上 下
78 / 202

混乱

しおりを挟む

 後藤も、景山に並走する。
 脇差を抜いてはいるが、振るうことは無く、飛んできた矢は、ひょいひょいと最小限の動きでよけていく。

 「さっきの声、聞き覚えがある」
 矢をかわしながら、後藤が言った。
 景山に声を掛けたようにも、独り言のようにも聞こえる。

 声が……?
 景山が、声質を思い出そうとした時、再度、その声が響き渡った。

 「何をしている!
 鉄砲隊も、早く撃てッ!
 同心もろとも撃てッ!」
 田伏の声であった。

 落雷のような銃声が響いた。
 矢の時と同じである。
 最初の一発が鳴ると、次々と銃声が重なった。

   ◆◇◆◇◆◇◆

 「ぬうううう!」
 佐竹は、旗本や雑兵を掻き分けながら走っていた。
 怒りに顔が赤くなり、口からは唸り声が漏れている。

 何という事か、先に境内から出した田伏が、旗本勢に紛れ込み、勝手に号令を放ったところを見たのだ。
 周囲の弓兵たちは、ためらっていたようであったが、将官からの命令だと勘違いした数名が矢を放つと、それが合図となり、次々と矢が放たれた。
 
 まだ、景山と後藤が射程内にいるのにである。
 いや、田伏の命令は、その二人をも射殺せと言っているように聞こえた。

 矢に続いて、火縄銃の轟音が響いた。

 「撃てッ!
 撃て、撃てッ!」
 佐竹がたどり着いた時、田伏は狂ったように飛び跳ねながら、号令を続けていた。
 醜い笑みを浮かべている。

 「馬鹿者がッ!」
 佐竹は、走ってきた勢いのまま、田伏に飛びかかった。
 引き倒し、馬乗りになる。
 「貴様、何を考えておる!
 まだ、景山と後藤がいたのだぞ!」
 周囲の旗本や雑兵たちが驚き、二人を囲むように数歩下がった。

 「お役目です!
 同心たるもの、命を捨てて、お役目を果たすべきでしょう。
 わ、私は間違ったことはしていない!」
 田伏が口を大きく開いて叫んだ。

 「お前は、どこまで卑劣なのだ!
 どの口で、そのようなことを!」
 あまりに恥知らずな田口の言葉に、佐竹は、その口を拳で殴りつけようとした。
 が、暴れる田伏に跳ね飛ばされてしまう。

 「逃げるなッ!」
 四つん這いで逃げ出そうとする田伏に向かい、佐竹が怒鳴る。

 そこへ、一騎の騎馬武者が駆け寄ってきた。
 「号令をかけたものは誰じゃ!」
 旗本勢をまとめる、村沢主税であった。
 
 「わ、私でございます!」
 立ち上がった田伏が、村沢に駆け寄った。

 あ、あいつは正気か!?
 佐竹は、ぞっとした。
 田伏は、嬉しそうな笑みを浮かべているのだ。
 褒められると思っているような表情である。
 
 「この、たわけ者が!」
 村沢は、鞭で田伏の顔を激しく打った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

処理中です...