スラム出身の公爵家庶子が、スラムの力を使って、後継者候補達を蹴落として、成り上がっていく。でも、性悪王女が可愛くてそれどころではないかも

秋田ノ介

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スラム編

第20話 王国からの来訪者

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 日に日にスラムに流通する食料の量が増え始めていた。ガーフェが量産され始めた、砂金を使って食料を王国中から買い漁ってきているようだ。

 「師匠、言われたものを買ってきましたよ」
 「おお。これを待っていたのだ。ん? どうして渡してくれないのだ?」

 師匠は体が弱っていることを理由にあれこれとわがままを言ってくることが増えてきた。最初は我慢していたけど、回復した今も弱ったふりをしているのが気に食わない。

 「もういい加減にしてくれませんか? 起きて、魔法薬を作ってくださいよ。シスターからも催促が来ているんですから」
 「ああ、分かった分かった。これが最後にするから」

 かなり怪しいけど……まぁいいか。買ってきたのは、最近スラムでも少量だけ入荷されるようになった魚の燻製だ。師匠の大好物で、僕に隠れて酒を飲みながら食べているらしい。師匠はバレていないつもりだけど、朝になると酒に潰れてるんだから、隠すつもりがあるのかな?

 僕からひったくるように袋を持っていくと、自分の部屋に戻っていった。僕も師匠から与えられた課題を片付けるために、魔法書を片手に魔法の練習をすることにした。最近は土魔法を使っているせいで、前に比べて飛躍的に魔力の扱いに慣れた気がする。

 そのことを師匠に告げると、「他の魔法も怠らないように」と注意された。どうやら、土魔法ばかり使っていると他の属性魔法に支障が出るというのだ。魔法はイメージ。土魔法は鉱物を意識することが重要なのだが、風魔法は大気の流れ、火魔法は火の流れ、水魔法は水の流れとイメージが違う。

 土魔法ばかりだと、細かいイメージが得意になって流れを想像しにくくなるらしい。というわけで、最近は他の属性の練習もやっているんだけど、火魔法がどうも得意にはなれない。なんでだろ?

 そんな日々を送っていると、ガーフェから呼び出しがあった。手紙では凄く謝っていたけど、内容は全く書いていなかった。

 「師匠。ガーフェから呼ばれたので行ってきますね」
 「もごもごもご……」

 必死に酒を隠そうとしているけど、別に気にしていないだけどな……それにしても、なんで下着姿なんだ? 僕はガーフェの屋敷に行くと、なにやら雰囲気が異常な感じだ。屋敷にいるスキンヘッド達が武装をして、緊張感のある面持ちをしているのだ。

 訓練でもしているのかな? それとも砂金で武装でも買ったのかな? あまり無駄遣いはしてほしくないと思ったけど、きっとガーフェが必要だと思って買ったのだろう。

 「ロラン様!! 大変でございます。先程、王国より手紙がやって来たのです!!」

 ガーフェが握っている手紙は、立派な封筒で蝋で知らない模様が押されたものだった。そんな手紙を押し付けられても、困るんだけど。

 「これ、なんですか? 随分と高そうな紙ですね」
 「そこではありません。ロラン様。王国から手紙なのです。ほら? ここに王家の押印が」

 へぇ。王家ってこんな印なんだ。それで、何? いまいち、話が見えてこないんだけど。

 「王国が……ここに、スラムに攻めてくるんです!! それで準備をしているのです」

 だめだ……話が全く分からない。どうやら、話をゆっくりと聞くと、スラムの食料の流れに不審を感じたらしく、王国の重鎮が視察にやってくるというというのだ。

 「それがどうして攻めてくることになるの? 視察って、見に来るってことでしょ? 別にいいんじゃないの?」

 「ロラン様。それは違いますぞ。こう言っては何ですが、我らは金山を掘り当てたようなものなのです。そんな場所を王国が放置するでしょうか? 今回は視察でも、次は大軍が押し寄せて来るに決まっています」

 ……そうなの?

 「王国は長引く戦争で戦費の調達に困っているともっぱらの評判ですからな。そこで我らの力を示す事が重要です。私もこのスラムに骨を埋める覚悟。久々に武器を握らねばならないようです」

 いやいやいや。王国と戦っちゃまずいんじゃないの?

 「ならば、スラムが蹂躙されるだけですぞ。それとも何かいい案でも?」

 いや、ない。

 「一層のこと、今まで集めた砂金を差し出したらどうです? 王国が欲しいのが砂金なら渡してもいいんじゃないですか?」
 「いや、しかし。そんなことをしたら。我らが困りませんか?」

 「それで食料を王国から貰えればいいんじゃないですか?」
 「はぁ……しかし、よろしいのですか? せっかく見つけた金を差し出しても?」

 いいんじゃないかな? 欲しいのは食料であって、砂金じゃない。それにうまくいけば、王国から仕事をもらえるんじゃないかな? 

 「分かりました。ロラン様がそうおっしゃるのであれば。それでは私は部下達に武装を解除させましょう。いや、しかし……ロラン様、大胆ですな。普通は金を見つけたら、手離さないものですが」

 そういうものかな? たしかに金は必要だけど……折角、王国の人がやってくるんだから、それをスラムのためになんとかできないかを考えるものじゃないのかな? 戦ったって、スラムの人達が傷つくだけだしね。

 「分かりました。ロラン様がそういうお考えでしたら、従いましょう。それでは私はこれで。王国の方はおそらく数日中には来るでしょう」

 ガーフェの予想は残念ながら外れてしまった。なんと、すぐにやってきたのだ。将軍然とした金髪朱眼をした壮年の男と供回りは百人程度の小規模な軍といった感じだ。向こうの動きが早かったので、ガーフェが対応出来ずに屋敷前で出くわすことになった。

 「これはこれは……このスラムを取り仕切っておりますガーフェと申します。本日はどういった趣でしょうか?」

 「うむ。そなたがガーフェと申すのか。噂は聞いている。かつては戦場で剛勇を誇ったそうだな。それが今では……いや、馬鹿にしたつもりはない。許せ」

 僕は屋敷の中から覗くように二人の会話を見ている。ガーフェは恐縮したように、将軍然とした男の顔色だけを見ていた。

 「私は、クラレス=ガーライル=シャンドル。今日はここの調査に来た次第だ」

 シャンドル? 聞いたことがある名前だな……まさか、宮廷魔術師を代々輩出する公爵家なのか? どうやらガーフェは分かっているようで、額に汗が吹き出しているようだ。

 「シャンドル公……まさか宮廷魔術師筆頭のお方が、スラムにお出でになるとは、思ってもおりませんでした。しかし、調査とは? 我らは王国に迷惑など掛けておりますでしょうか?」

 「本来は私の仕事ではないだがな……まぁ、王よりの直々の命令ゆえに従ったまでだ。それにスラムに罰を与えに来たわけではない。最近、食料を各地で買い漁っているという話があるようだが。その理由を聞きたいのだ」

 シャンドル公という人は実に理知的な落ち着いた雰囲気を持っている人だな。公爵家という雲の上のような立場なのに、人を見下すような言動が見られない。ニッジが見たら、さぞかし喜びそうだな。

 「ははっ。しかし、食料を買い漁るのは人として道理ではないでしょうか? 食べねば死にます」

 「なるほど。確かに道理だ。しかし、急に買い漁り始めれば、不審も出るというもの。単刀直入に聞くが、その金はどこから出ているのだ? 王国が知りたいのはその部分なのだ」
 「なるほど。でしたら……その答えに対して最適な人物がおります。その者を紹介しましょう」

 シャンドル公は頷くだけした。そして、ガーフェは僕を呼んできた。どうやらこの先は僕が決めるということみたいだ。

 「ロラン様。こちらにいらしてください」

 僕は屋敷から静かに出ていったが、シャンドル公はじっと僕を見て、少し驚いているような表情を浮かべていた。それはそうか。ガーフェが呼び出したのが十歳の子供だったら、誰でも驚く。むしろ、ガーフェに怒りを顕にしてもおかしくはない状況だけど、シャンドル公は冷静さを失っていない。

 「はじめまして。僕はロラン。僕が砂金を見つけたのです。それで食料を買いました」
 「……」

 話を聞いていないのかな? 僕はもう一度、同じことを繰り返していったが、反応がない。僕のことをじっと見ているから、聞こえていないわけはないと思うんだけど。

 「あの、シャンドル公?」
 「ん? ああ。済まなかった。ところでロランと言ったな。そなたはここの生まれか?」

 は? なんでそんな事が気になるんだ? 

 「はい……それがなにか?」
 「いや、ちなみにそなたの母親は?」

 「分かりません。あの……どうして、そんなことを聞くんですか?」
 「最後の質問だ。母親の名前は?」

 「リリーっていいます。僕もそれが本当に母親の名前かは知りませんけど。僕の育ての親は師匠ですから」

 「師匠、だと。まさか……錬金術師のティスとか言わないか?」

 この人がなんで師匠のことを知っているのだ? まさか……師匠はそんなに有名人だったのか? 腕は確かだと思うが、こんな大貴族にまで名が知れているとは。あとで、師匠に言ってやろう。きっと喜ぶぞ。

 僕は頷くと、シャンドル公は頭を少し抱えてから、気を取り直したかのように僕に視線を合わせた。その時の一瞬だけ、視線が何となくだけど、さっきと変わった気がする。なんというか、懐かしい人に会ったような感じだ。僕にもよく分からないけど、そんな気がしたんだ。

 「ふむ。砂金が出るとはな。これは思いがけない話だな。王が知れば、大いに喜ぶだろう。ところで、その現物はあるのか?」

 さっきと打って変わって、実に事務的な口調に変わった。一体、何だったんだろう。
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