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第361話 エリスとの再会とサントーク王国

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 エリスとの不意な再会だった。こんなところで出会うとは。二人で抱きしめあっているとミヤが割って入ってきて、エリスを奪われてしまった。それでも全く不愉快な気分にならなった。それほどミヤの表情は嬉しそうにしていたから。

「エリス!! エリス!! 本当に無事だったのね。良かった」

 そういいながらミヤはエリスの胸の中で泣き続けた。ミヤがそれほどまでにエリスを大切に思っていてくれることに胸が熱く、何かがこみ上げてくるような思いで二人を見ていた。しかし、その間にまたしても入ってきた者がいた。

「マリアナ。一体どういうことだ」

 これには不愉快極まりない気持ちになった。初めてこの世界で目の前の人を本気で殴り掛かろうとしてしまった。なんとかシラーに止めてもらったから良かったが、僕の形相に間に入った男は度肝を抜かれてようだった。そしてシラーの言葉でようやく僕は我に返った。

「ご主人様。王に殴りかかっては苦労が水の泡ですよ。自制してください!!」

 王? このおじさんが? ようやく冷静になることが出来た。考えてみればエリスを孫だと勘違いしている憐れな爺さんだ。それにエリスを保護してくれたのだ。そんな恩ある人物にあやうく殴り掛かるところだった。王に頭を下げたが、王はそれどころではない。孫だと思っていたマリアナが、エリスと呼ばれ偶々やってきた商人と抱き合っていれば仰天の騒ぎではないだろう。再び、王が声を荒げた。

「マリアナ!! これは一体どういうことだ。説明してくれ」

 エリスはミヤをソファーに座らせ、ぽつりぽつりと船から落ちたときからの話を始めた。エリスは僕を助け出すために船室に向かったが、助けに行くことが難しいと断られ一人で向かうことにした。その時のエリスの僕への想いに胸が締め付けられるような気持ちになったが、とりあえず話を聞こう。

 しかし、エリスが船室を出ると更に波は荒れ、猛烈な風が吹き荒れていた。その中をフェンリルのモモにくっつきながら、一歩ずつ僕のもとに移動していった。しかし、僕がいた場所にたどり着いたが、僕の姿はそこにはなかった。何度も僕の名前を呼んだが、返事が来ることはなかった。エリスは僕が海に放り出されたのではと慌てて船の下を覗き込んでしまった。すると今までで一番の高波に船が上下に揺れ、エリスの体は宙に浮きそのまま海に放り投げられてしまった。

 エリスはその時の衝撃で気絶してしまったらしい。気付いたらどこかの浜辺で寝ていて、そこには真っ赤に染まったフェンリルの足跡だけが残っていたようだ。エリスは体中が悲鳴をあげているにも拘わらず、モモを必死に探したが、結局見つかることはなかった。そんなことをしていると、サントークの住民に偶々救助され、何故かこの国の王と謁見することになった。早く休みたい気持ちと皆と再開したいと逸る気持ちが入り混じり、とても冷静に王と会うことなど出来ないと思っていた。でも、ロッシュ達を探すのを手伝ってくれるかも知れない。そんな淡い気持ちで謁見をすることになった。

 エリスはマグ姉やミヤから教わっていた礼儀に則って、王と謁見した。ここで王からお言葉をもらうはずだったが、一向に王からの言葉がやってこなかった。まさか、礼儀作法を間違えてしまったのか? と焦る気持ちがあったが、そうではなかった。

 王がこちらに近づいてきて、急にエリスの手を握ってきたのだ。そして、エリスの顔をまじまじと見つめてきた。僕はその光景を頭の中で思い描くと王に対して無性に腹が立ってしまった。やはり、さっき殴っておけばよかったか? いやいやいや、話の続きを聞こう。

 王はふいにエリスのことをマリアナと呼び、抱きしめてきた。さすがのエリスもこの王の態度で不信感を感じ、ものすごい力で王を振り払って逃げ出そうとした。

「ま、待ってくれ!!」

 その声は女性を襲おうとするような者の声ではなかった。なんというか、少しあたたかみがあるような、そんな感じを受けてエリスは逃げる足を止めてしまった。それでもエリスは不信感に溢れた目を王に向けていた。

「つい嬉しさのあまり、抱きしめてしまったがマリアナも今では大人だ。許してくれ。そうだな。ゆっくりと話をしたいが、その格好では話も出来まい。誰か!!」

 エリスは自分の服を見ると確かに王と謁見するような格好ではない。それなりに仕立てのいい服ではあるが、砂や埃、ところどころが破けているのだ。急に恥ずかしさがこみ上げてきたが、すぐに侍女がやってきてエリスを別室に案内して着替えを手伝ってくれた。

 それから王と再び謁見することになり、王の話を聞くことになった。それはエリスにとっては信じられない内容であった。エリスは、王の娘夫婦の間の子、マリアナとしてこの地に生まれた。マリアナが三歳になる頃、サントークの産物を王国に売り込むために、一家は船で王国に向かった。しかし、途中で嵐に遭い、娘夫婦とマリアナとは連絡がつかなくなってしまった。王は国中で捜索隊を結成し、王国まで出向いて探し回ったが結局見つかったのは、娘夫婦が乗っていた船の残骸だけだった。

「そこからは私に話をさせてくれ」

 王が急に話に参加してきた。皆の視線が王に集まる。王は娘夫婦がマリアナと共に嵐で亡くなってしまったと受け入れざるを得なかった。王は失意の中、十年以上を過ごし、自分の体が日に日に弱っているのを実感している頃に娘にそっくりな女性が目の前に現れた。最初は信じられなかったが、エリスの破れた服の隙間から娘と同じ場所に痣があるのを発見した。これはサントーク王家の者には何故か出来る不思議な痣だ。それで確信した。目の前にいる娘は、私の娘の形見である孫であること。

 それからは、さっき聞いた流れであった。マリアナはそれでも私の話を信じる気配はなかった。そこで娘夫婦が描かれた肖像画を持ってこさせマリアナに見せることにした。そのときばかりはマリアナは驚いたような表情を浮かべていたが、とたんに困ったような表情をしだした。

「王。確かにこの絵に描かれている女性は私に似ていいます。痣の一件もそうですが、私がサントーク王家に縁の者と言われても、確たる事は何もありません。王にとっては孫の再会かも知れませんが、私にとっては知らない方と会っているという感情しか湧きません。期待に添えずに本当に申しわけありません。私がここに来たのは、はぐれてしまった仲間の捜索に協力してほしいからなのです」

 王はマリアナの態度を見て、本当の孫であることを確信しつつ、それでも孫でなくてもいい、と複雑な気持ちになっていった。とにかく孫として、自分の人生をこの子に注ごうと思った。

「そうか。それならば私の方で捜索隊を出そう。マリアナが遭難していた場所の周辺から探るといいかも知れないな。それまではこの屋敷にいるといい。何かしらの報告がすぐにやってくるだろう」

 マリアナは私に感謝してくれた。その言葉だけで私は十分だった。かつての国王としての思いが戻り、私はすぐに国を立て直すように指示を出した。マリアナは屋敷にいる間は下女のような仕事ばかりする。私は何度も諌めたが一向に止める気配がない。王国では本当に辛い目に会っていたのだと思い、深く理由を聞くことが出来なかった。

 そして今に至る……。

 その肖像画というのを見せてもらうことにした。なるほど。確かにエリスにそっくりな美人が描かれている。勘違いしても無理はない? ん? まさか本物か? 考えてみれば、エリスの出自はよく分からない。物心付いた頃には亜人として差別され、危険な仕事ばかりしていたとしか知らないな。失われた時間がサントークで育ったというのなら辻褄があうが……それでも真実は誰にもわからないだろう。

「王よ。まずはエリスを保護してくれたことを感謝する。そして、嘘を述べていたことを詫たい」

「嘘?」

「僕は商人ではない。王国の東に新たに興したイルス公国の主だ」

「やはりそうか。王とは見抜けなかったが。商人としては慇懃さが足りないこと、周りの護衛、人ではない種族を連れていること、商隊とは思えないほど充実した兵器。ガモンの報告では商人とは思えないが、サントークにとって間違いなく利益をもたらす者たちであると評価していた。それで? この地には何用で来られたのだ?」

「この地へは偶々だ。船が難破してしまってこの地にやってきた。僕達の目的はレントーク王国だ。その地を王国から守りたいのだ」

「どういうことだ!?」

 レントーク王国がアウーディア王国に降伏をしたこと。レントーク王国では未だに降伏を認めない一派が存在すること。それらを王国が駆逐しようと大軍がレントーク王国に向けていることを説明した。王はうめきながら、一つ一つ頷いていた。そして、停戦協定についても触れ、隠密の行動を強いられることになっていることも説明した。

「まさか、そんな事になっていたとは。サントークの地を再び活気溢れる街にしようと思っていた矢先に。レントークが王国の支配下に」

「僕達はすぐにでもこの地を去り、友軍と合流するために北上するつもりだ。エリスにも再会し、この地に未練はない。それでは」

「ちょっと待て。マリアナも連れて行ってしまうのか?」

「もちろんだ。エリスは僕の妻だ」

「そうか。それならばサントークの兵も連れて行くがいい。歴戦の猛者もいる。決して足手まといにはならないだろう」

「少しでも兵が増えるのは嬉しいが、これは王国との戦争となる。サントーク王国が巻き込まれることになるのだぞ?」

「それは覚悟の上だ。私が死ねば、この国に後継者がいなくなる。であれば、この国はマリアナに譲ろうと思ってな。ロッシュが夫だというのなら、君が継げばよい。なんなら公国とやらの傘下に加わってもいい。ただ、マリアナとサントークに住む民だけは救って欲しい。それが私の最後の願いなのだ」

 王が僕にサントークを押し付けてきているような気がしないでもない。そんな荷物を背負って、戦えるほど甘い相手ではないのだが。どうしたものか。

「王が人前で悩むものではない。先程の停戦協定の話だが、レントーク内を公国軍が移動しているのが良くないのであろう? かつてレントークはサントーク王国の支配下だったのだ。いつしか、レントーク王国などと名乗っているが、私は認めていないし、サントークでは誰も認めていない」

 レントークとサントークの間には領有権についての争いがあったということか。なるほど見えてきたぞ。そもそも、公国が停戦協定に違反してしまうのは、レントーク王国を王国が収めたからだ。王国軍は治安維持という名目でレントーク内を移動できる。それならば、公国もサントーク王国を傘下を治めれば、サントーク王国内を自由に軍が動き回れることになる。

 その範囲が問題となるが、両国に領有権の範囲に隔たりがある以上はレントーク王国内で動いても、サントーク王国の領有権を主張すればいい話だ。簡単な話ではないが、体裁を整えることはできる。しかし、それを王国に主張するためには公国がサントークを傘下に収めなければならない。

「分かったかな? これが政治というものだ。ロッシュ王よ。サントーク王国を傘下に収め、マリアナと民をよろしく頼む」

 なかなか食えない王だ。サントーク王国併合を了承し、飛び地となってしまったが、レントーク王国内で自由に軍を移動する切符を手にすることが出来たのだ。
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