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第336話 招かれざる魔族
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ミヤとマグ姉に僕との間の子供が産まれ、屋敷内は一気に賑やかになった。ミヤとマグ姉は産後の肥立ちもよく数日後には普通に歩いたりして過ごしていた。ミヤは目を離すと魔の森の方に出掛けようとしたり、酒を飲もうとするので止めさせるのが大変だった。それでも子供と接する時間が増えてくるに従って、ミヤにも落ち着きが出来てきたような気がする。
そんな日々を送り、冬の寒さが訪れるようになった。屋敷内の暖炉に薪を焼べ、仄かな温かみがありがたい季節になったなと感じていると、ミヤの眷属が珍しくやってきたのだった。基本的には眷属は毎日来ていたのだが、最近はミヤの酒の量も減ったおかげで、数日に一回、酒を届けにやってくるだけなのだ。それが昨日来て、今日も来るのだから珍しいと思うのも無理はない。
眷属への対応は最近ではオコトかミコトが多いのだが、珍しくミヤが応対していた。僕はゆったりとコーヒーを飲んでいると、ミヤの大声が聞こえてきた。
「なんですって!!」
そんな声だった気がする。はっきりとは聞こえなかったが、とにかく何かに驚いているようだ。僕達がミヤのいる方角に目線をやると、慌てた様子でミヤがこちらに向かってきた。
「ロ、ロッシュ。驚かないで聞いてね」
もうその尋常じゃないミヤの態度に驚いているよ。
「魔の森に魔族が現れたらしいの」
「ほお。それは珍しいことがあるんだな。それで?」
僕には正直よく分からなかった。魔の森では魔族なんて然程珍しくもないだろうに。
「違うのよ。魔界からやってきたって意味よ」
「境界線があやふやになっているって話のことか?」
「そうよ。それでその魔族がこっちに……」
ミヤが何かを告げようとすると、玄関の方からドアが開けられる音がして、大声で叫ぶような声が聞こえてきた。
「ミヤちゃんはどこかしらぁ。シュリーお姉さんがやってきましたよぉ」
なんとも間抜けた声が聞こえてきた。シュリー? どこかで聞いたことがあるようなないような。僕が首を傾げていると、ミヤはなんとも複雑な顔をしていた。嬉しそうな嫌そうな判断に苦しむような顔だ。なんにしてもミヤの知り合いに間違いないだろう。そうなると、きっと魔界から来た魔族というのはシュリーというもので間違いないだろう。
僕が玄関で対応しようとするとミヤが必死に僕を止めてくる。
「いい? 時間がないから言っておくわ。ロッシュがシュリーに会ったら殺されるわよ」
一体、何を言っているんだ。そんなことをされるわけがないだろうに。だって、ミヤの後ろにすでに笑顔で立っているんだから。
「ミヤちゃん。見つけたぁ。なんですぐに来なかったの? 恥ずかしかったの? それとも昔みたいに何か隠し事をしているのかな? お姉さんに正直に話してくれないかな? 昔みたいに」
なんか怖いぞ。シュリーという女性は吸血鬼なのだろう。飛び抜けた美人であるが、ミヤと接するときの表情が無表情と言うか、変なプレッシャーがあって……ちょっと近寄りがたい。ミヤもシュリーとなんとか目を合わせるだけで精一杯という様子だ。
「シュリー。貴方がなぜ、ここにいるの? ザリューの反乱で命を落としたって聞いたわよ。随分と元気がありそうだけど」
シュリーはふふっと笑って答えようとすると、また後ろから男性の声が聞こえてきた。
「私が答えてやろう!!」
そう言って姿を現したのは、ミヤと同じ吸血鬼の特徴を持ち、髭を蓄えたダンディーな中年男性だった。僕もいつかは、こうなりたいと願う姿が目の前にあった。羨ましいな……って、誰?
「お父様!! なんで……」
そう口にしたのはミヤだった。えっ!? ミヤのお父さん? ってことは魔王だった人か。確かに威厳は大したものだな。んんん。ダンディーだ。
「やあ。ミヤ。元気そうでお父さんはとても嬉しいぞ。ミヤと離れ離れになってから寂しくて寂しくて、何度ザリューを殺しに行こうか迷ったほどだよ」
ん? ザリューを殺しにって、反乱されたんじゃないの? いまいち話が見えてこないな。とりあえず話を聞いたほうが良さそうだ。
「私はザリューの反乱についてはいち早く察していたのだよ。しかし、あろうことかザリューのやつはミヤの居城を襲いやがったんだ。私もそれにはびっくりしてね。とにかく助けに行こうとしたんだけど、一の魔王に邪魔されてしまってね。なんとかミヤだけは助けようと、部下を何人か派遣したんだよ」
ミヤはその時のことを思い出そうとして、何かブツブツと言っている。
「一の魔王ってどういうことよ。ザリューはただのカマセ犬だってこと?」
「そういうことさ。一の魔王は私から魔王の座を奪うために最愛のミヤをザリューなんかに襲わせたんだよ。私はなんとか一の魔王を撃退することに成功したんだけど、ミヤがいない魔界に未練なんてなくてね。次の魔界の歪が出来たら、ミヤに会いに行こうと思っていたんだよ」
なんと自由な父親なんだ。ミヤがいなくなっただけで魔王という地位を手放してしまうとは。しかし、それほどまでにミヤを溺愛しているとは憎めない父親だ。ミヤもなんとなく話が飲み込め始めたのか、ぽつりぽつりと質問を始めた。
「シュリーも生きていたのよね? だったら、なんで私の眷属召喚で来なかったのよ。おかしいじゃない」
「何もおかしくないさ。私とシュリーは結婚しているだ。そのせいで随分前からミヤの眷属から離れていたんだよ。ちなみにシュリーには私の子供がいるんだよ。ミヤの弟ってことになるね。さてと、昔話はこの辺りでいいかな? ミヤとはこれからの話をしようか。ミヤは一体何をしているだ?」
ミヤはなにやら慌てた様子となり、下を向いて、黙りこくってしまった。僕はとにかく自己紹介をしなければならないと思い、一歩前に出た。ミヤの父親は僕を値踏みするかのような目線を送ってきた。
「お義父《とう》様。僕はロッシュ。ミヤを妻と迎え、この屋敷で共に暮らしているんだ」
その時のミヤの父親の表情はずっと忘れられない。僕も恐怖で腰が引けるほどだ。
「お義父様だとぉ。貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか? ミヤをつ、妻にだと。そんな事は信じんぞ。人間ごときが由緒正しい吸血鬼の血を引いているミヤに手を出すとは。一度、人間どもに痛い目を合わせなくてはならないようだな」
なにやら人類滅亡の危機が目の前に迫っているようだ。この鬼気迫る雰囲気は本気のようだ。この状態にシラーやリード、オコトやミコトが臨戦態勢になっていく。その様子を見て、ミヤの父親がにやりと笑う。
「ほう。ミヤの眷属までがこの人間の味方になるか。面白いな。エルフの娘もいるのか。なかなか面白い者たちがいるものだな。しかし、私には勝てないぞ。分かるだろ、ミヤ」
ミヤは握りこぶしを作って、ついに沈黙を突き破った。
「お父様なんて大嫌い!! ロッシュはね。私の命の恩人なの。それにもうロッシュとの間に子供までいるんだから!!」
「な、なにをいうんだ。冗談だろ? なぁ、冗談だと言ってくれよ」
やはり子供が出来たというのは衝撃的だったのだろう。さすがにダンディーな表情も見る影もない。ミヤに縋り付きそうな勢いで膝をつき始めたのだ。
「嫌いなんて言わないでくれ。前言は撤回する。私が悪かった。ロッシュ君と言ったね。詫びよう。済まなかったな」
そっちかぁ。そっちだったか。まさか嫌われることにここまで反応する人がいるとは思わなかった。なるほど。これを見ているとミヤがいなくなったから魔王を手放すのはなんとなく分かるようになってきた。しかし、これからどうしよう。とりあえず、今日は帰ってもらうか? 僕がそんなことを考えていると父親が立ち上がり、大きな咳をした。一度仕切り直しをするみたいだ。
「ミヤの考えはよく分かった。子供がいるというのならば、我が一族として歓迎しよう。ミヤの子供なら可愛いに決まっているからな。それで性別はどっちなのだ?」
ミヤは男の子と答えると、それは嬉しそうに何度も頷いていた。
「そうかそうか。それならば跡を取らせることも視野にいれなければな。さて、ミヤよ。我らと共に帰るとするか。しばらくは近くの森で過ごすことになるだろうが家族で暮らすのだ。何も問題はないだろう。魔界に戻ったら、再び戦争だ。我が城を取り戻さなければならないからな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ミヤは僕の妻だ。勝手に連れて行かれては困る。たとえ父親であってもだ」
父親の目線はかなりきつい。この視線を耐えるだけでも相当精神を疲弊してしまう。
「人間……いや、ロッシュと言ったな。妻としたことについては過ぎ去ってしまったことだ。許そう。しかし、これ以上ミヤを独占しようとするならば、それは私への宣戦布告と受け取るが? それでも同じようなことをいうか?」
ここで怯むわけにはいかない。
「もちろんだ。貴方が力づくでミヤを連れて行こうとするならば、敵わないまでも全力で抵抗させてもらう。これだけは絶対に譲る気はない」
ミヤはなぜか潤んだ瞳でこちらを見てくる。ちょっと場違い感があるような気もするが。
「ほお。人間のくせになかなか言うではないか。魔族ならば部下にしたいほどだ。しかし、全力で抵抗するとは聞き捨てならないな。ミヤは私達と共に暮らしたいと思っているはずだ。いや、そうに違いない。一層のこと、ミヤに決めさせよう。結論は見えているがな」
「えっ!? 私が決めていいの? だったら考えるまでもないわ。ロッシュと一緒にいるに決まっているわよ」
「なんでだぁ!!」
ダンディーな父親は絶叫をし、急に泣き出した。
「なんで、こんな娘に育ってしまったんだ。一体、この人間の何がいいというのだ。分からん。ならば……」
父親がこちらを睨みつけてくる。
「私がお前を見定めてやる。娘をくれてやるかどうかは、それからだ。覚悟しておけ!!」
急に話を進めているが、僕としてはとりあえず争いが起こらないことにホッと胸をなでおろした。しかし、この父娘の関係がいまいち掴めないでいる。
「お父様に何を言われようと考えを変えるつもりはないわよ。というか、早く魔界に帰ってくれない。再会できたのは嬉しいけど、ロッシュに危害を加えようとするお父様には近くにいてほしくないわ」
「な……ぐぐぐ。わかった。私が危害を加えないことは約束しよう。ただ、次に魔界に戻るまで時間がある。それまではここに滞在させてくれないか。それくらいはいいだろう?」
なんとも気弱な提案になってきてしまったな。とりあえず、人類の危難は去ったな。
「そういう訳でロッシュ君。よろしく頼むぞ。私のことはそうだな……トランとでも呼んでくれ」
「お義父さんと呼んでもいいか?」
「その名前で呼ぶんじゃない!!」
結局、ミヤの父親トランとシュリーは魔の森の城に住むことになった。最初は屋敷に住むと言っていたのだが、ミヤが城を使わないからということで、住んでもらうことにした。なんとなく疲れた日になったな。
そんな日々を送り、冬の寒さが訪れるようになった。屋敷内の暖炉に薪を焼べ、仄かな温かみがありがたい季節になったなと感じていると、ミヤの眷属が珍しくやってきたのだった。基本的には眷属は毎日来ていたのだが、最近はミヤの酒の量も減ったおかげで、数日に一回、酒を届けにやってくるだけなのだ。それが昨日来て、今日も来るのだから珍しいと思うのも無理はない。
眷属への対応は最近ではオコトかミコトが多いのだが、珍しくミヤが応対していた。僕はゆったりとコーヒーを飲んでいると、ミヤの大声が聞こえてきた。
「なんですって!!」
そんな声だった気がする。はっきりとは聞こえなかったが、とにかく何かに驚いているようだ。僕達がミヤのいる方角に目線をやると、慌てた様子でミヤがこちらに向かってきた。
「ロ、ロッシュ。驚かないで聞いてね」
もうその尋常じゃないミヤの態度に驚いているよ。
「魔の森に魔族が現れたらしいの」
「ほお。それは珍しいことがあるんだな。それで?」
僕には正直よく分からなかった。魔の森では魔族なんて然程珍しくもないだろうに。
「違うのよ。魔界からやってきたって意味よ」
「境界線があやふやになっているって話のことか?」
「そうよ。それでその魔族がこっちに……」
ミヤが何かを告げようとすると、玄関の方からドアが開けられる音がして、大声で叫ぶような声が聞こえてきた。
「ミヤちゃんはどこかしらぁ。シュリーお姉さんがやってきましたよぉ」
なんとも間抜けた声が聞こえてきた。シュリー? どこかで聞いたことがあるようなないような。僕が首を傾げていると、ミヤはなんとも複雑な顔をしていた。嬉しそうな嫌そうな判断に苦しむような顔だ。なんにしてもミヤの知り合いに間違いないだろう。そうなると、きっと魔界から来た魔族というのはシュリーというもので間違いないだろう。
僕が玄関で対応しようとするとミヤが必死に僕を止めてくる。
「いい? 時間がないから言っておくわ。ロッシュがシュリーに会ったら殺されるわよ」
一体、何を言っているんだ。そんなことをされるわけがないだろうに。だって、ミヤの後ろにすでに笑顔で立っているんだから。
「ミヤちゃん。見つけたぁ。なんですぐに来なかったの? 恥ずかしかったの? それとも昔みたいに何か隠し事をしているのかな? お姉さんに正直に話してくれないかな? 昔みたいに」
なんか怖いぞ。シュリーという女性は吸血鬼なのだろう。飛び抜けた美人であるが、ミヤと接するときの表情が無表情と言うか、変なプレッシャーがあって……ちょっと近寄りがたい。ミヤもシュリーとなんとか目を合わせるだけで精一杯という様子だ。
「シュリー。貴方がなぜ、ここにいるの? ザリューの反乱で命を落としたって聞いたわよ。随分と元気がありそうだけど」
シュリーはふふっと笑って答えようとすると、また後ろから男性の声が聞こえてきた。
「私が答えてやろう!!」
そう言って姿を現したのは、ミヤと同じ吸血鬼の特徴を持ち、髭を蓄えたダンディーな中年男性だった。僕もいつかは、こうなりたいと願う姿が目の前にあった。羨ましいな……って、誰?
「お父様!! なんで……」
そう口にしたのはミヤだった。えっ!? ミヤのお父さん? ってことは魔王だった人か。確かに威厳は大したものだな。んんん。ダンディーだ。
「やあ。ミヤ。元気そうでお父さんはとても嬉しいぞ。ミヤと離れ離れになってから寂しくて寂しくて、何度ザリューを殺しに行こうか迷ったほどだよ」
ん? ザリューを殺しにって、反乱されたんじゃないの? いまいち話が見えてこないな。とりあえず話を聞いたほうが良さそうだ。
「私はザリューの反乱についてはいち早く察していたのだよ。しかし、あろうことかザリューのやつはミヤの居城を襲いやがったんだ。私もそれにはびっくりしてね。とにかく助けに行こうとしたんだけど、一の魔王に邪魔されてしまってね。なんとかミヤだけは助けようと、部下を何人か派遣したんだよ」
ミヤはその時のことを思い出そうとして、何かブツブツと言っている。
「一の魔王ってどういうことよ。ザリューはただのカマセ犬だってこと?」
「そういうことさ。一の魔王は私から魔王の座を奪うために最愛のミヤをザリューなんかに襲わせたんだよ。私はなんとか一の魔王を撃退することに成功したんだけど、ミヤがいない魔界に未練なんてなくてね。次の魔界の歪が出来たら、ミヤに会いに行こうと思っていたんだよ」
なんと自由な父親なんだ。ミヤがいなくなっただけで魔王という地位を手放してしまうとは。しかし、それほどまでにミヤを溺愛しているとは憎めない父親だ。ミヤもなんとなく話が飲み込め始めたのか、ぽつりぽつりと質問を始めた。
「シュリーも生きていたのよね? だったら、なんで私の眷属召喚で来なかったのよ。おかしいじゃない」
「何もおかしくないさ。私とシュリーは結婚しているだ。そのせいで随分前からミヤの眷属から離れていたんだよ。ちなみにシュリーには私の子供がいるんだよ。ミヤの弟ってことになるね。さてと、昔話はこの辺りでいいかな? ミヤとはこれからの話をしようか。ミヤは一体何をしているだ?」
ミヤはなにやら慌てた様子となり、下を向いて、黙りこくってしまった。僕はとにかく自己紹介をしなければならないと思い、一歩前に出た。ミヤの父親は僕を値踏みするかのような目線を送ってきた。
「お義父《とう》様。僕はロッシュ。ミヤを妻と迎え、この屋敷で共に暮らしているんだ」
その時のミヤの父親の表情はずっと忘れられない。僕も恐怖で腰が引けるほどだ。
「お義父様だとぉ。貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか? ミヤをつ、妻にだと。そんな事は信じんぞ。人間ごときが由緒正しい吸血鬼の血を引いているミヤに手を出すとは。一度、人間どもに痛い目を合わせなくてはならないようだな」
なにやら人類滅亡の危機が目の前に迫っているようだ。この鬼気迫る雰囲気は本気のようだ。この状態にシラーやリード、オコトやミコトが臨戦態勢になっていく。その様子を見て、ミヤの父親がにやりと笑う。
「ほう。ミヤの眷属までがこの人間の味方になるか。面白いな。エルフの娘もいるのか。なかなか面白い者たちがいるものだな。しかし、私には勝てないぞ。分かるだろ、ミヤ」
ミヤは握りこぶしを作って、ついに沈黙を突き破った。
「お父様なんて大嫌い!! ロッシュはね。私の命の恩人なの。それにもうロッシュとの間に子供までいるんだから!!」
「な、なにをいうんだ。冗談だろ? なぁ、冗談だと言ってくれよ」
やはり子供が出来たというのは衝撃的だったのだろう。さすがにダンディーな表情も見る影もない。ミヤに縋り付きそうな勢いで膝をつき始めたのだ。
「嫌いなんて言わないでくれ。前言は撤回する。私が悪かった。ロッシュ君と言ったね。詫びよう。済まなかったな」
そっちかぁ。そっちだったか。まさか嫌われることにここまで反応する人がいるとは思わなかった。なるほど。これを見ているとミヤがいなくなったから魔王を手放すのはなんとなく分かるようになってきた。しかし、これからどうしよう。とりあえず、今日は帰ってもらうか? 僕がそんなことを考えていると父親が立ち上がり、大きな咳をした。一度仕切り直しをするみたいだ。
「ミヤの考えはよく分かった。子供がいるというのならば、我が一族として歓迎しよう。ミヤの子供なら可愛いに決まっているからな。それで性別はどっちなのだ?」
ミヤは男の子と答えると、それは嬉しそうに何度も頷いていた。
「そうかそうか。それならば跡を取らせることも視野にいれなければな。さて、ミヤよ。我らと共に帰るとするか。しばらくは近くの森で過ごすことになるだろうが家族で暮らすのだ。何も問題はないだろう。魔界に戻ったら、再び戦争だ。我が城を取り戻さなければならないからな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ミヤは僕の妻だ。勝手に連れて行かれては困る。たとえ父親であってもだ」
父親の目線はかなりきつい。この視線を耐えるだけでも相当精神を疲弊してしまう。
「人間……いや、ロッシュと言ったな。妻としたことについては過ぎ去ってしまったことだ。許そう。しかし、これ以上ミヤを独占しようとするならば、それは私への宣戦布告と受け取るが? それでも同じようなことをいうか?」
ここで怯むわけにはいかない。
「もちろんだ。貴方が力づくでミヤを連れて行こうとするならば、敵わないまでも全力で抵抗させてもらう。これだけは絶対に譲る気はない」
ミヤはなぜか潤んだ瞳でこちらを見てくる。ちょっと場違い感があるような気もするが。
「ほお。人間のくせになかなか言うではないか。魔族ならば部下にしたいほどだ。しかし、全力で抵抗するとは聞き捨てならないな。ミヤは私達と共に暮らしたいと思っているはずだ。いや、そうに違いない。一層のこと、ミヤに決めさせよう。結論は見えているがな」
「えっ!? 私が決めていいの? だったら考えるまでもないわ。ロッシュと一緒にいるに決まっているわよ」
「なんでだぁ!!」
ダンディーな父親は絶叫をし、急に泣き出した。
「なんで、こんな娘に育ってしまったんだ。一体、この人間の何がいいというのだ。分からん。ならば……」
父親がこちらを睨みつけてくる。
「私がお前を見定めてやる。娘をくれてやるかどうかは、それからだ。覚悟しておけ!!」
急に話を進めているが、僕としてはとりあえず争いが起こらないことにホッと胸をなでおろした。しかし、この父娘の関係がいまいち掴めないでいる。
「お父様に何を言われようと考えを変えるつもりはないわよ。というか、早く魔界に帰ってくれない。再会できたのは嬉しいけど、ロッシュに危害を加えようとするお父様には近くにいてほしくないわ」
「な……ぐぐぐ。わかった。私が危害を加えないことは約束しよう。ただ、次に魔界に戻るまで時間がある。それまではここに滞在させてくれないか。それくらいはいいだろう?」
なんとも気弱な提案になってきてしまったな。とりあえず、人類の危難は去ったな。
「そういう訳でロッシュ君。よろしく頼むぞ。私のことはそうだな……トランとでも呼んでくれ」
「お義父さんと呼んでもいいか?」
「その名前で呼ぶんじゃない!!」
結局、ミヤの父親トランとシュリーは魔の森の城に住むことになった。最初は屋敷に住むと言っていたのだが、ミヤが城を使わないからということで、住んでもらうことにした。なんとなく疲れた日になったな。
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