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魔人の顔

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 おそらく先入観が、そう見せているのであろう、源内の顔は闇であった。
 輪郭も定かではない闇が、肩の上に、もやもやと蠢いている。
 まるで無数のコバエが、強烈な腐肉に集まっているようにも見えた。
 その蠢く闇の中に、二つの丸い目玉だけが見える。
 恐ろしく不気味であった。

 「ある行為とは?」
 玄白が、源内の目玉に問うた。

 「自慢です」
 蠢く闇の中で、目玉がパチリと瞬きをする。

 「自慢ですか?」
 玄白が驚いている。

 「その通りです、玄白先生。
 『わしはこういう本草を所有しておる』
 『なんの、わしの知る薬草は、このような効能がある』
 『おぬしらは、このような本草を知らぬであろう』とね。
 しかも……」
 続きを話しながら、源内は目玉を動かした。
 玄白から、研水へと向かって、丸い目玉を向けたのだ。

 研水は、掠れるような悲鳴をあげた。
 見られた。
 源内に見つかった。
 盗み見、盗み聞きしていたことに気付かれたのだ。
 源内は、研水を見詰め、目玉だけの顔で不気味に笑った。

 そこで研水は、悲鳴をあげながら、なぜ、自分が、立て続けに怪物と遭遇したのかを理解したのだ。

   ◆◇◆◇◆◇◆◇

 目を開けた研水は、最初、事態が把握できなかった。
 あれほどいた人々が、一人もいない。
 手足を無様に動かし、何とか上半身を起こすと、師の玄白を探した。
 師も危ない。
 すぐにでも伝えねばと思ったのだ。

 しかし、玄白の姿も無い。
 そこで、ようやく自身の屋敷の一室にいることに気付いた。
 「……夢か。
 ……私は眠っていたのか」
 呆けたようにつぶやく。

 しばらく、その姿勢でいると、土間に通じる引き戸を開け、六郎が姿を見せた。
 「旦那様。
 ようやく起きられましたか。
 まあ、よう眠っておられましたな」
 
 「……今は何刻だ?」
 「昼の四つ(午前9時~11時の間)ですな」
 六郎が庭に通じる引き戸も開けた。
 
 ……!
 研水は、右手で目を覆う。
 眩しい光が、どっと室内に飛び込んできたのだ。
 「私は、どれぐらい眠っておったのだ?」
 目をしかめながら、六郎に問うた。

 六郎から話を聞くと、玄白の屋敷から戻った研水は、大入道の話を聞いた後、この座敷で横になり、そのまま一晩、眠ったと言うことであった。
 今は、次の日の昼前ということである。

 六郎は、研水が眠りっぱなしであったため、夜になると離れの小屋に戻り、朝になってから、母屋に戻ってきた。
 しかし、まだ眠っていたため、起きるのを待っていたと言うことであった。

 「あまりに長く眠っておられるから、まさか死んではおるまいかと、心配しましたぞ」
 六郎は、相変わらず、嬉しそうにろくでもないことを言う。

 ならば、起こせばよかろう。
 起こさなくても、枕と夜着を出しておくなり出来ぬのかと腹が立ったが、不毛な会話になりそうなので、研水は、六郎を叱責しなかった。

   ◆◇◆◇◆◇◆◇

 研水は手早く食事をとり、身なりを整えた。
 長い時間、眠ったが、疲れは抜け切らず、逆に体の節々が痛い。
 研水は、くたびれた体で、南町奉行所へと向かった。
 景山に会わねばならないのだ。

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