スラム出身の公爵家庶子が、スラムの力を使って、後継者候補達を蹴落として、成り上がっていく。でも、性悪王女が可愛くてそれどころではないかも

秋田ノ介

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貴族編

第38話 シャンドル領

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 年が明け、僕は12歳になった。ついにシャンドル領に向かう日がやって来た。人生には転機というものがあるらしいけど、これほど大きな転機はないだろう。なにせ、スラムで生まれ育った僕がシャンドル家次期後継者候補として、新たな人生を歩むのだから。

 どうやら、すでにシャンドル家の出迎えがやって来ていたようだ。シャンドル家の家紋が刻まれた立派な馬車が一台、長く住んでいた家の前に停まっていた。周囲には人だかりが出来ていて、好奇の目をこちらに向けていた。

 「師匠……あとで会いましょう」
 「ああ。私もしばらくしたら向かうことにしよう。しばしの別れだ。旦那様」

 その言い方を何度止めてくれと言ったことか。僕はまだ師匠と結婚したわけじゃないのに……12歳で所帯持ちは勘弁して欲しい。目で別れを告げ、馬車に足を掛ける。

 「ニッジ、ララ、そしてマリア。覚悟はいいか?」

 「当たり前よ。この日のためにオレは生きてきたと言っても過言ではない」
 「わ、私も……」

 「ロラン様、未来永劫お守りします」
 相変わらずララの言葉は遮られてしまうな。でも、言いたいことは分かるぞ。ララはこの二年で大きく変わった。10歳になり、背も大きく……大きくなりすぎなくらいになった。小さかったのが嘘のようだ。体はよく締まっていて、スラリとしているが力は僕の何倍もありそうだ。本人は武闘家と言っていたな。なんでも素手で戦うらしい。

 体にピッタリとして、腰から足元にかけて深い切込みのある服を着ている。マリアがかつて着ていた服を調整したものらしい。特に胸周りを……まぁ、マリアは大きいからな。一方、ララは成長途中ということにしておこう。生足が時々見えるのにドキッとするが、相手は十歳。考えないように努力しよう。

 黒髪をきゅっと一本に縛り上げていて、キリッとした美女と言った感じだ。身長が高いからね。美少女とは思えないんだよね。まぁ、頼もしい護衛だな。

 ニッジは僕と同じ12歳になった。最近はメガネをつけるようになって、インテリを自称しだした痛いやつだ。農業分野ではスラムの大人千人を配下にして、開拓に邁進している姿はインテリと言うよりも親方という感じのほうが合っているような気もする。

 これからはインテリ路線を走っていくつもりなんだろう。
 「オレはインテリ騎士だ!!」

 ちょっと言っている意味がわからないけど、悦に浸っているニッジの邪魔をするのも悪いな。一応、騎士らしく剣の修行をマリアにつけてもらっているらしいが、あまり上達は見込めないらしい。騎士よりも行政職の方が合っているのかも知れないな。

 マリアは……変わらないかな。強いて言うなら、修道服を脱ぎ、いつも下ろしている金髪の長い髪を一本の三つ編みにしていることかな。格好も動きやすい服装に軽鎧を身にまとい、槍を手にしているところ。

 「私は本当は弓が得意なんですけど、護衛なら槍ですね」

 そんなことを言いながらも、槍の実力は相当ものものだと師匠から聞いた。マリアにも聞いてみると笑って答えてくれた。

 「矢が無くなってしまえば弓はそれまでですが、槍はいつまでも戦えるでしょ?」

 その妖艶な笑顔がなんか怖かった。

 皆の腕には、僕から贈った金のブレスレットが装着されている。これが今後、忠臣の証として扱われることになる……予定だ。出来れば、個々人の仕事に応じた適切なものが理想的だけど……それはこれから考えよう。マリアとララは指輪タイプが望ましいらしいけど、どうしたものかな。

 ニッジは眼鏡がいいらしい。金の眼鏡は趣味が悪いと言ったら落ち込んでいたな。

 ちなみにガーフェだが、僕との挨拶はすでに済ませてあり、ここには姿を見せていない。彼にはやらねばならないことが山積しているので、無理に来る必要ないと告げてある。

 最後に僕は……何か変わっただろうか? 魔法が少し使えるようになったくらいだ。あとは帽子をかぶらずに正々堂々と街を歩けるようになったかな。そうそう、一番の変化は肩書だね。シャンドル家次期後継者候補、兼、スラム代官……シャンドル家と王家にしっかりと紐づけされ、自由人としての境遇は無くなってしまった。

 これからどんな生活が待っているのだろうか? 

 僕達は慣れ親しんだスラムとは別れを告げ、馬車に乗り込んだ。徐々に遠ざかるスラム。窓からずっと見えているはずだけど、誰も見ようとはしない。

 だって……馬車に備え付けのお菓子が凄く美味しいんだもん!! えっ? なにこれ? こんなに美味しいものがあったなんて……ああ、やっぱり世界って広いな。

 到着まで二日。しばし、馬車の旅が続く。

 「ロラン、見たか? 御者の奴、獣人だったな」

 獣人? ああ、たしかに特徴的な耳があったな。そうか、

 「亜人とは違うの?」
 「いや、一緒だ。亜人と言っても、色々だからな。獣の特徴を持っている亜人を獣人って呼び方をするんだ」

 なるほど。馭者は大きな耳……多分、狼のような感じだから獣人でいいんだな。初めてみたが、こんな人が存在するのかと驚いてしまうな。

 「ちょっと挨拶してくるよ。これから長い旅になるからね」

 「バカ、やめろよ。獣人だぞ」

 ニッジの言っている意味が分からない。僕が首を傾げていると、マリアが教えてくれた。

 「ロラン様は亜人に会ったことがないので、よく知らないと思いますが王国では亜人が少なくない人数が住んでいます。ほとんどは帝国から流れてきたか、または捕虜としてやって来た者たちの子孫と言われています」

 「へぇ。じゃあ、王国の民ってことだね」

 マリアは首を振った。

 「違います。亜人には民としての資格は認められていないのです」

 民ではない? そういえば、スラムに住む人達も王国の民として認められていないって言っていたな。

 「スラムに住んでいる人達みたいな感じかな?」
 
 「それも違います。スラムは特殊な存在と言うか、王家の民と言った感じですね。王家の命令は聞かねばなりませんが、王家以外の命令は聞かなくてもよいのです。それがスラムという場所です。しかし、亜人は……」

 「奴隷だよ。奴隷。獣人は物なんだ。戦争で王国の人達をたくさん殺したんだ。当然の報いだ」

 ニッジは亜人にあまりいい印象を持っていないようだな。マリアは……分からないな。ララは……全然分からないな。

 「ニッジがどう思うが自由だけど、僕は亜人という人達を知らない。戦争は殺し合いをするところなんだ。その罪を参加もしていない者にも向けていいとは思わない。だから、僕の目で亜人と接してから判断しようと思う。一応言っておくけど、ニッジは考えを変える必要はないからね」

 「どうしてだよ⁉ 獣人だぜ」

 ニッジの気持ちもわからないことはないけど……

 「王都でスラムから来たってだけで扱いが変わったんだ。そのとき、僕は初めて怒りってものを経験したよ。だから嫌なんだ。亜人だから、スラムだからって相手を判断するのは。だから僕は自分の目で判断する。それは揺るぎない僕の気持ちなんだ」

 「そうか……ロランがそこまで考えているなら、何も言わない。でもな、亜人に対して偏見を持っているのはオレだけじゃないって覚えておいたほうがいい。むしろ、ロランの考え方が少数派だ。きっと困ることになるぞ」

 「その時はニッジは助けてくれるのか?」

 「あ、当たり前だろ!! オレはロランの騎士だ。オレがどう思っていても関係ない。ロランだけは何があっても守る。それだけがオレの……揺るぎない気持ちだ」

 そんな会話をしてから、僕は馬車から降りて馭者席に近寄った。

 「こんにちは。僕はロランです。疲れていませんか?」
 「ひいい。申し訳ありません!! 本当に申し訳ありません」

 ……どうしてこうなんだ?

 「いやいや。僕はただ……」

 「申し訳ありません。申し訳ありません」

 ……僕は静かに馬車に戻った。

 「全然、会話にならなかったよ……」
 マリアの表情はあまりいいものではなかった。

 「奴隷というのはそういうものなんです。我々とは生きる世界が違う。そう思わないと生きていけない世界なんです。普通に接するだけでは、彼らに絶望を与えてしまうと思ってください」

 「僕は余計なことをしてしまったのかな?」

 するとララが声を上げた。

 「そんな……こと、ないと思います。ロラン様はお優しいです。ロラン様なら……困っている亜人の人達を救ってあげられると、思います……」

 「へん!! 綺麗事を言うな!! そんな簡単に済むなら、奴隷なんていないんだよ」

 「でも!!」

 「はいはい。二人ともそこまでにしなさい。ロラン様の前で端ない。この話は終わりよ。ロラン様も亜人と向き合うなら本気でなければ。それこそ、王国にいる亜人全員を救うぐらいの危害がなければなりませんよ。少しの親切心では相手を傷つけてしまうと思ってください」

 マリアもニッジもララも三者三様の考え方なんだな。三人を率いるためには、僕がしっかりとした考え方を持たないといけないな。

 「みんな、ありがとう。すごくいい勉強になったよ。マリアの言う通り、亜人の事を真剣に考えてみるよ。きっといい方法があるはずなんだ。スラムだって、なんとかなりそうなんだ。きっと、皆が笑えるような方法が。皆は応援してくれるだろ?」

 「当たり前です。ここにいるのはロラン様の騎士であり、忠実な部下です。死ねと命じれば、この場で死にましょう。それほどの覚悟を持っているのです。ご安心して、お考えを巡らしてください。鬱屈した気持ちがあれば、私をお呼びくださいね」

 最後!! 最後の言葉がいつも残念だ。まぁ、マリアのおかげで深く考え込まないで済むのは有り難いな。本当に三者三様。面白い仲間に恵まれたんだな。

 ……とうとう、シャンドル領に到着した。風光明媚という表現がぴったりだ。長閑な風景が広がり、畑が一面に広がっている。周りは山に囲まれていて、実に過ごしやすそうな場所だ。

 遠目に街のようなものが見える。あれが領都だろうか? 到着するのが楽しみだな。
 
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