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第25話 奴隷商、侯爵の眼力に驚く

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領都の守備は空っぽになった。

ライル率いる300の兵は北方街道を北上していた。

ライルが出発する前……

僕は地図のある地点を指差していた。

「ここで集合しよう」
「本当によろしいのですか?」

「ああ。待ち受ける場所としては、ここが最適なはずだ」
「分かりました。それでは手筈通りに……」

二つ三つ程度の会話を続けた後に解散となった。

僕とマギーはシェラたちと合流するのを今かと待ち受けていた。

「イルス卿……本当に済まない。この礼は……」
「ええ。十分に頼みます」

白金貨10枚は欲しいところだな。

「……少し聞いてもいいか?」

作戦についてか?

僕は頷いた。

「そこのお嬢さんは……オーレック卿の息女か? いや、信じられないのは自分でも分かっているのだが……」

意外だった。

マギーの顔は毒の後遺症で前とは少し違ってしまった。

オーレック卿は一瞬でマギーと分かったみたいだが、デリンズ卿まで気付くとは。

だが……。

「……」
「そうか。沈黙が答えというのだな。いや、無理に答える必要はない。お嬢さんの立場は非常に複雑だ」

たしかにその通りだ。

だが、分からない。

オーレック卿とデリンズ卿は王宮ではしのぎを削り、敵対まで噂されるほどだ。

この事を王宮に伝えれば、デリンズ卿の立場は確固たるものになる。

さらにオーレック卿に追い打ちを掛ける切り札にもなるのだ。

この秘密を知らないふりをする理由が分からない。

「なぜ……」
「オーレック卿は儂の唯一の親友だ。その娘がいなくなったと聞かされ時のあやつは相当な落ち込みだった。見ていられぬほどにな」

……

「不思議か? 何故、仲が悪いふりをしていたのか」

もちろんだ。

二人の仲がいいなんて、王宮にいる者ならば誰も信じないだろう。

「王宮は非常に複雑な場所だ。敵味方が入り混じり、皆が王に取り入ろうと必死になっている。イルス卿もそれは同じであろう?」

それはそうだろう。

王の不興を好き好んで買うやつはいない。

皆、王に好かれたい一心なのだ。

「だがな、誰かは言わねばならぬのだ。王に嫌われても、不興を買っても、王国のために言わねばならぬ事がある」

なんとなく分かってきた。

二人は王国を想う賢人だ。

片方が不興を買えば、一気に失脚をするだろう。

しかし、二大貴族と言われる二人が互いに、その役目に徹したらどうだろうか。

ある意味、バランスが取れることになる。

それに王国の利益も守ることが出来る。

……まさか、二人にそんな密約があったとは……

「だが、オーレック卿は失脚してしまった。王宮ではなく、王家の横槍で。そのせいで王宮は…・・」

今まで二人の貴族の努力によって保たれていた王宮組織がバランスを失ってしまった。

バランスはうまい具合に王国を運営していた。

それを王家が……壊してしまったのだ。

外にいると……王族から離れると見える景色が変わる。

そう……王族は王国にとって害悪なのではないか。

僕は王家のやり方……王族としてのあり方に誇りを持っていた。

だが、それは間違いだったのかも知れない。

王家が偉いのではない。

王家を支える者たちが偉いのだ。

そして、王家を支持してくれる民が偉いのだ。

……僕はこのまま王族に戻るべきなのか……

「だが、儂一人でも何とかしてみせる。オーレック卿の分もな。だが、それもどうなるか……」

一人嫌われ役を演じれば、覇権を握りたい貴族たちに袋叩きに遭うだろう。

……ならば、僕のやるべきことは……

王族にいつ戻れるかを考えることではない。

一人でも多く、貴族を味方に付け、デリンズ卿の支持者に回さなければならない。

そして、オーレック卿の復権も……

王宮さえ、機能が戻れば、王国はまだまだ反映が出来るはずだ。

僕は奴隷商貴族……この国で唯一の存在だ。

この力で出来ることはあるはずだ。

市井の中で奴隷を使って……。

「ありがとうございます。デリンズ卿」
「うむ。儂も感謝しよう。そこのお嬢さんを大切にしてやってくれ」

マギーも全てを聞いていた。

その上で何も話さなかった。

本物のマギーは死んでいることになっている。

ここには僕の付き人のような存在としているだけ。

侯爵に直接話しかけられるような立場でないことに徹底していた。

だけど、分かるんだ。

最後にデリンズ卿に深々と頭を下げていた。

それはとても感謝していると……

「行こうか。マギー」
「ええ。あのバカ息子を懲らしめてやりましょう」

相手は三倍以上の兵力を持っている。

普通にやれば勝ち目のない戦いだが……。

「イルス。到着」

実にいいタイミングだ。

「シェラ。戦いにも参加してもらうが、治療薬の作成を頼む」
「承知」

「サヤサ、戦いになる。存分に暴れてくれよ」
「はい!!」

「マリーヌ様……」
「妾にも何かいうが良い」

……特に何もないな。

というか、自分以外の事で動いてくれることがあったか?

「……まぁよい。戦場と聞いているからの。一つ、手助けをしてやろう。ほれ、これじゃ」

この瓶って……

「毒じゃ。これを数滴あれば、相手を全滅させられるじゃろう。我が家の秘薬ぞ」

却下だ。

そんな猛毒を使ったら、こっちにも被害が出てしまうだろうが。

全く……この人はいつも、こんな物騒なものを持ち歩いているのか?

本当に怖い人だ。

「要らぬか? ならば、これじゃ。ほれ」

また、変な瓶だ。

「惚れ薬ver.2じゃ!! 前の物からさらに強さ倍増じゃぞ。そこの娘なんて発狂するかも知れぬの」

……これを戦場に使ってどうするつもりなんだ?

兵士たちを恋狂いにでもさせる気か?

これも却下だ。

「食えぬやつじゃのぉ。男なら泣いて喜ぶと思ったんじゃが」

趣旨、分かってるのか?

これから戦争をしようっていうのに……。

「仕方がない。妾は皆を守ってやろう。それくらいはしてやってもよい」

……あれ?

なんか、まともなことを言っているぞ。

もしかして、変な薬でも……

「なんじゃ、その顔は。妾とて、木石ではない。皆を守りたいくらいの気持ちはある。それだけじゃ」

なんだよ……。

すごくいい人なんじゃないか……。

変態だけど。

「とりあえず、僕達も出発しよう。ライルが到着する前に色々と準備もしたいしな」
「おっ!? 毒か?」

うっさいわ!

そんなのを使わなくても、この戦争は有利に終わると思うんだ。

僕の考えでは……。
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