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第324話 土壁の上での会話

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 温泉調査をお預けとなった僕は、仕方なくキュスリーの城建設の手伝いをすることになった。シラー、クレイ、オリバ、ルードは温泉を楽しみにしていたのに申しわけない気持ちだ。特に温泉を初めてみるクレイは楽しみで夜も眠れない状態だったようだ。

 「クレイ。済まなかったな。温泉はしばらくお預けだ。ゴードンが調査隊を派遣してくれると言うのでその報告を待つことにしよう」

 「私は大丈夫です。それよりもロッシュ様のほうが私は心配です」

 僕が心配? 一体どういうことだ。僕はこの通り何も気にしていないが。シラーはそんな僕に鋭い目線を向けてきた。

 「ご主人様。お顔に凄い落胆の表情が浮かんでいますよ。昨夜もご主人様が再び倒れてしまうのではないかと心配になるほどでしたから」

 知らなかった。僕ってそんなに温泉が好きだったとは。それにしても妻達に心配されるとは情けない限りだ。とにかく城作りを一段落したら、次こそは温泉を探しに行くんだ。こればっかりはゴードンでも止めさせない。僕は新たな決意を胸に、城作り現場に向かうことにした。城作り現場は一の丸だ。僕達がその近くまで行くと、大きなテントが見えてきた。どうやら、あそこが城作りの司令部になるはずだろう。

 僕達がテントに入ると、キュスリーがすでに待機しており、テーブルの上に置かれた地図と睨み合いをしていた。そんなに睨んでいたら穴が開いてしまうほどだ。

 「キュスリー。朝から地図と睨み合いとは精が出るな」

 「おお、ロッシュ公。お早い到着で」

 実はこの会話をするだけでも十度も声掛けをして、ようやくのことだった。シラーがかなり苛立ちを隠せないでいたから、もう少し遅かったら工事どころではなかっただろう。キュルリーが睨んでいる地図を覗き込むと、それは一の丸の地上図だった。てっきり城の設計図かと思ったらそうではなかった。

 「ロッシュ公。まずは一の丸を整地しなければなりません。それに……」

 現状、一の丸には貯水池から取り出された大量の土砂が山積みにされている。本当に言葉通りの小山と化しているのだ。これの上に城を築くためには均し、鎮圧を加えなければならない。本来、土盛りをした上に建物を立てる場合は土が落ち着くまで数年を要する。短いと長雨などで容易に崩壊してしまうのだ。もしくは、土盛りをした更に下まで基礎を伸ばすか。なんにしろ現状ではそれらは難しい。

 その解決策として土魔法があるのだ。なんと素晴らしいのだ。キュスリーの構想では一の丸の縁に添って土盛りを行い、外壁には石材を敷き詰め石垣を作るそうだ。石垣は約六メートルほど。結構高いのだ。そした、石垣に囲まれた場所に城が建設されるという予定になっている。ちなみに地上部から石垣の天辺までは、城の地下になり、石垣から上が城の地上部ということになる。これから作られる城は、日本の建物で言うなら、地下二階、地上18階程度に相当する。この世界では類を見ないほど巨大な建造物となる。

 石材の調達をシラーに一任することにした。すでに採掘場には僕達が作り置きをしていた石材が大量にある。シラーにはそれらを荷車に乗せる手伝いだけをしてもらいたいのだ。シラーは僕から離れることにやや不満を残しながら、渋々採掘場に向かっていった。

 さてと、目の前にある小山を一の丸の縁に移動し、とにかく固めていくイメージをする。そうすると、ただの土が岩のような硬さを持つことが出来るが、所詮は土だ。叩けば簡単に崩れてしまう。接着剤のようなものがあれば、きっとコンクリートのようなものを作ることが出来るんだが。

 その作業自体はすぐに終わらせることが出来た。一の丸は二キロ四方の台地になっているが、その半分は貯水池のために削り取られている。そのため、外周が約七キロメートルほどと狭くなっている。高さ六メートルの土壁がずっと続く物が完成した。僕は完成した土壁の上に登ってみた。

 心地よい風が流れており、都を一望できるほどではないがそれでも二の丸程度ならはっきりと見ることが出来た。三の丸はやや霞がかかっていてよく見えない。それでも三の丸の東には人だかりが出来ていて、大量の木材が途切れることなく持ち込まれている。なんとも活気が聞こえてくるようだ。

 ここにマグ姉がいれば、これからの公国について語り始めそうな気はするが今はいない。横にはクレイが立っていた。僕はクレイに感想を聞いてみた。すると、クレイの目には涙が浮かんでいた。

 「この景色を見て、故郷を思い出しました。もちろんこんなすごい景色など我が故郷にはありません。しかし、活気溢れる姿はかつてのレントーク王国を見ているようです。今はどのような惨状になっているか分かりませんが、良い暮らしをしているとはどうしても思えません。彼らにも公国のような豊かな国で過ごさせてやりたいです」

 そうか。クレイの故郷レントーク王国は、王弟が支配する王国の隷属国家のような関係になっている。王国は常に亜人の労働力を求めており、レントーク王国はその対価として食料をもらう代わりに亜人を派遣しているようだ。しかし、派遣とは名ばかりで実のところは奴隷として引き渡しているのだ。そのため、王国に送られた亜人達が再びレントーク王国の土を踏むことはない。その殆どが王国の地で息絶えている。

 クレイ達はその中でも珍しい部類だ。公国への出兵に駆り出され、玉砕が運命づけられていたが何の因果かクレイ達は公国の民となった。それからクレイ達亜人の家族を王国から救出することとなったが正直、レントーク王国から送り出された亜人のほんの一部だと言う。今も王国では多くの亜人が過酷な労働環境で働かされているというのだ。

 もっともレントーク王国内でも小さな動きが見えなくもないらしい。これは王国からの情報のため信憑性に欠けるのだが、レントーク王国内で王弟への不信感がかなり強まっているらしい。当たり前と思うかもしれないが、食料を握られている現状では、口に出せばその瞬間から食料の供給が途絶え、それこそ絶滅の危機に晒されてしまうのだ。

 そのような危険を冒してまで、行動に出るものがいるのはそれだけ王国への不満が募ってきたからだろう。それでもその噂が本当だとしても、表面化するまでにはまだまだ時間を要することだろう。その辺りの情報は当然クレイの耳にも入っている。

 「クレイ。前にも聞いたが、故郷に戻りたいとは思うか?」

 「それはありません。私はすでに公国の民であり、ロッシュ様の家族となったのです。私の死に場所は公国以外にありません。しかし、もう一度レントーク王国には行きたいと思っています。公国の存在を教え、救い出せるものがいれば救いたいのです。それがレントークの王族であった私に残された仕事と思っています」

 「そうか。そんなに気張ることはない。近い将来、公国はレントーク王国に接触をするかもしれない。その時はクレイにも同行してもらおうと思っている」

 僕が突拍子もないことを言ったので、すごく驚いた表情をしていた。クレイの言っていたことは、おそらく夢のようなもので現実はしないと思っていたことだろう。それだけレントーク王国は公国から遠いところだ。間には王国が横たわり、簡単には行ける場所ではない。クレイは僕の言ったことの続きを期待している眼差しをしていた。これはまだ決定ではないから言うのは躊躇されることだが……。

 「クレイ、この話は公国内でも一部しか知らないことだ。しかも、実現できるかわからない。そのことに留意して話を聞いてくれ。現状、公国は王国との交戦状態であることは知っているな?」

 クレイは何を今更と言った表情で頷く。

 「正直に言うと、公国の戦力では王国に勝つことは難しいだろう。それだけ国力や戦力に差があるということだ。そのため直接的な戦争で勝敗を決するのは得策ではないと考えている。公国は王国からの攻撃を常に最大限の防御で耐えしのぐのだ」

 「それではいつしか王国に公国内を蹂躙されてしまうのではないですか?」

 「その可能性は否定できないな。そのためにも国力を増強していって、そうならないようにしなければならない。ただクレイの言う未来が訪れないとも限らないから別の策を考えている。それがレントーク王国だ」

 クレイはなぜレントーク王国の名前が出てくるのか分からないようだ。

 「ロッシュ様。私はレントークから離れているため現状認識は甘いですが、それでもレントークが公国に味方しても大した戦力にはならないと思いますが。精々、王国の背後を脅かす程度ですがそれも長くは持たないでしょう」

 僕は頷く。クレイの言っていることは正しいだろう。僕の手に入れている情報でもレントークの戦力は、公国よりやや劣る程度だ。それでは強大な王国に対抗することが出来ない。僕は話を少し変えた。

 「王国は強い。その強さの源は何だろうか?」

 「王国には歴史があり、そこには多くの民が暮らしています。将軍も多く、兵も精強です。食料についても王都周辺では大量に生産されていると聞きますし、それを武器に王弟は有力貴族を傘下に収め、強大な権力を手に入れています。そのため、内部分裂が起きにくいほどまとまりのある国家になっているということでしょうか」

 「その通りだ。それらがあるからこそ王国はこの大陸で覇を唱えることができるのだ。しかし、もっと足元を見るとどうだ?」

 「足元ですか? やはり食料でしょうか。食料がなければ王国から離れる人は絶えないでしょうから。それを生産しているのは……!!」

 「そうだ。生産しているのは亜人だ。しかも、人間至上主義が蔓延る王国では食料生産は人間の仕事ではないと言うものも少なくないそうだ」

 「なんと愚かなことでしょうか。しかし、公国に来る前はそのような扱いを受けていました。ですから簡単に想像できてしまうのが嫌です」

 レントーク王国の立ち位置がここまでの話でクレイにも飲み込め始めてきたようだ。僕が考えているのは、レントーク王国から王弟が支配する王国への亜人の供給を止めてもらうことだ。そうすれば、王国の土台である食料生産に大きな楔を打つことが出来る。弱体化も目に見えて起こるだろう。

 「それは良い考えですね。しかし、そのためには……」

 クレイの危惧していることは間違いなく起こる。レントーク内での内戦だ。現状、レントーク王国の王家は王弟に媚へつらうだけの存在だ。彼らを排除し、王弟に対抗する者たちにレントークを率いてもらわなければならない。さすがにクレイも王家の一人だけあって、嫌な顔をすると思った。しかし、クレイはさほど表情は変わらなかった。

 「それでレントークの民が救われるのであれば、王家を潰す仕事は是非私にやらせてください」

 「そう気張らなくていいと言っただろ? まだ先の話だし、レントークまでの道もまだ確保していない。まだまだ遠い未来の話だ」

 「それでもロッシュ様に感謝を申します。レントークの民を考えていただけていることを」

 僕はこれ以上何も言わなかった。正直に言えば、レントークの民についてはあまり考えていなかったからだ。僕が守るべきは公国の民だ。公国が王国からの厄災を防げれば、どんな手段でも使うつもりだ。その結果としてレントークの民達が救われるのならば、それに越したことはないが。

 土壁の上で長話をしてしまった。下ではオリバが暇そうに座り込んでいた。そろそろ降りてやらないとな。ちなみにオリバは高いところが苦手のようなのだ。城が出来たら最上階から地上を眺めさせようと思ったが難しいかもしれないな。

 僕はクレイと手をつなぎながら、土壁を降りていった。 
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