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第396話 王国に出発

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 カミュから信じられない事を聞かされてしまった。王国に魔族召喚の魔導書がまだあるというのだ。

「カミュ。それで魔導書はどれほどあるというのだ?」

「分からないわよ。とにかくたくさんとしか」

「なぜ、そこまでの数を王国は揃えることができたというのだ?」

 どうやらカミュが原因らしい。王弟に喚び出され、カミュの力を見せつけたときに王弟は魔族の力に興味をしたしたそうだ。そしてカミュに魔導書の収集を願いとしたらしい。カミュからすれば、そんな仕事は苦痛でも何でもない。魔界に行けば、いくらでも手に入るからだ。魔導書は使われることを目的としているためにほしいと思うものには次々と手に入る代物なのだ。カミュは抱えきれないほどの魔導書を王国に提供したそうなのだ。

 もっと早く言ってくれと頭を抱えたが、むしろカミュは全く気にしている様はなかった。

「でも大して強い魔族じゃないから気にしなくてもいいと思うわよ。死ぬのは弱い人間からだし。ロッシュは強いみたいだから大丈夫よ」

 そうじゃないんだ。弱い人間だから死んでもいいというわけではないんだ。でも魔族にそんなことを言ってもなかなか理解されない。ミヤやリードだって最初はそうだった。でも人間や亜人と触れ合う内に守る対象に変わっていったのだ。それでも本当に身内のような者たちだけだが。

「そうか……そうだな。とにかくカミュとはここで別れる。達者で暮らせよ。気が向いたときにでもこっちに来るがいい。魔界とこっちは時々繋がるんだろ? ミヤもきっと楽しみにしているだろう」

「いやよ。私は……ロッシュにお礼が済むまではここにいるわ。それが元魔王の娘としてのけじめよ。今が無理なら、その戦争が終わってからでも」

「好きにするがいい。しかし、隠していることはその魔導書で全部だろうな?」

「別に隠してないわよ。ロッシュが聞かなかったのが悪いんでしょ。私は一言も魔導書が私のだけとは言ってないし」

「そうか。で、どうするんだ? 一緒に王国に行くか?」

「もちろんよ。ミヤとロッシュがいるところに私も行くわ」

 そうか。僕はカミュに付いてくるように言った。僕達が向かう先は皆が集まっている場所だ。都には僕の出陣に従う兵五千人ほどが残っているのだ。その隊長と同行する妻達が集まっている場所だ。非戦闘員ながらもマグ姉、ルド、マリーヌも臨席している。王都、特に王城の内部に詳しい者達にも同行をお願いしていたのだ。カミュが僕の後ろに居たことにミヤが驚いた声を上げた。

「カミュ!! なんで貴女がここにいるのよ?」

「精算をして、所有者のロッシュの下に戻ってきたのよ。さっき所有を放棄されて自由のみになったの。それでお礼をしようとしたんだけど……」

「断られたのね。ご愁傷さま。それで魔界に戻るの?」

「断られてないわよ!! 断られたけど」

「やっぱり、断られたんじゃない。それよりもロッシュから離れてくれない? ロッシュが危険だわ」

「ぐぬぬぬ。私はそんなに節操なしじゃないわよ!! とにかく、私もロッシュに付いていくわよ。ミヤも当然行くのよね?」

「急に怖くなったわ。貴女という危険人物が側にいるって思うと」

 するとカミュが急に涙目になって、どっかに言ってしまった。

「ミヤのバカぁ」

 遠くから響いて聞こえる。ミヤは清々したような顔をして、僕に話を促してきた。ミヤは完全にカミュをイジメの対象としているのだな。本当に仲がいい姉妹のようだな。しかし、ふざけてばかりしていられない状況だ。

「我々はすぐにでも王国に向け出発しなければならない事態になった」

 そういうと隊長が手を上げた。

「お言葉ですが、ロッシュ公。我ら公国軍は快進撃を続け、王都に迫り王国をこれまでないほど追い込んでおります。ロッシュ公が急いで向かうほど事態は緊迫している状態ではないと思いますが。今出発となると、準備が中途半端となってしまいますが」

 若干のいらだちを感じた。緊迫した雰囲気を察することができない隊長にではない。このような事態を全く予想もせずに全軍に号令を出した自分にだ。

「公国軍が危機的状況に陥る可能性が出てきたのだ。それを将軍たちに伝えねばならない。しかし事は機密性を有するために僕自身が出向かなければならない。これは非常事態だ。僕と少人数で先に急行する。隊長にはルド達を護衛しながら慎重に王国に進軍してくれ。いいか? どのような状況になるか分からない。危険を察知したらすぐに退避しろ」

 隊長は緊張した面持ちになり、首を縦に振った。そして僕は魔族召喚の話を知っている妻達とルドだけを呼び出した。ただマリーヌだけ知らないというわけにはいかないので同席を許可した。

「僕は大きな間違いをしていた。別の魔導書が王国に大量にあるようだ。カミュという魔族が王国に大量に持ち込んだようなのだ。それらの魔導書の魔族を形振りかまっていられない王弟が召喚しようものなら、その被害は想像するのも恐ろしいほどだ。僕は王国に向かい、速やかに王弟の身柄を確保するつもりだ。それにはミヤ達の力を貸してもらうことになる。とにかく大量召喚を阻止しなければならない」

 ルドはじっと考え込むように腕を組む。

「それは本当の話か? 前に聞いた時は召喚された魔族は一体だけだったのだろう? 大量にあるならば召喚をしなかったのが不自然ではないか?」

 それは……と僕が答えようとするとカミュがいつの間にか戻ってきていた。

「やっぱり良い城ね。エルフの家具が所狭しと置かれて眼福だったわ。それで、あの時は私一人しか召喚は無理だったのよ。こう言っては何だけど、私の召喚者はとにかくケチでね。人間と亜人しか対価として寄越さないのよ。そんなの二束三文だって言うのに。召喚者は三万人分しか対価が払えないというのよ。それが私一人分って事よ」

 やはり魔族の本人から聞くとその恐ろしさが伝わってくるな。人間三万人分がちっぽけな価値しかないというのだ。僕達からすれば、信じられないことだがミヤ達は当たり前のように頷いていた。

「そ、それならば今回は召喚はできないのではないだろうか?」

「分からないわよ。あのケチは自分可愛さに何をするか分からないって感じだもの。王国だっけ? その全員を対価にすればなんとか召喚できるんじゃないかしら?」

 王国全員……たしか王国の人口は数百万人になるはずだ。その者たちを対価に……ありえない話ではないな。

「ルド。わかっただろ? 今回はどのような可能性も排除することは出来ない。王弟がどのような行動に出るかわからないからこそ、急行しそれを阻止する。そして、ここでこの話をしているのはルド達に頼みたいことがあるのだ」

 僕は召喚のルールにルド達に教えた。対価となる対象のことだ。人が人を勝手に対価にすることは出来ないとなっている。そうであれば魔族を召喚したものに何の損害がないからだ。それゆえ対価の対象は所有物に限定されることになる。それでルドは合点がいったようだ。

「なるほどな。王国の法律では王国民は王国の所有と規定されているな。王国の実質的な支配者は王弟となれば、王国民は王弟の所有となるわけか。なんとも悪法だな。一応は先の大戦で作られた法律なんだ」

 ルドが言うのには、王国と帝国の間にはお互いに所有に対する略奪を禁止した協定を結んだらしいのだ。戦争のときの軍による民間への略奪行為があまりにも酷いためだ。そこで王国は国民を所有するという規定をすることで民間人への略奪……つまり誘拐を無くすことにしたらしい。その法律が今、アダとなっている。

「いいか? ルド達に頼みたいのはその法律を変えるか、王国を王弟の手から取り戻すことにある。おそらく前者は難しいだろう。そうなると後者だ。王国にはライロイド=アウーディアという正当な王がいる。その者に王国の実権を握らせるのだ。それが出来れば、少なくとも対価として王国民が犠牲になることを防げるはずだ」

 ルドは強く頷き、マリーヌに顔を向けた。

「マリーヌ。済まないが、今回は一緒に行けそうにない。私も戦場となる王都に潜入しなければならないだろう。そうなればマリーヌにも危険が及ぶかも知れない。分かってくれ」

「いやですよ。私は貴方に付いていきます。そこが地獄でもです。私の意思は変わりませんから説得は無駄ですよ」

 なんと意思が強いんだ。

「あら? ルドベックは私なら行っても大丈夫なわけ?」

「マーガレットは……マリーヌと違ってお淑やかじゃないから大丈夫じゃないか? というよりは私の言うことなんて聞かないじゃないか」

「言うようになったわね。でもマリーヌも私と同じよ。大切な者のために女も戦うのよ。それに王城に関しては私達は誰よりも詳しいはずよ。そうでしょ? どうせライロイドはどこかに幽閉されているんだから人数が多いほうが探索は楽になるはずよ」

「確かに……なぁ、ロッシュ。すまないがミヤさんの眷属を貸してくれないか?」

「ミヤ、どうだ?」

「まぁいいわ。マーガレットもマリーヌも身内みたいなものだから。特別に護衛としてつけさせるわ。でも一人一人ずつ。それ以上は割けないわ。それでいいかしら?」

 ルドはミヤに頭を下げて礼を言った。マリーヌも続けて礼を言ったが、マグ姉だけは頭を下げない。

「ミヤにしては良い心がけね。でも私には不要よ。良くも悪くもミヤの眷属は目立つわ。あの見目だからね。私は隠し通路も知っているからいざとなれば逃げることは難しくないわ」

 そうなると僕が不安になってくるが、マグ姉は心配は要らないとしか言わなかった。仕方ない。僕はこっそりとハトリに頼み、マグ姉の護衛を頼むことにした。腕を上げたハトリならばマグ姉に気付かれずに尾行するなど容易なことだろう。

 これで出発するだけだな。僕達はすぐに城から出発することになった。都から王国まで一気にかけていく。そのためフェンリル隊を召集し、全員にフェンリルを割り振った。ミヤと眷属は嫌がったが、体力を温存するためと説得してようやく乗ってくれた。

 今回同行するのは、ミヤと眷属、シェラ、リード、ルード、ドラド、それにカミュだ。あとから軍と共にやってくるのマグ姉、ルド、マリーヌだ。エリスとクレイ、オリバには留守番を頼み、オコトとミコトには三人の護衛を頼んだ。オコトとミコトは忍びの里の者たちを動かす権限が与えられているので、里から多くの者を呼び寄せ、城に不審者が入らないような完全な防衛態勢を布いてくれた。これで安心して向かうことができそうだ。

 僕達はフェンリルにまたがり、疾走しながら都の街道を抜けていった。
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