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第285話 南の地に出発

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 僕は一通の手紙を出した。今は北の街で責任者を務めているサリルに対してのものだ。内容は、錬金肥料を作るための倉庫を調達する命令だ。サノケッソの街は木材を多く取り扱っている産地だ。そのため、倉庫も巨大なものが多く、その一つを錬金肥料生産に割り当てるつもりだ。ただ、錬金は秘密が多く、外部に漏れれば悪用するものが出ないとは限らない。スタシャはあまり気にしていなかったが、用心はしておいたほうがいいだろう。

 更に、倉庫への警備兵を常駐させるように命令を加え、肥料の原料となる雑草の採取を住民に協力してもらうことをお願いした。これで、北の地については問題はないだろう。やはり、既存の建築物があるというのはこういう時の強みとなるな。問題は南の地だ。ちなみに南の地というのは、南の砦、近くの街、二村の事を指す。三村と一村が中央の地となり、新村・ラエルの街・村が東の地と言う。

 さて、問題となるのが南の地だ。南の地は、全てが新興の街や村で出来ているため、既存の建物が殆どない。住居も未だに十分な数が確保されておらず、砦の施設も最低限と言った感じだ。そうなると、倉庫が必要となる場合、新たに建築しなければならない。しかし、これから春の作付けで人が取られてしまうため、建築に多くの人を割くことは難しい。だから、僕が出向き、なんとか倉庫を作らなければならない。

 目的はそれだけではなく、南の地に貯水池と堤防の設置をする予定だ。またもや、シラーには働いてもらわなければならないのが心苦しいところだ。昨夜の疲れがようやく抜けた昼頃、僕はエリスの昼食を早めに食べて出発することにした。同行は、シラーのみとなった。シェラにも来てもらいたかったが、移動手段がないためお留守番だ。もちろん、ハトリも一緒だが、陰ながらという方針は崩したくないらしいので、そっとしておくことにしてある。

 僕達は、まず新村に向かうことにした。クレイを置いてくるためだ。クレイの仕事病には困ったものだ。出来ればもう少し休んで体を労って欲しいな。ただ、僕がそれを言うと逆に返されそうなので黙ってはいたけど。

 新村に到着したときには、クレイは疲労困憊といった様子でヨロヨロとしながら司令室のある屋敷に向かっていった。今では風通しが良くなったのか、新村の住民が屋敷に向かっているのをよく見かけることがあった。クレイは随分と新村の住民から頼られるようになったのだと思った。さてと、南の地に向けて出発しよう、と思ったら大声で僕を呼ぶ声が聞こえた。声のする方向を向くと走ってくる男の影が。どうやら、船大工のテドのようだ。

 「ロッシュ様。ここでお会い出来てよかったです。実は、新造船が完成したのでそれを報告に上がろうと思っていたところなんですよ。一応、ロッシュ様に言われたとおりに漁船に特化した作りにしてみました。これから見に来てはくれませんか?」

 それは興味深いな。南の地には急がねばならないが、少しくらいならいいだろう。僕達はテドと共に造船所に向かった。船工房という名称も嫌いではないが、大型船をも手がけられる場所には造船所と呼んだほうがいい気がするのだ。

 造船所に到着した。なるほど、目の前に大きな船が台座に乗って整備が行われている。それが二隻もあるのだ。これが限界だとテドは嘆いていたが、僕からすれば同時に二隻、しかも大きな船だ、不満があるわけがない。しかし、余力があるならば、造船所を拡張してもいいとは思うが。

 「そうしたいのは山々なんですが。やはり、船大工の人員が明らかに足りませんから。もうちょっと育成に力を入れて数年でこの造船所をもう一つ作りたいと考えています。その時はよろしくおねがいしますね。ロッシュ様」

 僕は頷いた。海運は公国にとっては一大事業だ。これの成功は物流を大きく変えることに繋がる。そういえば、いいものを持っていたな。僕は鞄から巻物を取り出し、それを手渡した。その巻物を見て、テドはすぐに内容がわかったようで、船頭のチカカを呼び出した。そして、テドは巻物をチカカに手渡した。

 「ロッシュ公。これを一体どこで? いや、聞かないほうがいい。そうではないな。どうでもいいことなのだ。この航路図が手に入れば、私達はどこへだって行けるんだ!!」

 チカカの熱の入り様は異常なほどだ。しかし、船頭というのはこういうものなのだろう。僕は、新村から三村までの航路の開拓をチカカに依頼した。テドに引き続き、造船を行ってもらうことをお願いして、僕達は南の地に向け出発した。ちらっと、船で三村まで行けないかと考えたが、船は一隻しかないし、いくら航路図があったとしても危険性は高いだろうと思い諦めた。早く、乗りたいものだな。

 南の地の中心である街まではここから100キロメートルほどの場所だ。普通なら二泊はしたいところだが……僕はハヤブサに、行けるか? と聞くと、当然とばかりに応えた。シラーも大丈夫そうだ。僕はハヤブサに命じると、すごい勢いで駆け始めた。

 途中何度か休憩をはさみながらも、なんと三時間ほどで街まで到着してしまった。さすがのシラーも疲れた表情をしていた。僕が心配そうな顔をしたら、シラーは息を整えて、大丈夫です、と言ってくれた。とはいえ、疲れは溜まっているはずだ。まずは街での僕の宿となっている屋敷に向かった。そこなら、一部屋くらいなら使えるだろう。

 僕とシラーが屋敷に向かって歩いていると、僕を発見した誰かが街の責任者代行であるロドリスに連絡をしてくれたみたいだ。しかし、随分と街並みが整ってきたな。街には大通りと呼ばれるものが出来上がっており、それを中心に街並みが広がっている。高台から見下ろせば、それは素晴らしい街になっていることだろう。まだ、建物が掘っ立て小屋のような作りであるため、みすぼらしさは否定できない。僕達が屋敷に着く頃にはロドリスが待機して待っていてくれたのだ。

 「ロッシュ公。急な来訪でお迎えも出来ずに失礼しました。まずは道中お疲れでしょうから、中に入ってお寛ぎください。ここはロッシュ公の定宿として使われることは街の総意でございますので、自宅と思って街においでの際にはご利用ください」

 それはありがたい。いちいち、宿を探すのは手間だからな。かといって、僕が泊まれるような場所はこの屋敷くらいしかないからな。僕はロドリスの案内で屋敷に入った。急な来訪にも拘わらず、中は綺麗に整理整頓されており、常に掃除が行われているような感じがあった。僕達は応接室に通された。まずは話をしようということなのだろう。

 「シラーは、部屋に戻って少し休んでくるといい。僕はロドリスとこれからについて話し合いをしたいから」

 「分かりました。言葉に甘えて、少し休ませてもらいます。ただ、勝手に外出だけはしないでくださいね」

 僕は頷き、シラーが部屋から出るのを見送った。ロドリスにソファーに座るように促し、僕も座った。

 「ロドリス。まずは礼を言おう。この街をこれほどまでに発展させたことに感謝している。最初はただの平原であったことが想像できないほどだ」

 「滅相もございません。皆が一丸となって、街作りに協力してくれたからでございます。それも公国、いやロッシュ公に感謝があればこそです。お褒め頂けるのでしたら、是非とも領民にそのお言葉をかけてくれれば幸いです」

 ふむ。ロドリスも随分と舌が回るようになったな。何も言い返せなくなってしまったな。

 「そうさせてもらおう。それで、今回の目的だが堤防と貯水池の設置をしつつ、錬金肥料の工房の建設を行いにやってきたのだ」

 「堤防と貯水池については、よく聞き及んでおります。ロッシュ公の偉大な魔法で行われるとか。私も目の当たりにしたいものです。しかし、錬金肥料というのは聞いたことがありませんな。一体、どのようなものなのですか?」

 僕は錬金肥料について、かいつまんで説明した。といっても、なかなか理解されず、最後に畑に使うと作物がよく育つのだ、というだけで必要性はよく分かってくれたようだ。

 「そんな素晴らしいものがあるとは。ロッシュ公の叡智には恐れるばかりです。それで、どのような工房をお作りになられるのでしょう。正直に言いまして、すでに春の作付け計画を立てまして、住民の殆どに仕事を割り振ってしまったために、建築にあてられるほどの余剰の人員がいないのです」

 それについては、重々承知している。それに、春の作付けの人員を奪い取るようなマネはするつもりはない。僕には考えがあるのだ。しかし、それにはこの辺りの地理に詳しいロドリスの知恵を借りなければならない。僕はロドリスに相談をして、工房を建設する場所を決めることにした。

 ロドリスは頭をひねって悩んでいたが、思い当たる場所が一つあります、と答えてくれた。
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