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第337話 ミヤの父親トラン 前編

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 ミヤの父親であるトランとシュリー夫婦が突如として村に来訪し、面倒な……子供可愛さに暴挙に出たのをなんとか解消し、二人は魔の森の城に住むことにしてもらった。ちなみにシュリーは、ミヤの一番最初の眷属で子供の頃、本当の姉妹のように育てられていた。もちろんシュリーが姉になる。トランに負けず、シュリーも相当ミヤが好きで、シスコンと言うやつではないだろうか?

 さて、住むところも決まったことだし、そろそろお暇をしてもらいたいものだ。

 「お義父さ……」

 そういうとトランはギロッとこちらを睨んでくる。なんともやり辛い人だ。

 「トランとシュリーには、魔の森の城に住んでもらうことにする。ここから近い場所だ。ちなみに二人だけで来たのか?」

 「魔の森の城だと? こんな農村が用意できる城など大したことはないだろうが、ミヤに頼まれたのだ。素直に従っておこう。一応、我が部下として五十人ほど連れてきている。どの者も一騎当千の強者ぞ。ロッシュなど、その末端の者にもやられてしまうのではないか。ハッハッハ」

 村を馬鹿にされたことにちょっとイラッとしてしまった。いちいち小言を言わなければ気が済まないのだろうか? 本当に魔王だったのか? だんだん、トランを怪しむようになってきた。

 「五十人ならば、あの城に十分住めるな。ここから南の方角に進めば、城が見えてくるぞ」

 「ちょっと待て。その口ぶりだと、案内をする気がないのか? ロッシュはもうちょっと私に認められるように努力をした方が良いのではないか? それとも私を見下しているのか?」

 ……面倒なおじさんだ。最初にダンディーな容姿に惑わされてしまったが、面倒なおっさんでしかないぞ。仕方がない。僕はミヤに城を貸し与えることの許可を一応もらってから、案内することになった。知らなかったのだが、屋敷の外には一騎当千と言われる五十人が待機していたのだ。それを村人が取り囲み、ちょっとした騒ぎになっていた。

 僕が屋敷から出てくると、村人は僕の姿を見てホッとしたような様子だった。僕は村人に安心するように告げ、その場を解散するように指示をすると各人の仕事場に戻っていった。残ったのは一騎当千の強者達だ。強者? 吸血鬼しかいないな。美男美女のなんとも、すごい光景だな。この者たちもトランの眷属というやつなんだろうか?

 ん? 僕に対してあまり興味を持っていない様子だな。まぁいいか。その後ろにシラーが出てくると少しざわついた。よく考えたら、同郷のものなのだ。もしかしたら知り合いとかいるかも知れないよな。更に後ろにトランが出てくると大騒ぎだ。随分と人気者だな。ぬ? なるほど。眷属の前ではダンディーな表情に戻るということか。この使い分けだけでも王者の貫禄というやつだな。

 「ロッシュ。案内せよ」

 トランはまるで僕を小間使いのように命令してくる。しかし、後ろから姿を現したミヤが凄い剣幕で立っていたのにトランが気づいたのか、急に語気を和らげてきた。

 「ロッシュ君。さあ、共に行こうではないか」
 
 その言葉に周りの眷属がざわつく。僕に対する認識を改めたのか、眷属達は僕の方に顔を向けてくる。美男美女に見つめられてもなんか困るな。すると、ミヤがトランの眷属たちの前に一歩出てきた。ミヤの姿に驚いたのか、トラン以上に騒ぎが大きくなった。それをミヤは小さく手を上げ、鎮めてしまった。どっちが王なのか分からないな。

 「皆のもの、久しぶりね。私はこの通り、元気ですよ」

 そういうと、急にミヤが僕に体を預け始めてきて、腕にくっついてくる。眷属達はそれだけでも騒ぎ出す。なんとも反応のいい奴らだ。

 「こちらにいるのはロッシュ。私の旦那様です。皆も決して失礼のないように。いいですね?」

 ミヤは見たこともない眼光で周りを見渡していく。その眼に一騎当千の専属達が怯んでいく。

 「さあ、これで大丈夫でしょう。きっと屋敷に戻れますよ。そして、シラー。何があっても命をかけてロッシュを守るんですよ!!」

 「はい。命にかけまして」

 ん? 僕は一体どこに行こうとしている? 命がけ? いやいやいや、ただ城に案内するだけだよ。周りを見渡すと、なにやら眷属たちから睨まれているような。これで僕はようやく自分の置かれた状態を理解した。きっと、ミヤは人気者なのだ。それを奪った僕を好きなはずはない。これはとんでもない事を引き受けてしまった。あのまま、帰ってもらえば良かった。

 「さあ、ロッシュ君。行こうではないか」

 なぜか、嬉しそうな顔をするトラン。怪しい臭いがしてくるぞ。

 「そんなに警戒しなくてもいい。私は約束通り、ロッシュ君に手を出したりしないよ。まぁ、その城とやらが私にそぐわなかったら、部下たちがどのような行動に出るか。その時に、私の側にいれればよいが……」

 このおじさん。ミヤに聞こえないように小声で話しかけてくる。僕はより一層警戒しながら魔の森に向かっていく。僕は今生の別れのようにミヤと別れを惜しんだ。シラーは僕から一寸も離れずに警戒しながら一緒に歩いていく。トランはその横にいて、僕達とトランを取り囲むように眷属達が歩いていく。村人からは異様な集団に映っているだろうな

 「ところでロッシュ君。君は一体何者なのかね? ミヤといい、シラーといい、随分と君を慕っているようだな。認めたくはないが」

 たしかに僕の説明を誰も何もしていなかったな。

 「僕はこの地で公国を興して、その主をしている。ミヤと出会った時は、さっきの村の村長をしていたんだ」

 「ほお。ロッシュ君は王か。その若さで大したものだな。しかし、あの村が首都か? ならば大した国ではなさそうだな」

 「ああ、その通り、大した国ではない。しかし、民達が公国をよく支えてくれる。いい国なのだ。僕は何度も助けられている」
 
 「ほお。ロッシュ君はなかなかいい王のようだな。少し感心したぞ。王とはすぐに慢心するものだからな」

 ようやくまともな会話をしたような気がするな。さて、城が見えてきたぞ。相変わらず、立派な建物だ。それを見てもトランはあまり表情を変えなかった。まぁ、これくらいの建物は見慣れているのだろう。徐々に近づき、その城の詳細が見えてくる。するとトランの表情が大きく変わった。

 「こ、これは……いや、まさかな。しかし、この意匠は」

 トランは城の間近まで駆け出し、外壁を舐めるように眺めて、ぶつぶつと独り言を言っている。その態度に眷属たちもざわつき始めている。どうやら、トランが城に文句を言い出すという路線が組まれていたようだ。それに眷属達が僕に詰め寄り……。考えるだけでも恐ろしい。

 トランは、城を一巡して腕を組み考え事をしながら、こちらに戻ってきた。

 「ロッシュ君。この城は君たちが作ったのか? 我が城にも一部、似たような意匠があるのだ。それはかの有名なドワーフによって作られたという聞かされている。しかし、この城はすべてがまるでドワーフが作ったような印象を受けるのだが」

 「ん? ああ、それはドワーフのギガンスが作ったものだぞ。ミヤが我儘を言って作らせたんだ。ギガンスのお礼をするだけでも大変だったんだよ。でも、この城も使ったのは最初だけだったな」

 僕は遠い目をしながら、城を見つめた。

 「な、何だと!! この城はドワーフが築いたものだというのか。信じられぬ。金をいくら積んで頼んでも作ってもらえないものなんだぞ。それほどドワーフ作というのは貴重なものなのだ。魔界でも殆どないと言われるドワーフの城が、こんな場所に。しかも、ほとんど使われていないだと。どうなっているんだ。城だけなら私の負けを認めよう。いや、認めざるを得ないだろう」

 やった!! 勝ったぞ。僕は全力で周りの眷属に主張した。これはそういう戦いなのだ。シラーも嘘くさいほど喜んでいる。僕は中を案内することにした。扉を開けるとエントランスが広がる。

 「やはりドワーフ作の建物は素晴らしいな。しかし、これでは調度品がどうしても劣って見えてしまうだろう。でも安心しろ。私は調度品にも明るいのだぞ。どれどれ……ちょっと待て。んん?」

 トランはエントランスに置かれている棚に目をやる。僕から見れば何の変哲もない棚だ。トランは足早に棚に近づき、何度も触りながら眺めている。

 「まさか……」

 そういうとトランは僕達をエントランスに取り残して奥に向かって行ってしまった。どうしようか。しかし、トランの行動を見て、眷属達はすっかり僕に気を許し始めていた。

 「トランの眷属達。君たちもここに住むことになる。自分の部屋は早いもの勝ちだ。いい部屋が欲しければ、急いだほうがいいかも知れないな」

 僕がそう言うと、眷属達は先を争うように城内に散って行った。これで僕とシラーだけとなった。とりあえず、応接室に行ってコーヒーでも飲むか。シラーに用意してもらって、のんびりとしているとトランが戻ってきた。

 「素晴らしいものだったな。建物だけではない、調度品も一流品だ。魔界で手に入れようと思ったらどれほどの富が必要となるか。我が国すべてを差し出しても手に入れられるかどうか。あの家具は一体?」

 「それほどのものなのか。あれはエルフが作ったものだぞ。これまたミヤの我儘でな。まったく、リリにいらない借りを作ってしまったものだよ」

 「な、なにぃ!! 魔界では失われた秘宝といわれて久しいエルフ作だと!! どんな上級貴族でもエルフ作の調度品がひとつでもあれば社交界では主役級の扱いを受けると言われるものだぞ。それがこの城のすべての調度品がエルフ作とは……なんてふざけた城なのだ。ここに私が住めるのか?」

 「ん? 気に入らなければ、建物を作らせるが」

 「そんなことは言ってはいないぞ。ところで部下たちの姿が見えないようだが?」

 僕は部下たちが自室探しをするために散っていったことを言うと、トランは愕然とした表情をしていた。いい部屋を取られる事を心配しているのだろうか? まぁトランにはこの城でいい部屋を用意しているから安心して欲しい。僕がそれを伝えようとすると、絶叫しながら応接室を飛び出していった。

 「あの家具に傷でも付けたら、誰が弁償するというのだぁ!!!!」

 なんとも庶民的な心配をする王だな。トランは部下たちに正座をさせ、叱責をしていた。家具の貴重さを何度も繰り返し教えていた。

 「いいか? この調度品は一度壊れてしまったら、もう手に入らないものなのだぞ。それこそ、お前たちの命よりも貴重なものだ。お前たちはこの城に寝泊まりすることは許さぬ。外で適当に寝ておけ!!」

 眷属達は愕然とした様子だった。おそらくあのベッドの感触を知ってしまったのだろう。あれを知ってから野宿は出来ないものだ。仕方がない。助け舟を出すか。

 「トラン。部下たちを野宿にすることは僕が許さないぞ。いいか、この城に寝泊まりすることがここに滞在する条件だ。そうでなければ、ミヤに言って出ていってもらうぞ」

 「いや、しかしな。ここの調度品はそれほど貴重なものなのだ。部下たちに粗相があると思うと」

 「それも気にしなくていい。使っていて壊れてしまうことに僕は責めたりはしないぞ。別にここでは貴重品ってわけではないしな。エルフに頼めば、いくらでも作ってもらえるだろう」

 「ロッシュ君はエルフに伝手でもあるのか? 是非、紹介してほしいのだが」

 「伝手も何もエルフは僕の妻にもいる。リードっていうんだ。それにハイエルフのリリとの間に子供までいるんだぞ」

 「ロッシュ君……君は一体、何者なんだ? 魔界では独特の地位を築き、我ら魔王でも一切従わない者たちが君の言うことは聞くようだな。私の娘はとんでもない者と夫婦になれたのかも知れないな……いや、まだだ。まだ認めるわけにはいかぬ!!」

 どうやら、まだ僕の品定めは続くようだ。
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