く。
 「いや、あっしらも良く分からないんです。
 お侍さんたちが集まって、岸に何本も杭を打ち込み、そこに網を繋げて、濠中に張っているようなんですが……」
 徳蔵が首を傾げて言う。
 「あれですよ。
 この前、じいさんが言ってた人魚。
 あの人魚を捕まえるために、網を仕掛けているんですよ」
 佐吉が続けるが、これには賛同していないのか、徳蔵は苦笑を浮かべる。

 「正解だ。
 なかなか鋭いな」
 研水の後から声がした。
 後藤である。
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