上 下
23 / 60

第23話 奴隷商、奴隷にだって服は必要だと思う

しおりを挟む
第二回秘密会議が厳かに行われていた。

開始から一時間が経過しても、誰も発言をしない。

それはそうだ。

一回目で案は出し尽くしているのだから。

気分でも変えるか。

「デリンズ卿はお召し物に興味はお有りか?」

何気ない言葉だった。

昨日、ぶつかった女性。

その時のことが忘れられない。

あの時の豊かな胸が……。

いや、そうではないな。

彼女が手にしていた反物が実に美しかった。

王宮でも十分に通用するものだ。

「まぁ、そこそこは……」

そこで異変が起きた。

ずっと黙っていたライルがにわかに立ち上がった。

「ライル?」
「私は服がこの世でもっとも好きです!! 後継者なんてなりたくない。私は服職人になりたいのです!」

ぽかんと口を開けることが生涯にあるとは思わなかった。

まさにこの瞬間だった。

今までの議論を全て、ひっくり返してしまう発言。

「ライル! いい加減にせんか!! お前はこの領地を継ぐのだ。それ以外に選択肢はない!」
「今更、言わないで下さい! 一切を母に任せていたのをお忘れなのですか」

急に親子喧嘩が始まってしまった。

これは見ていていいものなのか?

マギー……そんなに楽しそうな顔をしないでくれよ。

シェラは……金貨を数えているのね。

勝手に袋に移し替えているけど、何をしているんだ?

「材料費」

……それでこの小さな袋は?

「旅費」

ほとんど入っていないじゃないか。

僕はシェラから金貨の入った袋を奪い取った。

そんな悲しい顔をしてもダメだ。

「あとで話し合おう」
「……承知」

そんなやり取りをしている間に親子喧嘩は決着したようだ。

ライルが出ていってしまった。

「お見苦しいところをお見せした。ライルは去年までは後継者にするつもりもなく自由に過ごさせていました」

ふむ。

それで急に後継者になれと言われて動揺していると……。

その辺の弱小貴族程度なら問題はないが、さすがに侯爵領ともなれば責任の量が違う。

生まれてすぐに覚悟を決められるかどうかは、とても大きな違いだ。

「ライルはどうなるんでしょうか?」
「分からぬ。しかし、ライルしかおらん。どうにか、方法を考えねば……」

後継者になりたくない者に押し付けてもな……

最終的に嫌な思いをするのはその領民だ。

むしろ、諦めて、あのクズみたいな弟に委ねるのも一つの選択だと思うが……

「それだけはゴメンだ」

頑固だな……。

「ちなみにライルはなぜ、服職人に?」
「あれは母の影響だ。母は子飼いの子爵の出でな。子爵領は……」

そうか。

ライルの母の故郷。

子爵領は大きな紡績産業地帯として知られ、王国の布製品の多くを製造していた。

僕が知らなかったのは、子爵領の布製品はほとんど市井に出回るものだからだ。

それに大きく衰退してしまったからだ。

原因は労働力不足だ。

かつては多くの奴隷を使っていたのだが、それも断って久しい。

ギリギリの所で今も続いているみたいだ。

当然、子爵領主も紡績についての見識に明るい。

その影響でライルは服職人を志したと言う。

なんて、いい話なんだろうか。

僕はむしろ後継者よりも服職人になることを応援したくなる。

「頼む!! イルス卿。この通りだ」

侯爵の気持ちをも分からなくもない。

あんな愚かな次男を持ってはな……。

「分かりました。考えて……ちょっと待てよ」

あるじゃないか……いい方法が。

だが、それには侯爵の協力が不可欠だ。

それと……集めるものが多そうだ。

それから二カ月の時間を要した。

季節はすっかり暖かさを取り戻し始めていた。

「ライル。準備はいいか?」
「はい!」

号令と共に盛大な花火が上がった。

『デリンズ侯爵家直営紡績工場』

中には多くの奴隷たちが糸を紡いでいた。

侯爵領は広い。

そこから子飼いの領地を含めて、全ての場所から奴隷を集めた。

この工場のために……

そして、初代工場長に就任したのがライルだった。

この工場は莫大な利益を侯爵領にもたらすだろう。

ライルの母の生家の子爵も最大の支援を表明している。

これによって、ライルの名声はこれ以上ないほど上がるだろう。

当然、その名は王国中に広まる。

デリンズ卿も安心して、後継者として指名することが出来るだろう。

「感謝しますぞ。イルス卿」
「これは偶然が重なった結果です。それにライルがこの案に乗ってくれなければ無理でした」

この案を思いついた直後にライルに直談判した。

ライルには服職人という道は用意できない。

しかし、服職人をまとめる地位なら用意できる。

それならば、デリンズ……もっといえば、子爵の紡績の技術力を王国中に広めることが出来る。

かつての栄光が再び蘇られることが出来る。

「それこそが私の願っていたこと。母の願いでもありました」

そして、工場長就任と合わせて、後継者になることも約束させた。

「愚弟アンドルが後を継げば、この工場がどうなるか分からないぞ」

と脅しただけだ。

その一言で、ライルの決意は固まった。

「ライル。頼みがあるんだ」
「なんなりと。ロッシュ様の頼みとあれば、なんでも。私の大恩人ですから」

なんだか、照れくさいな。

「頼みというのは服を作ってもらいたい。僕の仲間たちのな」

彼女たちの格好は王都で着ていた物だ。

奴隷に相応しいと言われれば、それまでだが……かなり粗末なものだ。

シェラやサヤサなんかは、かなり際どいところまで破けた服を来ている。

彼女たちが気にしていないから、そのままにしていたが……。

さすがに不味いだろう。

「もちろんです。この工場で最初の大仕事として承らせていただきます」
「ああ。期待しているぞ」

僕達はすっかり忘れていたんだ。

愚弟の存在を……

工場が広く領民に受け入れられ、大盛り上がりのお披露目の裏で暗躍していた。

「さあ、イルス卿。表立っては祝うことは出来ぬが、我が屋敷で祝杯をあげようではないか」
「はい」

奴隷商貴族は表に立てば、侯爵家といえども悪評が立つ。

内々でのお祝いは本当に静かなものだった。

今回の報酬として白金貨3枚をもらった。

「儂からのわずかばかりのものじゃ。もちろん、もう一つの約束も忘れてはおらん」

もう一つ……王族に戻る道筋をつけるということ。

僕は言わなければならない。

「その件ですが……」

僕は念押しをしようとすると再び、扉がうるさく開けられた。

また、アンドルがいちゃもんか? と思ったが違った。

「アンドル様が兵を引き連れ、こちらに向かっております」
「あのバカ息子が!」

……後継者争いはこれがあるから嫌なんです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

せっかく異世界転生したのに、子爵家の後継者ってそれはないでしょう!~お飾り大公のせいで領地が大荒れ、北の成り上がり伯爵と東の大公国から狙われ

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
大公爵領内は二大伯爵のせいで大荒れ諸侯も他国と通じ…あれ、これ詰んだ?  会社からの帰り道、強姦魔から半裸の女性を助けたところ落下し意識を失ってしまう。  朝目が覚めると鏡の前には見知らぬ。黒髪の美少年の顔があった。 その時俺は思い出した。自分が大人気戦略シュミレーションRPG『ドラゴン・オブ・ファンタジー雪月花』の悪役『アーク・フォン・アーリマン』だと…… そして時に悪態をつき、悪事を働き主人公を窮地に陥れるが、結果としてそれがヒロインと主人公を引き立せ、最終的に主人公に殺される。自分がそんな小悪役であると…… 「やってやるよ! 俺はこの人生を生き抜いてやる!!」  そんな決意を胸に抱き、現状を把握するものの北の【毒蛇公爵】、東の大公【東の弓聖】に攻められ蹂躙されるありさま……先ずは大公が治める『リッジジャング地方』統一のために富国強兵へ精を出す。 「まずは叔父上、御命頂戴いたします」

「おっさんはいらない」とパーティーを追放された魔導師は若返り、最強の大賢者となる~今更戻ってこいと言われてももう遅い~

平山和人
ファンタジー
かつては伝説の魔法使いと謳われたアークは中年となり、衰えた存在になった。 ある日、所属していたパーティーのリーダーから「老いさらばえたおっさんは必要ない」とパーティーを追い出される。 身も心も疲弊したアークは、辺境の地と拠点を移し、自給自足のスローライフを送っていた。 そんなある日、森の中で呪いをかけられた瀕死のフェニックスを発見し、これを助ける。 フェニックスはお礼に、アークを若返らせてくれるのだった。若返ったおかげで、全盛期以上の力を手に入れたアークは、史上最強の大賢者となる。 一方アークを追放したパーティーはアークを失ったことで、没落の道を辿ることになる。

「モノマネだけの無能野郎は追放だ!」と、勇者パーティーをクビになった【模倣】スキル持ちの俺は、最強種のヒロインたちの能力を模倣し無双する!

藤川未来
ファンタジー
 主人公カイン(男性 20歳)は、あらゆる能力を模倣(コピー)する事が出来るスキルを持つ。  だが、カインは「モノマネだけの無能野郎は追放だ!」と言われて、勇者パーティーから追放されてしまう。  失意の中、カインは、元弟子の美少女3人と出会う。彼女達は、【希少種】と呼ばれる最強の種族の美少女たちだった。  ハイエルフのルイズ。猫神族のフローラ。精霊族のエルフリーデ。  彼女たちの能力を模倣(コピー)する事で、主人公カインは勇者を遙かに超える戦闘能力を持つようになる。  やがて、主人公カインは、10人の希少種のヒロイン達を仲間に迎え、彼女達と共に、魔王を倒し、「本物の勇者」として人類から崇拝される英雄となる。  模倣(コピー)スキルで、無双して英雄に成り上がる主人公カインの痛快無双ストーリー ◆◆◆◆【毎日7時10分、12時10分、18時10分、20時10分に、一日4回投稿します】◆◆◆

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

処理中です...