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聞こえない音・Ⅱ

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 「犬の鼻が利くとは知っていたが、耳も良いのか。
 たいしたものだのう」
 そう言いながら、後藤は土間でくつろぐ猟犬を見た。

 と、茶色い毛並みの猟犬が首をあげた。
 耳を立て、引き戸の向こうに視線を向ける。
 外からは、特別な音は聞こえない。
 風が森の木々を揺らす音が、微かに届くだけである。
 猟犬は、それとは別の音を聞いているようであった。
 ときおり、ピクピクと耳が動き、顔の向きを少しだけ変える。
 しばらくすると、興味を失ったのか、猟犬は組んだ前脚の上に頭を乗せ、さっきと同じようにくつろぎ始めた。

 「シカの声でも、聞こえたのでしょう」
 猟師はそう言い、囲炉裏に薪を足した。

 後藤は、そのときの猟犬と、今、広小路を歩く怪物の様子に、どこか似ているものを感じた。
 わしらの耳には聞こえぬ音を聞いておるのか?

 その内に、こちらに背を向けた怪物が、広小路の反対側にある茶屋に頭を突っ込み、なんと店内から、田伏を引きずり出した。
 怪物の背で、よく見えなかったが、近づいた景山が、隙を伺いつつ、娘を一人助けたようであった。

 広小路に戻ってきた怪物は、田伏を横ぐわえにしたままであった。
 田伏は、情けない悲鳴をあげ続けている。
 袴は濡れ、失禁をしているようであった。

 それを見た後藤は、景山と同じ疑問にぶちあたった
 どうして、一気に殺さないのか?
 どうして、手加減をした力で咥えているのか?
 そして、ここから景山とは、思考が別の方向に向かった。
 後藤は、再び猟犬のことを思い出していたのだ。

 猟犬は、猟師が撃った獲物を捕りに走ると、自ら食い殺すことはせず、咥えたまま主人である猟師のもとに戻ってくる。
 あれは、そのように訓練され、そのように命じられているのだ。
 
 ならば、あの化け物を訓練し、操る者がいるのではないのか?
 後藤は、広小路全体を見回した。
 人間には、聞こえぬ音で怪物に命令を下している者が……。
 後藤は、不審なものが自分の感覚に引っ掛かるのを待った。

 ……いた。
 後藤の目は、路地に少し入り込んだところに置かれた町駕籠を捉えていた。

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