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与力・佐竹
しおりを挟む「……え? いや、それは」
田伏は、瞬きをしながら口ごもる。
下半分が血まみれになった顔に、怪訝な表情が浮かんでいた。
言い訳を考え、口ごもっているのではなく、後藤の言うことが、理解できていないようであった。
「わしの言う言葉の意味が、分からぬか?」
後藤は呆れた顔になった。
「お前は、どこか欠落しているようだな。
……まあ、いい。
怪物退治が終わったら、改めて相手をしてやろう」
そう言った後藤は、薄く切れる様な笑みを浮かべた。
「お前に、わしの相手が出来るのであればな」
後藤の剣技を思い出したのか、田伏の顔から血の気が失せた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
宝蔵門から人が消えた。
残っているのは、佐竹、景山、後藤の三人のみである。
残りの捕り方たちは、境内を大きく迂回して、本堂の裏手へと回り込んでいた。
怪物が、景山と後藤の二人に対して、逃げ出す素振りをみせたなら、背後から押し出し、浅草広小路に向かって追い立てる役目である。
田伏は使い物にならなくなったので、佐竹が平造に命じて、境内の外に出した。
「私は、風雷神門まで下がる。
そこで、おぬしたちが、怪物を誘き出すのを見届ける」
佐竹は緊張した顔で、景山と後藤に向かって続ける。
「も、もしも……、もしも、おぬしたち二人が、参道の途中で力尽きることがあれば、私が、駆け戻り、三人目の囮となって、あの、あの怪物を外まで誘き出そう」
言葉につまりながらも、佐竹が言い切った。
「佐竹様。嬉しいお言葉です」
「憂いなく、お役目に挑むことができます」
景山と後藤は、上役に軽く頭を下げた。
「死ぬなよ」
その言葉を残し、宝蔵門から離れて行った。
早足に参道を戻り、風雷神門へと向かっていく。
「佐竹様は、意外と骨があるのう。
もそっと小心者かと、みくびっておったわ」
佐竹の背を見送った後藤が、感心したように言うと、刀の鞘から、下緒と呼ばれる紐をほどいた。
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