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偽薬の効能

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 ……冗談では無い。
 研水は顔を引きつらせた。
 研水は傷の手当てを専門とする金創医ではない。
 本道といわれる内科が専門であった。
 簡単な傷口の縫合ならできるが、血管や骨まで断つような深手は専門外である。

 無茶だ。逃げよう。
 そのあたりの店にでも飛び込み、奥に隠れればいいのだ。
 裏口から逃げてもいい。
 私には何も出来ぬ。

 私に出来ることなどない。
 そう思いながら、研水は通りに向かって一歩前に出た。

 ち、違う。そうではない。
 逃げなくては……。
 逃げなくては……。
 逃げようという意志とは反対に、さらに一歩前に出て胸を張る。
 ああ、そうか、そういうことか……。
 研水は、自分は偽薬なのだと悟った。

 恐怖という病に掛かった捕り方たちを治す偽薬なのだ。
 効能を持っていなくても、それを悟られてはならない。
 偽薬と知れれば、効き目は無くなってしまうのだ。
 勿体をつけ、堂々と現れることによってこそ、捕り方たちの恐怖を払拭することができるのだ。
 そのためには命を張らねばならぬ。

 しかし、震えが止まらない。
 ええい、かまわぬ!
 研水は、震えたままで覚悟を決めた。
 「蘭方医の戸田研水である!
 私に治せぬ傷は無い!」
 大声で叫んだ。

 それに応じたのは人面鳥であった。
 ギエエエエエエエエと鳴くと、高くは飛ばず、研水の顔の高さを地面と水平に滑空してきた。

 放たれた矢のように速い。
 怒りに狂った老婆の顔が、みるみるうちに研水へと迫ってくる。
 人面鳥が飛んでくるよりも早く、背筋が凍りつくほどの恐怖が、正面から研水をわしづかみにした。

 ああ、これは死ぬな……。
 確実に死ぬ……。
 似合わぬことをするものではない……。
 研水は泣き笑いの顔で、迫る死を感じた。

 「研水殿、見事じゃ!」
 そのとき、研水をかばうように、景山が前に出た。

 さらに今まで逃げ回っていた捕り方たちが、研水の盾になるべく、四方から駆け寄ってきた。
 「先生を守るぞッ!」
 「集まれッ!」
 「応ッ!」

 左右から突き出された捕り方たちの長柄が、研水をかばう景山の前で、格子のように組合させた。
 そこに人面鳥が激突した。
 長柄が激しい音を立ててたわむ。

 研水は、再び尻もちをついた。
 斜め後方にこけたため、景山の向こうがよく見えた。

 ゲエ、ゲオオオオ、ゲゲッ。
 長柄で出来た格子の隙間から、老婆が強引に頭だけをくぐらせ、凄まじい声で吼えている。

 「りゃッ!」
 景山が突きを放った。
 老婆の口の中に、刀の切っ先が滑り込む。

 ゲエエエェェェエエェェ!
 格子から首を引き抜いた人面鳥が、鮮血と共に絶叫をあげた。

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