上 下
62 / 202

与力・佐竹

しおりを挟む

 「……え? いや、それは」
 田伏は、瞬きをしながら口ごもる。
 下半分が血まみれになった顔に、怪訝な表情が浮かんでいた。
 言い訳を考え、口ごもっているのではなく、後藤の言うことが、理解できていないようであった。 

 「わしの言う言葉の意味が、分からぬか?」
 後藤は呆れた顔になった。
 「お前は、どこか欠落しているようだな。
 ……まあ、いい。
 怪物退治が終わったら、改めて相手をしてやろう」
 そう言った後藤は、薄く切れる様な笑みを浮かべた。
 「お前に、わしの相手が出来るのであればな」

 後藤の剣技を思い出したのか、田伏の顔から血の気が失せた。

   ◆◇◆◇◆◇◆◇

 宝蔵門から人が消えた。
 残っているのは、佐竹、景山、後藤の三人のみである。

 残りの捕り方たちは、境内を大きく迂回して、本堂の裏手へと回り込んでいた。
 怪物が、景山と後藤の二人に対して、逃げ出す素振りをみせたなら、背後から押し出し、浅草広小路に向かって追い立てる役目である。
 田伏は使い物にならなくなったので、佐竹が平造に命じて、境内の外に出した。
 
 「私は、風雷神門まで下がる。
 そこで、おぬしたちが、怪物を誘き出すのを見届ける」
 佐竹は緊張した顔で、景山と後藤に向かって続ける。
 「も、もしも……、もしも、おぬしたち二人が、参道の途中で力尽きることがあれば、私が、駆け戻り、三人目の囮となって、あの、あの怪物を外まで誘き出そう」
 言葉につまりながらも、佐竹が言い切った。
 
 「佐竹様。嬉しいお言葉です」
 「憂いなく、お役目に挑むことができます」
 景山と後藤は、上役に軽く頭を下げた。

 「死ぬなよ」
 その言葉を残し、宝蔵門から離れて行った。
 早足に参道を戻り、風雷神門へと向かっていく。

 「佐竹様は、意外と骨があるのう。
 もそっと小心者かと、みくびっておったわ」
 佐竹の背を見送った後藤が、感心したように言うと、刀の鞘から、下緒と呼ばれる紐をほどいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遠き道を -儒者 林鳳岡の風景-

深川ひろみ
歴史・時代
「僧と共に先聖先師の前には立てぬ」  林鳳岡が少年の日に出会った儒者は、厳しい口調でそう言った。京から下ってきたばかりのその男の名は、山崎闇斎。初夏の日射しが地に落とす影にも似た、くっきりと鮮やかなその姿が、幕府に仕える林家の在り方を当たり前のものとしてきた少年の内に疑念を目覚めさせる。  創作歴史小説。舞台は江戸初期、明暦年間から始まります。時の将軍は四代目徳川家綱。祖父羅山、父鵞峰の跡を継ぎ、林家三代目として、後に幕府が命じる初めての大学頭となる林鳳岡の物語。 【主な登場人物】 林春勝  林羅山の息子。鵞峰と号する。羅山の跡を継ぎ、幕府の儒臣となる。 林春常  春勝の次男。後に信篤と名乗る。鳳岡と号する。 林春信  春勝の長男。梅洞と号する。春常より一歳年長。 林守勝  春勝の六歳年少の同母弟。読耕斎と号する。 山崎闇斎 京から江戸へ下ってきた儒者。春勝と同年生まれの儒者。後にその門流は崎門といわれた。 「小説家になろう」にも投稿済みです。

大東亜戦争を回避する方法

ゆみすけ
歴史・時代
 大東亜戦争よ有利にの2期創作のつもりです。 時代は昭和20年ころです。 開戦を回避してからのラノベです。

SNS

キング
歴史・時代
南へ北への、大冒険

超克の艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」 米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。 新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。 六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。 だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。 情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。 そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。

手向ける花に戦場の祝福を

和蘭芹わこ
歴史・時代
──これは、あなたの知っている「シモ・ヘイヘ」とは、史実がかなり異なるかもしれない。 冬戦争期間のわずか一〇〇日間、確認戦果五〇〇人以上、サブマシンガンでの射殺人数二〇〇人以上、計戦果は七〇〇人にも及ぶ。 フィンランド兵の人々が雄叫びをあげる中、後線で静かに敵兵(リュッシャ)を殺害するそのスナイパーは『白い死神』と呼ばれ、ソ連軍の人々から酷く恐れられた。 ───しかし、その姿は男ではなく「女」なのである。 日本で生きた前世の記憶を持つ「変わったシモヘイヘ」と、その前に現れた謎の生物「ガルアット」 一人と一匹が交じり合う時、それは歴代戦争「第二次世界大戦」へと繋がる伏線は始まろうとしていた。 そんな中、フィンランド国防軍で兵長に昇級したシモヘイヘが配属しているカワウ中隊へ、とある人物が配属されて……? ※ギャグ、感動、シリアス、戦闘あり ※この物語はif戦記です。実際の人物との関係性はありません。 ※この作品は、カクヨム様でも掲載しています。

桜はまだか?

hiro75
歴史・時代
ようやく春らしくなった江戸の空のもと、町奉行所同心秋山小次郎が駆けていた。火付(放火)である。 ボヤであったが、最悪江戸を焼く大火となる可能性もある。火付けは大罪 ―― 死罪である。 どんな馬鹿野郎が犯人かと、囚われている自身番に飛び込むと、そこにはうら若き乙女の姿が……………… 天和三(一六八三)年三月二十九日、ひとりの少女が火付けの罪で、死罪となった。世にいう、八百屋お七事件である。 なぜ、少女は火付けを犯したのか? これは、その真相を探り、なんとか助けてやりたいと奮闘する男たちの物語である。

凍殺

稲冨伸明
歴史・時代
「頼房公朝鮮御渡海御供の人数七百九十三人也」『南藤蔓綿録』  文禄元(1592)年三月二十六日寅刻、相良宮内大輔頼房率いる軍兵は求麻を出陣した。四月八日肥前名護屋着陣。壱岐、対馬を経由し、四月下旬朝鮮国釜山に上陸した。軍勢は北行し、慶州、永川、陽智を攻落していく。五月末、京城(史料は漢城、王城とも記す。大韓民国の首都ソウル)を攻略。その後、開城占領。安城にて、加藤・鍋島・相良の軍勢は小西・黒田らの隊と分かれ、咸鏡道に向けて兵を進める。六月中旬咸鏡道安辺府に入る。清正は安辺を本陣とし、吉川、端川、利城、北青などの要所に家臣を分屯させる。清正はさらに兀良哈(オランカヒ)方面へと兵を進める。七月下旬清正、咸鏡道会寧で朝鮮国二王子を捕らえる。清正北行後、鍋島、相良の両軍は、それぞれ咸興と北青に滞陣し、後陣としての役割を果たしていた。

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

処理中です...