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第350話 夜の当番表

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 魔界の漆黒のドラゴン、ドラドは我が家の一員として生活することになった。ドラドは、トランが魔王だった頃に城で家庭教師として一時期働いていたらしい。そのため、他人と話すときのぞんざいな感じは少ない気がする。きっと、ドラゴンの姿の時の限定的なものかも知れないな。

 妻達との関係も良好だ。もっともクレイだけは久しぶりに我が家に帰ってきた時にドラドと初対面を迎え、いきなりドラゴンの姿を見せられたのだから、手にしていた剣を向けてしまったのは仕方のないことだ。その剣もドラドの鼻息でいとも簡単に折られちゃったけど。クレイの自信がなくならなければいいんだけど。

「クレイ。新しい剣を作ってもらおうな。僕からも貴重な金属を惜しみなく出すから、それでドワーフに鍛えてもらうといい。きっといい剣が出来上がるさ」

 クレイは嬉しそうな表情を浮かべ、ドラドを無視して僕達だけの世界になってしまった。それに腹を立てたのか、鼻息で僕とクレイを吹き飛ばしたのもご愛嬌だ。だって、ドラドは僕の家族の一員になったのだから。ドラドが屋敷にやってきてから、数日は共に寝起きを繰り返していたのだが、僕と一緒に寝る担当……というか当番表みたいのが作られた。発案はもちろんマグ姉だ。

「皆、集まって!! 久しぶりにクレイが帰ってきて全員が揃ったところで、そろそろロッシュと一緒に寝る人を決めたほうがいいと思うの。ドラドも加わって、人数が流石に多くなってきたわ。おそらく子種が欲しくない人はこの中にいないと思う。だから均等に機会を与えるべきだと思うの。今まではなし崩し的になってしまっていたけど。あの露天風呂が良くないわよね。まずはそれに反対の人いる?」

 するとドラドがまっさきに手を上げた。この意見を言う時は手を上げるということを教えたのはマグ姉だ。マグ姉は手を上げずに発言することをひどく嫌うのだ。

「その当番? はどういう風に決まるのだ? 我にたくさんの機会を欲しいのだが」

「それは皆も同じ気持ちよ。当番は平等を重視して、毎日二人を交代で当てるつもりよ。といってもロッシュが遠征に言って屋敷にいない時がある場合は、その当番をずらしたりするつもりよ。それと私は不満だったのが、遠征に参加する人たちよ。特にミヤとシラーね。二人は多くの機会が与えられているわ。だから、遠征に参加したものは当番にはしばらく参加させないことにするわ。平等の観点からね」

 これにはミヤが文句を言い始めた。シラーも不満顔だ。

「それは変よ。いい? 魔族は魔の森近くで交配しないと子供が産まれにくいの。そのために私は魔の森に城を作ったくらいなんだから。マーガレットのいう子種の機会って話なら遠征先での行為は私とシラーには無意味なことなのよ。だから、屋敷での機会を減らされる理由にはならないわ。むしろ、時々参加するエルフ組とオリバこそ減らすべきよ」

 急に振られたリードとルード、それにオリバが驚いたのか、すぐに反論してきた。

「私達エルフも魔族の一員なのですから、遠征先では無意味だと思うのですが」

 その言葉にミヤは反応した。

「私は知っているわよ。少なくともリードは薬を使っているわよね? エルフの秘薬だっけ? 少ない回数でも妊娠できるものなのよね? だからエルフは同じ魔族でも私とシラーとは違うわ」

「ちょ、ちょっと待ってください。リードさん、どういうことですか? エルフの秘薬なんて聞いたことがないですよ!! なんで教えてくれなかったんですか!! でも、そうなると私も回数を減らされないってことですよね」

「ルード。同じエルフのくせに裏切るつもりね。エルフの秘薬はその名の通り、教えることを禁じられているものなの。それくらい分かるでしょ? それに秘薬を使うのはエルフの長い歴史で……」

「いいえ、そんなのはどうでもいいのです。私はロッシュ殿からの子種をもらえる回数が少なくなってしまう瀬戸際なのです。この際、同じエルフでも関係ありません!! それに秘薬っていいながらミヤさんに思いっきりバレているじゃないですか。エルフの秘薬ってそんな簡単に漏れるものなのですか!!」

「いや、それはリリ様が安易に皆の前で使うからであって、私の責任ではないですよ!! それならば、正直に言いますが、手持ちの秘薬はもうありませんよ。リリ様から渡されたのは一回分。それでなんとか子を授かることが出来ましたが、それ以降は薬は使っていません」

 リードの言葉にミヤが胡散臭そうな目を向けていた。

「その言葉も怪しいわね。私達に内緒でそんな便利な秘薬を使っていたんですもの。隠し持っていても不思議ではないわ。それにリリに頼めばまた手に入るんでしょ? だったら、リードは回数を減らすべきよ」

 リードは苦しそうな表情をしていた。どうやら言葉に窮したようだ。僕は皆のやり取りをただ眺めているだけだった。なぜかって? 巻き込まれたくないからだよ。一応当事者だからこの場にいるけど、本当は逃げ出したいんだ。意見を求められたどうしよう。そんな雰囲気の中、マグ姉が手を上げた。司会者が手を上げても、誰も指名しないんじゃないか? あ、勝手に話すのね。

「さっきから言っているエルフの秘薬なら、私が持っているわよ。リリからもらった物もあるんだけど、レシピを作ることができたから、いくらでも作れるわよ」

 とんでもない言葉がでてきた。話題になっているエルフの秘薬が我が家でも作れるだと!? この言葉には誰もが衝撃を受けていた。飛びついたのがルードだ。

「それがあれば、私も念願の子供が出来るのですか?」

「エルフの秘薬にそんな効果があるのかしら? これは行為をする相手に自分だけを振り向かせる催淫効果があるだけだと思うのよ。いわゆる惚れ薬の一種かしら? だから、ロッシュと二人っきりで夜を過ごせるなら、意味はないと思うわよ」

 なるほど。これは筋が通っているかも知れないな。妊娠できる薬なんてあったら、かつてエルフの里が子供不足で悩むということはなかったはずだ。むしろ、惚れ薬ならばうなずける。獲物は常に少ない。それをエルフ全員で奪い取るのだ。それゆえ自分に相手の意識を向けさせる技術が発達するのは頷ける。しかし、マグ姉は仮にもエルフの秘薬を作ってしまうとは。

「私もエルフの秘薬はいつか作りたいと思っていたけど、材料が分からなくてもう一歩ってところだったのよ。それがドラゴンの爪で閃いちゃったのよ。これを混ぜればってね。偶然の産物だけど、それで出来ちゃったのよ。ドラドには本当に感謝しているわ」

 一同はエルフの秘薬に期待するところが大きかったのか、落胆した表情を隠せないでいた。その中でもエリスだけは表情を変えずに、みんなの話をただ頷くだけだった。僕はつい、気になってこの会議で初めての発言をしてしまったのだ。

「エリスはどう思っているんだ?」

 僕の言葉に驚いたのか、エリスはこちらをちらっと見てから考えていたことをゆっくりと話した。

「私はロッシュ様との間に二人の子供が産まれて、とても幸せな気持ちです。この気持ちって、まだ産んでいない人にはわからないことだと思うんです。だから、皆にもこの気持ちになって欲しいんです。機会の平等って大切なことだと思いますが、まだ子供を授かっていない人に優先させてあげたほうがいいんじゃないかな、って思います」

 いい子だな。自分のことしか考えない妻達の中で、本当に周りのことを気にかけてくれる。僕はちょっと涙がでてきそうになるよ。マグ姉もエリスの純真な思いに胸を抉られるような思いがあるのか、言葉に勢いがなくってしまった。それを見定めたのか、ドラドが勢いに乗った。

「エリス。そなたの気持ちはなんと真っ直ぐで美しいんだ。我は自らのことばかり考え、相手を考えずにいた。これは反省せねばなるまい。そうであろう? みんな」

 これに頷けない者はいない。出産未経験組は大いに頷き、経験組はエリスを除き、小さく頷くにとどまる。どうやら決着がつきそうだ。ドラドは更に話を続ける。

「ならば話は進みそうだな。我は提案する。未経験組を優先的に当番にする。といっても経験組に当番をさせないのは可哀想だ。経験組にも我らの間に少しでも入れてやろう。我らが四回程度する間に経験組が一回でいいのではないか?」

 未経験組は、拍手喝采。しかし、経験組はそれには抵抗の意志を見せた。

「そんなのは横暴よ。いくらなんでも少なすぎるわ。精々、未経験組が二回で経験組一回が妥当でしょ?」

 この言葉に経験組はエリスを除いて拍手喝采。どうやら回数で次は揉めているようだ。お互いに譲らず、ずっと平行線を辿っている。このままでは埒が明かなそうだ。僕がそろそろ出なければならないだろうか? 出たくないけど、収まらさねば……そう思っていると、エリスがやや怒った表情でテーブルを叩いた。

「皆さん。そろそろ落ち着いてください。ロッシュ様の前で見苦しいと思わないのですか? そもそも経験があるか否かで分けたのは、皆に子供を産んでほしいからです。みんなが産めば、全員が平等になると思うんです。それまでは皆で手を取り合って、子供が産まれるように支えてあげたいんです。といっても私もドラドさんの考えは横暴だと思います。ですから、間を取って未経験者三回で経験者一回にしませんか?」

 さすがはエリスだ。この言葉には誰も逆らえないようだ。ドラドもエリスの言葉に乗っかった口だから、強くは言い返せないのだろう。一方マグ姉達は少しでも条件が良くなっているのだから、文句は言いづらい。これでどうやら決着のようだな。

 これで長い話し合いは終わりを迎えた。するとシェラが手を上げた。また、話を混んがらせる気か?

「後で分かった時に非難を受けるのは嫌なので言いますが。私は旦那様との間に子供を作るつもりはありません。それでも回数を多くしていただけるのでしょうか? 私としては多いに越したことはないのですが」

 その言葉に衝撃を受けたのは、その場にいる全員だった。僕はなんとなくその話を聞いたことがあるから気にはならなかったが。それからシェラに皆から質問攻めだ。その度にシェラは真摯? に答えていた。そして、シェラはとんでもないことを言った。

「私がどのような出自か、知っている者もいると思うから言いますが、旦那様の寿命は限りなく無限ですよ。人間として考えないほうがいいかも知れませんね。ですから、私も無限の寿命を持っているので、焦らなくていいんです。魔族の皆さんも寿命が長いのですから、さほど慌てなくても大丈夫ですよ。むしろ、人間や亜人であるエリスさん達の方が焦るべきかも知れませんね」

 この言葉で再び勢いを盛り返したマグ姉達が攻勢にでた。エリスもマグ姉に加担するような格好になり、泥沼の展開を見せ始めた。結局、当番表というのは夢物語となってしまい、今までどおりなし崩し的ということになってしまった。一体、今回の話し合いは何だったのだろうか。とはいえ、今回の一件でお互いに今まで話さなかったことを話せたので、皆の表情はいくらか明るい感じがした。
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