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六物新志

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 同心の景山と共に見た、玄白の蔵書『禽獣人譜』。
 平賀源内の遺品とも言える、この怪物図鑑の中に、老人が説明した人魚を連想させる絵があったのである。

 二人の人物が、向かい合っている絵図である。
 どちらも禿頭。
 そして、どちらも異様に耳が大きかった。
 握りこぶしより、さらに一回りほど大きな耳が描かれている。

 二人が向かい合うのは、波の立つ水面の上である。
 しかし、生き物にしては、不自然なほど水面に浮いていた。
 空荷の舟の様に浮いている。
 そのため、描かれているのは波ではなく風紋であり、二人は水面上ではなく、砂丘の上にいるかのようにも見える。
 
 だが、そこが水面で、描かれているのは、波であることに間違いはない。
 なぜなら、二人の下半身は、魚の胴となっているのだ。
 さらに、尖った指と指の間には、水かきがあるようにも見える。

 人魚の絵であった。
 老人の語った人魚は、まさにこの絵図を連想させた。

 実は、研水が、この人魚の絵図を見たのは、今日が初めてでは無かった。
 数年前、この人魚図を模写した絵図を見たことがあるのだ。

 その絵図が描かれていたのは、蘭学者、大槻玄沢が書き記した薬学書、『六物新志』であった。

 大槻玄沢は一関藩(陸奥にある小藩)の藩医であり、若いころ、江戸に遊学を許可され、天真楼に入塾すると、杉田玄白に学び、前野良沢からは、蘭語(オランダ語)の教えを受けた。
 前野良沢は、玄白と共に解体新書の翻訳に尽くした蘭学者である。
 面識は無いが、大槻玄沢は、研水にとって兄弟子にあたる。

 師である玄白は、玄沢の著作『六物新志』の序文を描いている。

 『六物新志』とは、六種類の薬物の効能を考察した書物である。
 この六種の薬とは、
 洎夫藍(サフラン)
 肉豆宼(ニクズク)
 噎蒲里哥(エブリコ)
 木乃伊(ミイラ)
 一角(ウニコール)
 そして、人魚のことである。

 サフランは、アヤメ科の植物で、現在では、香辛料の一つとして知られている。
 当時は、輸入物のみが僅かに国内で流通し、鎮静効果、生理不順の改善に効果があるとされた。

 ニクズクは、常緑植物のひとつで、その種子は、ナツメグとして知られている。
 皮をむいた種子を生薬として使用し、鎮痛効果、整腸作用があるとされていた。

 エブリコは、サルノコシカケと称されるキノコ類のことである。
 サルノコシカケというキノコがあるわけでは無く、樹木などから、半円状に成長したキノコが、そう呼ばれる。
 解熱効果、不老長寿の効果があると言われていた。
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