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六郎

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   ◆◇◆◇◆◇◆◇
 
 研水は、陽が暮れはじめる前に帰宅した。
 山を歩き回り、幾つかの野草を摘んだため、草履や足袋だけではなく、手の指先までもが泥で汚れていた。

 「旦那様! 旦那様!」
 研水が戻ってきたことに気付いた六郎が、慌てた様子で、離れの方から現れた。
 疲れた研水に、六郎の胴間声がガンガンと響く。
 「今、戻った。
 六郎。お前は、もう少し、声を抑えよ」
 「どこに行っておられたのですかい」
 下男の声の大きさに苦情を言いながら土間に入ったのだが、当の六郎は、声を抑えずについてきた。

 研水はあがり框に腰を下ろした。
 「麻布じゃ。
 ともかく、足を洗う。
 桶に水を……」
 「それどころではありませぬ」
 六郎は興奮した顔で言う。
 外出から戻り、疲れた主人が、汚れた足を洗うよりも大事なことが起こったらしい。

 「……何があったのだ。
 申してみよ」
 研水は溜息をつくと、あきらめた顔で言った。

 「旦那様がおらぬ間、浅草寺に麒麟が出ましたぞ」
 「麒麟が……」
 さすがに研水も驚いた顔になった。
 (麒麟……、たしか、ぐりふぉむだったか)
 禽獣人譜に描かれていた精密図を思い出した。

 「境内に現れたのか?」
 「そう言う話でございます。
 大提灯を壊して外に出るや、暴れに暴れて、お侍が3000人も死んだと言いますぞ」
 「3000人!」
 研水は目を剥いた。
 「それは、あまりに被害が大きい。
 話に尾ひれがついたのであろう」
 「なんの、わしは、この目で見ました」
 「見た?」
 「浅草寺から逃げてきた油売りが、麒麟が大暴れしていると騒いでいたので、これは見に行かねばならぬと、取る物も取り敢えず駆け出したのでございます」
 ……こいつ、家の仕事を放りだし、見物してきたのか。
 研水は叱ろうとしたが、話がややこしくなりそうなのでやめた。

 「すでに麒麟は逃走した後でありましたが、浅草寺の前の広い通りは、一面、血の海でーになっておりました。
 手足、臓物、首までもが散乱し、地獄のように惨い有様でしたわい」
 生々しい六郎の言葉に、研水は、人面鳥に襲われた時のことを思い出した。
 ……!?
 ……景山様は!?

 「ろ、六郎!
 景山様は、どうした。
 まさか、その場にいたのではなかろうな」
 「景山……様?
 あ、ああ、あの御内儀が好き過ぎて、旦那様に悋気を湧かし、斬りかかろうとしたお侍ですな」
 「こ、こら!
 話を盛って、適当なことを言うでない!」
 たまらず研水は叱責した。
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