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第377話 砦攻防戦

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 砦に作った高台に登り、王国領の方を眺めていると、王国軍が長々とした列を作りながら街道をこちらに向かって進んできた。まだ距離が離れているからか、こちらに向かっているという実感が全く湧かないのだ。それでも一歩また一歩とこちらにやってくる。

 ここからはライルが全ての指揮を執ることになっている。ライルも横でじっと王国軍が来るのを見つめていた。風は北から吹いており、砦内の焚き火の煙が風に軽く流されている。大砲という新兵器がほとんど使えない現状ではバリスタが超長距離攻撃としての主力となる。飛距離は到底大砲には及ばないが、一キロメートルほどなら限界まで仰角を上げれば届く。もっとも命中率は下がるため、正確に狙う必要がある場合は五百メートルが限界だ。この風なら然程影響はないだろう。

 ただ今回は狙う必要はない。とにかく敵勢力は大きく展開している。適当に撃っても誰かしらには当たるだろう。それほど、野を覆い尽くすほどの人数がこちらに向かっているのだ。そして、一キロメートルのラインを王国は躊躇もなく超えてくる。ライルは王国軍の方向をじっと見つめながら手をすっと上げた。すると焚き火の煙が何度も遮断されだした。これが海上に展開しているガムド将軍率いる海軍への合図なのだ。

 しばらくの静音の後、爆音とともに、王国軍の中軍に砲弾が一発着弾した。それを皮切りに、海上の方から砲弾が無数に飛ん来ては王国軍内に面白いように着弾していく。王国軍は右往左往するほどの騒ぎになっていた。進軍はほぼ停止してしていた。

 ライルはその状況を見てから、バリスタを含む大砲隊に命令を下した。数門の大砲と百基近いバリスタが一斉に発射された。バリスタには、火薬玉が取り付けられており、着弾すれば大爆発を起こすのだ。仰角一杯に上げられ、バリスタから矢が放たれた。

 正面からはバリスタ。側面から艦砲射撃と着実に王国軍の戦力を削いでいく。初戦でいかに王国軍に打撃を与えるか。百基近いバリスタから間断なく火薬玉が打ち込まれ、海軍もここぞとばかりに砲弾を撃ち込む。王国軍は損害を出しながらも隊列を組みなおし砦に向け進軍の準備をしてくる。ライルは再度の発射を命じた。

「今、王国軍は混乱の中にあるはずだ。十五万の大軍に一斉攻撃を仕掛けるのは今しかない。この状況で弾が矢継ぎ早に来れば、王国軍は進むしかない。王国軍の態勢が整うまでの今が好機だ。大砲隊! 積年の恨みを王国軍に思い知らせてやれ!!」

 ライルの一言で大砲隊は猛り立つ。公国よりはるか離れたレントークの地で、戦う意味を見失いかけていた公国軍の目の色が変わる。それは、大砲隊だけではなかった。第一軍、第二軍の兵士たちからも、王国軍に対する怒りが波濤のように渦巻、嵐のように砦全体を揺らしている。グルド、ニードの両将軍も体が震えている。

「来るぞ!!」

 ライルが叫び、大砲隊にさらなる攻撃を加えるように指示を出す。しかし、王国軍は態勢を立て直し、砦のすぐ前にまで迫ってきた。バリスタと艦砲射撃は砦より離れた場所に撃ち込まれているため、突撃隊の後ろには間ができつつあった。

「クロスボウ隊!! 撃てぇ!!」

 ライルの号令はすぐに土塀の上に展開しているクロスボウ隊に伝わり、五千人ものクロスボウ隊による一斉射撃が行われた。その矢は間髪入れずに放たれ、砦正面の兵たちを次々と倒していく。それでも王国兵は倒れた兵士を踏みつけながら進軍をしてくる。王国軍にとっては倒れた兵士はただの障害物でしか無い様だ。

 それでも障害物が増えれば、進軍はもたついてくる。徐々に列は乱れ、砦前に広がるように展開されていく。クロスボウ隊にとっては標的が一気に増えたことになり、とても追いつけるようなものではない。急遽、クロスボウ隊を増員し、さらなる一斉射撃が行われることになった。

 ここまでくると王国の執拗な攻めに対して、不気味な印象を感じざるを得ない。王国軍の動きに変化があった。王国軍が二つに分かれ始め、一つは砦に向かって進軍してくる主力部隊。もう一つは、後方でじっと待機をする部隊だ。バリスタの射程と軍艦からの攻撃を受けないギリギリの場所で待機している。おそらく、あの後方の部隊に王弟が控えているのだろう。ライルは再びすっと手を上げ艦砲射撃の中止を指示した。

 とにかく眼前に群がる王国軍を潰さなければ。ライルはクロスボウ隊による一斉射撃も限界と判断し、側面攻撃の作戦を実行することにした。ライルはグルド将軍を呼び出し、作戦を指示する。グルドはニヤッとした表情を浮かべ、すぐに兵のもとに向かった。
 
 砦の橋が降ろされ、グルド隊一万四千人が一気に王国軍めがけて駆け出した。今まで進むしかなかった王国軍は、目の前に敵が現れたため、砦に向かっていた軍の半分をグルド隊に向けてきた。グルド隊は最初、王国軍に向う動きを見せたが、一転して砦に沿うように南方に移動を始めた。

 王国軍はグルド隊を追う部隊と砦に向かう部隊、そして後方で待機する部隊に別れることになった。兵力としては砦部隊は三万人、グルド隊追撃隊も三万人、後方に五万人程度となり、すでに王国兵の四万程度は、戦闘不能にさせていることになる。本来であれば、王国軍の惨敗と言える数字だが……。

 グルド隊を追っている部隊に対して、ライルは大砲隊に攻撃を加えることを命じた。数門の大砲が火を吹き、バリスタから力強い音が聞こえ、飛翔物が吸い込まれるように敵部隊に向かっていく。敵部隊からすれば、背後から弾が飛んでくるのだから恐怖は凄いものだろう。さすがに追撃の手を緩めてしまった。

 その時……グルド隊が、追ってきた王国兵の変化に気づき、転進し、反撃を開始した。動揺している敵部隊は成すすべもなくグルド隊に蹂躙されるがままとなった。さらに変化があった。ガムド隊が上陸し、グルド隊と合流し、更に敵部隊を追い詰めていった。砦に展開している部隊は、グルド隊追撃隊が窮地に立っていることに気づき、数を割いて救援を出そうとしている。敵部隊がにわかに騒がしくなっていた。

「いい頃合いだ」

 ライルはにやりとすると、ニード将軍に出撃を命じた。一万四千人がすぐに砦の外に駆け出すと、砦に展開している部隊に突撃を開始した。敵部隊は援軍を送るために部隊を編成している途中だったものだから、指揮命令系統が一時的に機能不全を起こしていた。そのため、ニード隊への対応が遅れ、散々に討ち取られていた。ライルは潮時と判断し、ニード隊を砦に戻した。

 そして、クロスボウ隊に一斉射撃を命じた。ここで、進軍一辺倒だった王国軍にようやく変化があった。砦に展開している部隊が一斉に撤退を始めたのだ。さらに、グルド隊とガムド隊に追い詰められてた敵部隊も合流して、後方の王国軍に向け撤退をしていった。

「ロッシュ公。どうやら我らの勝利のようだ。王国軍は半数近い兵が戦線から離脱しているはずだ。これで撤退しなければ……王国は本当に馬鹿だぜ」

 ライルの言葉にホッとして、周囲を見渡した。砦前の部隊が撤収したのを確認したグルド隊とガムド隊が砦内に入ってきた。皆は凱旋と言った感じで、高らかに腕を上げ、勝利を祝っていた。しかし、王国軍は撤退する様子もなく、後方に控えていた五万人の部隊がこちらに進軍を開始したのだ。もちろん、逃げてきた部隊も糾合しているので八万人程度に膨れている。こちらはほとんど損耗もなく、ガムド隊が加わり四万人近い人数になっている。ライルは王国軍の動きに対し、未だ警戒を解いていない。

「なんなんだ。今回の王国軍は動きがおかしいぜ。もはや戦いの大勢は決したはずだ。それでもなお戦いを継続する理由があるっていうのか?」

 王国軍は、ゆっくりとした足取りでこちらに向かっていると思ったが、急に立ち止まった。すると、にわかに王国軍の中心付近が明るくなり、赤い光が辺りを照らし始めた。

「ライル。あの光はなんだ!?」

「わからねぇ。王国軍の新兵器か? だったら、なぜ最初から出さなかったんんだ。おい!! 王国軍が変な動きを見せている。もしかしたら新兵器かも知れねぇ。皆、警戒を怠るな」

 一体、何なのだ? するとミヤがぐいっと体を前に傾けて、王国軍が発している光を凝視していたのだ。ミヤがこんなに戦況に興味を示すのも珍しい。何か言い知れぬ不安が僕の心を覆っていく。

「あいつら……まさか……なんて物を持っているのよ。ロッシュ。いい? あれは魔族召喚の儀式よ。こっちの世界には大きな対価を支払うことで強大な魔族を召喚する方法があるのよ。今それが行われているのよ。とにかく、全員を避難させて。このままでは全員死んでしまうわよ」
 
 その言葉にライルが食いつく。

「ミヤ譲ちゃん。今はオレ達が有利に戦いを進めているんだぜ。魔族が数人来ようとも、オレ達は戦えるぜ」

「あなた、馬鹿なの? 人間と亜人が束になろうとも、強さの根本が違う魔族の前では、あなたたちは虫けらほどの力しかないのよ。魔族対策も何もない中で戦うなんて気が狂っているとしか言えないわ。とにかく、避難しなさい。ロッシュも早く、このバカに言いな……」

 ミヤをかばいながら、大声で叫んだ。

「みんな、伏せろ!!」

 その時、王国軍の方角から光る波動のようなものが見え、こちらに信じられない速さでやってくるのが見えた。ミヤを抱きしめながら床に伏せる。いつの間にか、眷属達が僕たちを取り囲んでいる。次の瞬間、ものすごい爆音が響き渡り、耳の感覚を失った。平衡感覚を失い、酩酊状態のような感覚になっていた。なんとかミヤと眷属達に回復魔法をかけ、周りを見渡すと……辺りは瓦礫の山となり砦はほとんど破壊されていた。

 皆は無事か!? すると瓦礫の中から何人もの兵士たちが姿を現し、ライルやガムド、グルドも姿を見せた。どうやら先程の閃光は砦の上部を掠めただけだったようだ。それにしても、何という威力なんだ。腕の中にいるミヤを見つめた。

「ミヤ……」

「だから言ったでしょ? 逃げなさいって。でも、下手くそなやつで助かったわね。あれがまともに当たっていたら皆、死んでいたわよ」

 すると、頭上から声が聞こえてきた。

「あら? あらあら? ミヤじゃない。こんなところで何をやっているのよ」

 ミヤを名指しに声を掛けて来た。その声にミヤは一瞬明るい表情を見せたが、すぐに苦い表情を浮かべた。

「貴方が喚ばれたのね。どうやら私たちは運が良かったようね。貴方のような下手くそが来てくれて。いくら強大な魔力を持っていても下手くそなら恐れる必要はないわ」

「下手くそ、下手くそと何度も……今回はこれだけ。だから安心しなさい」

「それで? 対価は何?」

 頭上にいる魔族をやっと見ることが出来た。ミヤに似ている風貌だが、頭には角があり、大きな羽が生えていた。顔は……うん。美人だ。敵にこんな感情を持つのはどうかと思うが。その魔族は、ミヤの問いかけに答えるように王国軍の方を指差した。

「あんな人間なんていくらも対価にならないでしょうに。まぁ召喚者に恵まれないのも、貴方らしいわね。一応言っておくけど、ロッシュならエルフの家具を用意できるわよ。いいでしょ?」
 
「エ、エ、エ、エルフの家具ぅ!! あのランキング一位の? なんで?」

「ふふっ。それが貴女の限界なのよ。まぁ好きなだけ人間を持っていくがいいわよ」

「ぐぐぐ……ロッシュ!! あなたの顔は覚えたわ。今度は絶対あなたが呼びなさいよ」

 なぜかその魔族は、悔しそうな表情を浮かべながら王国軍の方に戻っていった。それにしてもランキングってなんだ? ミヤはすこし笑いを浮かべながら、魔族の後ろ姿を見ていた。その後、目の前に凄い光景が広がった。魔族が王国軍に戻ると、かなりの数の兵が急に倒れたのだ。

「なんだ? 何が起こっている」

「あれは魔族召喚の対価。あそこにいる数万人の命がそうよ。倒れた人間は、命を魔族に刈り取られたのよ。あんな仕事、やりたくないわね」

 何が、何だが……。王国軍は四万程度に減った軍でこちらに進軍を開始してきたのだ。
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