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第300話 祭り最終日 僕とシラーとオリバ

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 僕が祭りの会場に到着した時は催し物の殆どが消化されており、あとは酒や料理を楽しみながら皆で騒ぐだけということになっていた。オリバの模擬戦の歌が披露されており、方々論戦が巻き起こっていた。そのおかげか分からないが、ライルやニードを英雄視する者が続出し、観衆が二人に迫るという一幕もあった。しかし、祭りに参加していた兵たちが自発的に二人を守りに入ったことで大きな混乱もなかった。

 やはり、将軍というのは一種のシンボルとなるのだな。ライルとニード、イハサは住民たちから逃げるように祭り開催の本部に逃げ込み、そこで模擬戦の反省と称した飲み会が繰り広げられていた。そのため、本部の一角では男共の熱い宴が行われており、とても参加したいとは思えないものだった。

 僕達も祭りを回ろうとすると、ゴードンが僕達が離れることになった。

 「ロッシュ公。私は一足先に祭りを堪能してまいります。それでは!!」

 そういうと年齢からは考えられないほど軽快な足取りで人混みに紛れ込んでいった。さて、残されたシラーと共に祭りを見て回るか。そう思っていると、向こうからオリバがやってくるのが見えた。どうやら、僕達を見つけて近づいてきたようだ。

 「ロッシュ様にシラーさん。一体どちらにいらっしゃってたのですか? ずっとお見えになりませんでしたので、少し心配していたんですよ? それとも二人きりで……?」

 「そんなに思わせぶりに言わなくてもいい。ゴードンを探すために三村に行っていただけだ。なかなか面白いものを見れたのでここまで遅くなってしまっただけだ」

 オリバは頭巾から見える目が細く光り、本当かな? と疑いを向ける目を向けていた。

 「てっきり馬車の中で話していたことを実行しているものかと思っていましたよ。でも、まだなら、私は少し席を外していますね」

 そういうとオリバは本部に待っています、と言い残し、ゆっくりとした足取りで本部の方に向かった。僕はオリバの後ろ姿を見送り、シラーの方に振り向く。確かに今の機会が一番いい気がするな。僕はシラーを人気が少ない方に誘導して、座れそうな岩に腰掛けさせた。こういう時にベンチのようなものがあればいいのだが、急拵えの会場にそれを求めるのは酷なことだろう。

 「シラーには、これを渡しておこうと思っていたのだ」

 僕はそう言うと、カバンからアウーディア石が嵌め込まれた指輪をシラーに見せた。シラーからは、ああ、という言葉だけが漏れた。僕はシラーの左手を持ち上げ、薬指に指輪を滑り込ませた。指輪はすっと指に入り、石が輝き美しい光を放っていた。シラーは嵌められた指輪をそっと空を見上げるように覗き込んでいた。しばらくの間、シラーがその姿勢をしているのを僕は眺めていた。

 シラーは満足したのか手を下ろし、僕の方を真っ直ぐと見つめてきた。

 「ロッシュ様。この指輪を付けることをずっと夢に見ておりました。それが実現したことが未だ信じられません。本当にありがとうございます。これで私もロッシュ様……いえ、ご主人様の家族になれるのですね」

 その言い方を定着させるつもりなのか? まぁいいけど。

 「シラーにはこれからも僕と共に歩んで欲しいと思っている。これからも色々と巻き込まれることもあるだろうが、共に乗り越えていこう」

 シラーは、はい、と口にして僕はそっとシラーの顔に近づいた。唇と唇が合わさり、幸せな一時を経験した。その時、僕達の周りから一斉に拍手の嵐が起こったのだ。その中にはオリバの影も。まさか、オリバがこの者たちを集めたのか? そして、方々から祝福の声が大きく鳴り響いた。普段、人前ではあまり笑わないシラーもここばかりははち切れんばかりの笑顔になっていた。

 オリバがこちらに近づいてきて、僕達の前に立った。周りからは、吟遊詩人がなんでロッシュ公に近づいているんだ? とか、今近づくのは失礼だろ? とかの声が聞こえてきた。それでもオリバは全く気にする様子を見せず、衆人へ体を向けた。そのとき、オリバが被っていた頭巾をその場で取り払ったのだ。

 オリバの姿を見たものは僕達少人数だけだ。そのため、衆人はその容姿を見て驚くものがほとんどだった。僕は初めてオリバを見た時、美しさに目を奪われてしまったが、衆人はそうではないらしい。衆人は一歩、また一歩と後ずさりをする。これがオリバの容姿に対する衆人の素直な気持ちなのだろう。僕はオリバの後ろ姿を眺めているだけだから、どのような表情を浮かべているか分からない。

 そして僕の方を振り向き、オリバは一瞬シラーの方を見た。僕もそれに合わせてシラーの方を振り向くとなぜか一度頷いた。その瞬間、オリバの顔が急に近づいてきて、僕の唇を奪っていった。しかも、とても長い時間をだ。しかし不思議と僕はオリバに抵抗する気が起きなかった。ようやくオリバの顔が離れていく。その時初めて、呼吸を止めていたことに気付き、大きく深呼吸をした。

 衆人は後ずさりするのを止め、その光景をただただ見つめていた。そして、オリバは再び衆人の方に顔を向けた。

 「私はロッシュ様と……」

 オリバが何を言おうとしているのか一瞬で理解した。そのような事はオリバが言うべきことではない。僕はオリバを手を掴み、言葉を遮った。そして、再び僕とオリバを唇を合わせた。勢いでしてしまったが、ここまで来ては最後までやり通すしかない。顔を離すと僕はオリバの隣に移動した。

 「皆のもの。さぞかし驚いたものが多いだろう。こんな機会だから報告しておこう。まず、僕の後ろにいるのはシラーと言う吸血鬼だ。見ての通り、魔族だ。僕は彼女を妻に迎え入れることにした。恥ずかしいことだが、それを告白している時に皆に見られてしまったな」

 ただ、周りから魔族という言葉がすぐに浸透しなかった。シラーを魔族として認識してなかったものが多い印象だ。噛みしめるように徐々にシラーを魔族だと認識するものがゆっくりと広がっていくようだ。

 「魔族がロッシュ公の妻になるのか……」

 そんな声がぼそっと聞こえてきた。

 「僕の愛した女性が偶々魔族と言うだけのことだ。何も問題はあるまい。公国は、あらゆる種族を差別しないことを掲げて立ち上げた国家だ。それは皆も重々知っていることだろう。この際だから言うが、確かにここにいるシラーは、人間や亜人とは姿がやや異なる。しかし、それ以外は何ら変わらないのだ。そして、僕は人間だ。人間である僕が必ず魔族が人と異なる存在ではないことを証明しよう」

 静まり返る空間。誰も何も言えない状況だ。そんな中、誰かが大声を上げた。

 「ロッシュ公の言う通りだ。俺達は王国で差別され続けていた。だからこそ、差別のない公国に心を打たれて、ここにいるんだ。それなのに、魔族だからと差別していたら王国と同じになっちまう」

 「おお、その通りだ」

 そんな言葉があちこちから起こり、再び祝福の雰囲気が漂ってきた。僕は皆の気持ちに水を差したくなかったが、もう一人を紹介しなければならない。僕は皆が静かになるように手を上げた。

 「そして、もう一人を紹介しよう。彼女はオリバ。吟遊詩人と言ったほうが皆には馴染みがあるだろう。彼女の外見に恐れを抱くものもいるかも知れない。しかし、彼女もまた差別と戦っているのだ。皆に姿を見せないように頭巾で顔を覆わなければならない気持ちが僕には痛いほど分かる。しかし、彼女の強さは僕を惹きつけるものだった。僕は外見に囚われず、彼女の心に感銘を受けたのだ。だからこそ、僕は彼女を婚約者と迎え入れることにしたのだ。それを皆に伝えたいと思う」

 再び静寂に包まれる。これでオリバの願いである仲間達が救われるだろうか。オリバは僕の袖をさっきからぎゅっと握って離さない。オリバも内心ではここでの衆人の反応で仲間たちのこれからが決まると思い、不安なのだろう。

 すると、再び声が上がった。先程の声とは違うな。

 「すると、あの暗殺集団も公国に降ったってことか? オリバさんがロッシュ公の婚約者になるっていうのはきっとそういうことだろ? あの集団がこっちの味方と思ったら、これほど頼もしいことはないや」

 「おお、さすがロッシュ公。まさか、あの集団も傘下に加えてしまうとは」

 「確かによく見ると、これ以上ないほどの美しさだ。ロッシュ公の婚約者にはお似合いだな」

 そんな声があちこちから上がり始めていた。どうも事実とは違うことを言っているものが少なくないが、大した問題ではないだろ。今はそれでいいのだ。オリバという女性を皆が知り、理解することが重要なのだ。差別というのはそれほどに根強いものだと思えるのだ。亜人と人間とて未だに差別意識をなくせずにいる。お互いが理解するのには多くの時間が必要とするのだ。それでも不幸中の幸いと言うべきか、飢餓というのがきっかけとなり距離を詰める機会が多い。願わくば、これからの生まれてくる世代にはそのような差別がある環境で育ってくれないものだ。

 シラーとオリバについて発表をしたその場は熱狂的な騒ぎとなり、祭り会場から少し離れているのにも拘わらず熱気が渦巻いていた。なぜか、その場から皆は離れたがらず結局会場から酒やら食事やらを持ってきてもらい第二会場の様相で祭りが盛り上がった。

 僕とシラー、それにオリバも皆の中に混じり、多いに酒を酌み交わした。オリバは久しぶりに人前で頭巾を外していたからだろうか、いつにも増して笑顔が堪えずに皆と楽しそうに話していた。オリバのせいで予定は大いに狂ってしまったが、なんとも幸せな気分に浸ることが出来た。屋敷に戻ってからも三人で酒を酌み交わし、仲良く夜を過ごすことになった。正真正銘、オリバが僕と連れ添う女性となった夜だった。

 ちなみに僕達がいなくなってしまったので、祭りはゴードンが締めくくりをしたようだ。その時のゴードンは熱気を帯びており、祭りへの情熱を際限なく語ったと言う。
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