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禽獣人譜・Ⅰ

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 三年後の明和二年、平賀源内は、杉田玄白との約束を果たした。

 玄白は、中川淳庵と共に、源内の仲介によって、カピタン(オランダ商館館長)が滞在する、江戸の『長崎屋』に案内されたのである。

 招かれた部屋を見た玄白は、目を見張った。
 畳の上に絨毯が敷かれ、そこにテーブルと椅子が据えられている。
 壁際に置かれたテーブルの上には地球儀、ランプ、望遠鏡、オルゴールなどが並べられていた。
 まるで、この部屋だけが異国へと繋がっているような錯覚を感じるほどである。

 淳庵も緊張を隠せない。
 ただ一人、源内だけが、まるで物怖じせず、地球儀に触れ、望遠鏡を手に取って目を当てていた。

 「源内先生」
 そこにある品を壊されでもしたら、とんでもないことになると思ったのだろう、淳庵は、源内を椅子に座るようにうながした。
 玄白も椅子に腰を下ろす。

 玄白が慣れない椅子で尻を動かすうちに、江戸番通詞(通訳)の吉雄耕牛を伴って、カピタンが現れた。
 カピタンは背が高く、黄色がかった波打つ髪と、色のついたビードロ(ガラス)のような瞳をしていた。

 あまりに緊張し過ぎた玄白は、このときの様子を断片的にしか覚えていない。
 その中でも、強烈に覚えていることは三つである。

 一つ目はカピタンの取り出した、タルモメイトルであった。
 「これは、タルモメイトルと言い、気温を測る道具です」
 カピタンの話を聞いた耕牛が、通訳をする。

 それは細かな目盛の入った板に、細長いガラスの管が取り付けられているものであった。
 ガラスの管の中には赤い液体が入っている。
 気温が高くなれば、この液体が上昇し、低くなれば下降するのだと説明された。
 カピタンは、玄白たちに、タルモメイトルを手渡した。
 自由に調べて良いと、自信に満ちた笑顔で言う。

 玄白は、受け取ったタルモメイトルをじっくりと見た。
 ガラス管には、液体を注ぎ足したり抜き出したりするような穴は無い。
 完全に密封されている。
 玄白には、その中で液体が増えたり減ったりするとは思えなかった。

 しかし、試しに順庵が、ガラス管の膨らんだ底の部分を手の平で包んで温めると、たしかに赤い液体は上昇した。

 「どうなっておるのか?」
 玄白は、西洋の不思議な道具に驚いた。
 ところが、さらに仰天したのは、タルモメイトルが源内の手に移った後であった。

 タルモメイトルを手にした源内は、しばらく調べたのちに、平然とこう言ったのだ。
 「……ふむ。
 熱による液体の膨張と収縮を利用したものですな。
 こういうものなら私にも作れます」

 玄白と淳庵は言葉を失い、耕牛の通訳を聞いたカピタンは、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
 口から出まかせを言っていると、思ったのであろう。
 しかし、数年後、源内は本当にタルモメイトルを作りあげてしまったのである。

 二つ目は源内が取り出した火浣布である。
 それは圧縮した四角い綿のような形状をしていた。
 触ると弾力があり、繊維が絡み合っているのが分かる。

 「これは『火浣布』といって、私が作った燃えない布です。
 こういう布はオランダにも無いのではありませんか?」
 この源内の言葉にも、玄白は驚いた。
 源内は学ぶのではなく、オランダという国に挑みに来ているようであった。
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