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第388話 公国への帰還

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 レントークの亜人たちを手中にしようと王国で画策され、フォレインが一手に引き受け起こした騒動はフォレインが捕まった時点で一応の集結を向かえることになった。王国には再度の交渉の打診をしているが、何の反応もない。レントークや公国には王国に賠償を払わせるだけの理由があっても、強制するほどの力はない。結局は泣き寝入りをするしかないのだ。

 レントーク王国はアロンが中心となって率いていた七家軍を正式にレントーク軍とした。七家領は解体されることとなった。元々、七家領というものはなかったらしい。レントーク王国の領土は王家直轄領と七家がそれぞれ大きな領土を持っていた。しかし、過去に一度だけ王家が七家を潰そうと動いたことがあったらしい。それに対抗するために七家は一箇所に集まり、王都に対抗するだけの都市を作った。それが七家領の始まりなのだ。

 しかし、サルーンが王となれば七家という制度そのものがなくなる。もちろん、七家は未だにレントークでは強い力を持つことになるが何十年とかけて変わっていくことになるのだろう。公国はそんな土地に公館をもらったわけだが……まぁ、人がいなくなれば土地が広くなるから農地にでも変えればいいか。

 レントーク滞在中に七家の各当主は、すぐに領土に戻る準備を始めた。それは公国との交易があるからだ。早く領土開発に着手しなければ、他の領主のところに住民が流れてしまうという危機感が彼らを動かしているようだ。すぐに各領土に大工が送られ、七家領の家々は次々と解体され始めていた。

 美しかった街並が綺麗に無くなっていくのは寂しいものだな。公館の最上階からその景色を眺めていた。するとエリスがコーヒーを持ってやってきた。

「ロッシュ様。もう公国にお戻りになられるのですか?」

「ああ、そのつもりだ。ここにずっといるわけにはいかないからな。王国の動きも気になるところだし、レントーク軍ができたことでレントークの防衛もそれなりに充実することだろう。サルーンが公国からクロスボウを大量に買ってくれたしな」

 そういうと、何を思ったのかエリスが頭を下げて、御礼の言葉を言ってきた。

「エリス。どうしたんだ? まさか、別れの言葉でも言うのではないだろうな?」

「違いますよ!! なんというか、ロッシュ様が亜人を助けてくれたような気がしたんです。ロッシュ様はレントークやサントークを救ったと思っているかも知れませんが、亜人が王国に勝ったという事実は各地にいる亜人に勇気を与えたことだと思います。私が生きている間にこんな時代が来るなんて……なんだか嬉しいです」

 エリスが別れの言葉を言わなかったことにホッとして、あまり話を聞けてなかった。

「でもな。エリス。僕は思うが……僕は人間と亜人という人種の境界線を曖昧にしようとしているんだ。レントークは亜人の国だが、公国と付き合えばおそらく人間も多く住み着く土地になろう。すでに公館には公国の人間が住み始めている。それは亜人の国レントークという国がなくなることを意味しているのではないかと。僕は確かに王国と戦争をし、王国の力を削いできた。それと同時にレントークという国も消滅させることになるのではないかと。自分の行動がいいのか分からなくなる」

「それでいいのではないでしょうか? 私は公国が好きですよ。人種に関わりなく、皆が助け合えるような所は。そんな公国みたいな場所が広がっていくなんて、素敵なことではないでしょうか? よく分かりませんが、亜人と人間が憎しみ合うのは国というのがあるからではないでしょうか? 全部、公国になってしまえばいいのにと思うことがあります」

 エリスは意外と恐ろしいことを言うな。全ての国が公国なんて……考えるだけでも恐ろしくなる。僕が関係ないところでやってくれる分には構わないが。僕としては人間と亜人に対して思い入れはない。自分がたまたま人間というだけだ。この二種族が争い、お互いに命を削り合う、そんな世界を見たくはないと思うが実現しようとは思わない。ただ、僕の近くにいる人たちが飢えないように安心して暮らせる場所を作りたいと思っているだけだ。

 結局、その考えが公国を広げ、レントークまで遠征に出るような羽目になってしまったが。この先はどうなるか分からないが、レントークという土地を知ってしまった以上は、なるべくこの地に住む者たちが飢えないようにしなければならないという義務感が芽生え始めているが。

 僕と妻達は帰る支度を始めることにした。この地に残ってもらっていたニード将軍にも告げると船の準備をすると言って港町に駆け出していった。船を停泊している場所は、しがない漁村だった場所でレントークに人たちもほとんど知らないような場所だったが、サルーンが正式に港町となることを認め、次々と資材が投入され始めているようだ。

 おそらくサルーンはここを公国との玄関口とするつもりなのだろう。公国にも大きな土地が提供され、倉庫を建築する許可をもらっていた。あまり必要性を感じなかった。この地の南東にある離れ小島が巨大な集積地となる予定だからだ。しかし、イハサは別の視点だった。

「ここに公国の倉庫があることが重要なのですよ。公国の私財で倉庫を作れば、レントークとの公益を長く続けてくれるとレントークの民は思うはずです。サルーン様はそれを狙っているのではないでしょうか?」

 なるほど。しかし、無駄な建物を作る趣味は僕にはないぞ。そんなことを考えていると、珍しい者がやってきた。ガモンだ。サントークに戻っていたはずだが。

「ロッシュ公が公国にお戻りになられる日が近いと言うので、駆け参じました。ロッシュ公には本当に世話になりました。王も大層お喜びになっておられました。これが預かってきた手紙になります」

 僕は手紙を受取り、中を見ると少ない文字しか書いていなかった。交易を頼むぞ、と孫を早く見せろ、という二文だけだった。王の手紙ってこんなのありなのか? 僕はガモンの顔を見ると、ガモンは困った顔をしていた。

「王はあまり文を書くのが苦手でして、私が補足するように命じられたわけでして」

 苦手という話ではないと思うぞ? まぁ余計なことが書いていないだけマシかも知れないが……。

「それでですね、先程話に出ていたのを耳にしたのですが」

 何のことだ?

「公国の倉庫の話です。我々もこの港町に荷を運び、公国との交易をしようと考えているのです。そのための倉庫を是非ともお貸し願えないかと思いまして」

 どうやらこの港町はレントークとサントークが領有権が曖昧な場所にあるようだ。それをいいことに、二国の共有の土地として使うことが二国間で決まったらしい。一応は港町の中に線引きをするつもりのようだ。そうなると、港町は公国、サントーク、レントークの三国にそれぞれ土地が与えられることとなるのか。船着き場も各自が作るそうだ。

「貸すことに異存があるわけではないが、サントークでも倉庫を作ればいいのではないか?」

「そうなのですが……お恥ずかしい話、我らは粗野な建築物しか建てられないのです。これから発展していくであろう港町にそのような建物があるというだけで格が下がると思うのです。公国の倉庫であれば、その点は問題がないだろうと思いまして」

「なるほどな。ならば一時だけ貸すことを承知しよう」

「一時? ですか?」

「そうだ。その間に倉庫はサントーク独自で作るがいい。材料と人員はそちらで用意しろ。こっちからは技術者を出してやる。それでサントークらしい建物を作るといい」

「ありがとうございます。ロッシュ公。本当にそのようなことをおっしゃっていただけるとは。王の言ったとおりですぞ」

 何のことだ? 実はサントークの王は僕がこんなことを言い出すのではないかと勝手に想像していたらしい。ガモンはなにやら嬉しそうにしていたが、すごく興味のないことだった。ここにいるあいだに船着き場を作ることにした。

 ここは水深がやや浅く、大型船を岸壁まで寄せることが難しい。それでは荷の積み下ろしに手間がかかるだけだ。小舟を出してもらい、一旦十分な水深がある沖まで出てから海底の掘削を始めた。大型船が通れるほどの水深を確保しながら港町まで向かっていく。大型船がすれ違えるほどの幅しかないが、今は大した便数がないため十分だろう。途中で錨をつけた筏を浮かべ、目印として使う。

 それから船着き場周辺の掘削をしてから、船着き場の建設を始めた。海底を掘削しているときに思ったが、意外と良質な石材が海底から採れたのだ。掘削しながら、それらを回収していたので港町には大量の石材が置かれていた。それらを使いながら、船着き場を作っていく。とりあえず大型船が二隻ほど停泊できる場所で十分だろう。

 その光景を見ていたのがサルーンだ。僕達が港町にいることを知って、顔を出してきたのだ。

「義兄上……公国がなぜ、急速に成長を遂げたか分かったような気がしますよ。我々が同じようなことをすれば何年? いや何十年かかるか分かりません。むしろ、海底を掘るなんてことを考えたかどうか。それをたった数時間で終わらせてしまうとは。公国では一事が万事その調子なのでしょうか? むむむ……」

 そんなに驚いてくれるのは新鮮な感じだな。公国民は大して驚かなくなってきている気がする。

「船着き場を作れないのか? だったら、もう一つだけ作ろう。それは三国の共有ということにしようではないか。レントークもサントークも食料を考えるのなら、海に出て漁をするといい。網を投げるだけでも十分な海産物を獲ることが出来るだろう」

「しかし我々には船を作る技術がありませんよ。でも義兄上の言うとおりですね。レントークでも試行錯誤をして船を作ることにします。いつかは公国に肩を並べるほどの造船技術を得てみせますよ!!」

 いい心構えだ。なんでも公国に頼ろうとしない姿勢は好感を持てる。

「まぁ、公国からいくつか船を譲ろう。それを軸に造船の勉強をしたらいい。造船所に人を派遣すれば、技術も教えよう」

「義兄上。本当に宜しいのですか? 我らにそんな技術を教えてしまっても。私なら秘技として、秘匿にしますが」

「技術とは競い合う者があるからこそ発展していくものだ。公国は今に甘んじてはいけないのだ。周りには台頭してくる勢力が必ず出てくる。その者たちと対抗していくために常に技術を伸ばしていく努力を続けなければならない。レントークに教える技術は、それをするために必要なことなのだ」

「変わった考えですが、なんとなく分かるような気がします。それならば、遠慮なく技術を教えていただこうと思います」

「そうするがいい」

 サルーンとの別れはこれで済んだ。公国からやってきた迎えの数隻と共に公国に向かった。港町には大勢の者が集まり、僕達への別れを惜しんでくれた。その中にはサルーン、アロン、ガモンの姿もあった。僕の隣にはレントーク元王ボートレがいた。涙で顔をぐちゃぐちゃにしていた。自らの生まれた土地を離れるのはさぞかし辛いだろうに。

「あのサツマイモがもう食べれなくなるのか……」

 駄目だ……この人は。一路、公国への旅路につく。
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