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第259話 北進
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忍びの里の長老は、僕達を受け入れて、直近の王国の動きについて報告をしてくれた。長老の話にはわからないことも点々とあったが、その都度説明を求め、ようやく話の道筋が分かってきた。
王国は、現在食料生産を王都周辺に限定して行っている。正確には王都以外の土地の荒廃が著しいため、食料生産に適さなくなってきているというのだ。そのため、王国内の貴族や諸侯達は王国の食料にほぼ依存している状態にある。僕としてはその点が疑問だった。王国が諸侯に食料を分配する義務はないはずである。本来であれば、領地を任されている貴族がその領土を運営できない時は、王国に領土を返上するはずである。
しかし、現状を見れば、王国は周辺貴族に貴重な食料を何の見返りも求めずに支援しているように見えるのだ。その点については、王弟が無理矢理に権力の座に就いたことによる歪な権力構造に起因しているらしい。現在、王国の兵力は単体で見れば王国直轄の軍が圧倒的に多いが、全体で見ると周辺諸侯の兵力が全体の七割に登る。これは、第一王子が王国軍を分裂させ、消耗を繰り返したことで直轄軍の兵が著しく減少したことからだ。
さらに、王弟に対して王都では表面上だけ忠誠を誓っているものが多くいて、王弟の権力は揺るぎないものとはいい難いのであった。そのため、周辺諸侯の協力を仰ぎ、王都を押さえ込む以外に方法はなかった。そのため、王弟は食料を周辺諸侯に配り味方するように唆した。周辺諸侯は、不足している食料を餌にされたのでは否とはいえず、仕方なく王弟に従ったふりをし続けた。しかし、僕が聞いた話は王弟が王の権力を掌握した直後から数年の話。直近では状況は一変する。
王弟の悩みの種は、王国の力関係では王国直轄軍が弱いことにある。そのため、王弟は諸侯にイルス領を攻略することを提案し、命令を下した。諸侯としても、イルス領には食料が豊富であるという噂を聞いて飛びつかないわけがない。諸侯は精鋭を引き連れ、イルス領に侵攻を開始した。もちろん、王国直轄軍も参戦している。
結果はイルス領の手痛い反撃を受け、王国直轄軍と周辺諸侯軍の兵は著しい損害を受けたのだった。しかし、両者の差はその後に如実に現われる。王国は食料を掌握しているのだ。当然、軍の立て直しは圧倒的に王国軍のほうが早い。諸侯軍は軍の立て直しが上手くいかず、兵は王国軍に流れてしまう始末。追い打ちを掛けるようにガムド領の離反が続き、ついに、王国軍は諸侯軍より優位に立つことになったのだ。
そうなるや、王弟はもっとも力を持っている北部諸侯の切り崩しを始めたというのだ。その作戦のために南部に王国軍の集中させ、北部諸侯の油断を誘う作戦を始めたらしい。ここまでが忍びの里が集めた情報だ。
ここからは予想となるが、今回の作戦で王国軍は本格的に北部の切り崩しを始めるのではないかというのだ。そのきっかけはやはり公国にあるみたいだ。公国は弱小な勢力であるにもかかわらず、二度も王国軍を退け、勢力を未だ拡張を続けている。そのような勢力と隣接している王国が脅威に感じないはずはない。
王国を再び一つにまとめ上げるために、王弟は周辺諸侯を潰し王国を完全に一つの国にしようとしているのではないかというのだ。僕はこの話を聞いて、王弟が北部諸侯を攻める理由は公国に親和的であることがあるのではないかと思っている。つまり、公国の勢力が拡大すれば、確実に最初に離反するのは北部諸侯だろう。そういう気配があるからこそ、王国は北部諸侯に対して食料支援を施しているのだ。
しかし、まさか王国軍が味方を攻撃を始める可能性があるとは想像もつかなかった。そうなると、北部諸侯をこちらとして応援してやるほうがこちらにとっては利する部分が多い。北部に関しては、王国と公国の間には北部諸侯が支配地域が広がっている。つまり、公国から見れば緩衝地帯になるのだ。その地域を王国に牛耳られるのは望ましい形ではないだろう。
僕は、忍びの里の諜報能力の余力を聞き出すと、新規に諜報員を送ることは可能であるらしい。そうであるならば、北部諸侯に送ってもらいたいな。
「長老も分かっていると思うが、公国はなるべく王国との戦は避けたいと考えている。単純に兵力差でこちらが甚大な被害を受けるからだ。今は決戦を避けなければならない。そのためにも、北部諸侯をこちらの味方に引き込みたいと考えている。そこで、北部諸侯に諜報を送り、誰がこちらの味方に付くことに積極的なのかを調べてきてほしいのだ」
「私も今、戦争を避けるのは賛成ですな。それでは北部諸侯にも諜報を送り込みましょう。ただ、諜報活動を円滑にするために自由に配れる食料を預けてもらいたいのです。昔でしたら、金子でなんとなるのですが、今は何の意味もありませんからな。食料が一番効果です」
ほお、そういうものか。しかし、食料を配り歩くというのはなかなかおもしろい光景だな。僕は、頷き、自由に扱える食料を備蓄から出すように指示を出す手紙を長老に託した。長老はその手紙を頭の上に頂き、感謝を告げてきた。
「本当にロッシュ殿と出会えてよかった。我らの今までの訓練が無駄にならなかった。本当にありがとうございます。ハトリは才があっても未熟者。迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします」
僕は、もちろんだ、と声をかけ長老を交えて、食事を済まし、僕達は再び北進を続けた。次の目標は温泉街だ。忍びの里からは坑道での移動となる。はっきり言って、屋外の街道より広く走りやすい。地面も均されており、早さが増す。そのおかげで、忍びの里から温泉街まで30キロメートルほどだが、一時間もかからずに到着した。
温泉街に到着すると、辺りが湯気に囲まれて独特な匂いが周囲に立ち込めている。ミヤはその匂いにいい顔はしなかったが、すぐに温泉街に作られた別荘に向かった。僕も温泉に浸かりたいところだが、ここの責任者に会わなければならない。僕はミヤとシラーには温泉に先に浸かっているように言うと、二人は物欲しそうにじっとこちらを見つめてきたのだ。分かっているのだが、本当に大丈夫なのか?
ミヤとシラーは何度も小さく頷くと、僕は諦めたかのように鞄から酒を取り出した。ミヤはこのために付き合ってくれたんだもんだ。流石に我慢させるのは酷だ。僕は公国のために行動しているが、ミヤやシラーは決して公国のためだけに行動することはない。僕と自分が一番大切なのだ。だから、ここで酒を出さなければ、ミヤはこの先、公国のために僕が頼みごとをしてもへそを曲げてしまうだろう。それはシラーも同じだろう。
僕は樽を二人で持ちながら別荘付きの温泉に行く二人の後ろ姿を見つめてから、責任者がいる建物に向かった。ここには、僕が来ることは知らせていないので驚かせてしまうかも知れないな。僕が建物に向かうと責任者を見つけることが出来た。
責任者は僕を見つけ駆け寄ってきた。
「出迎えもせずに申し訳ありませんでした。本日はお忍びでのお越しなのでしょうか?」
僕がお忍びでここを利用することがあるのだろうか? ふと、考えても見たが思いつくわけがない。僕には綺麗で器量のいい妻達がいるのだ。
「いや、北の街サノケッソに向かう途中で立ち寄らせてもらっただけだ。今日か明日には旅立つつもりだから、お構いは無用であることを伝えに来ただけだ。それで何か変化はあったか?」
「畏まりました。変化は特にありません。湯量も豊富です。そういえば、温泉の上流の方に向かったのですが一面黄金を見つけることが出来ました。ただ、匂いが凄いため、近づくことが出来なかったのですが」
黄金? これが時代が変わればものすごい報告だろうが、おそらくそれは黄金ではないだろう。火山地帯によく見られる物質。硫黄だろう。色も鮮やかな黄色だし、勘違いしても仕方がないことだろうが。しかし、硫黄か。いいものを手に入れられたかも知れない。僕が思うに、村近辺では変わった症状を出す作物が出ることがある。もしかしたら硫黄の欠乏が原因かも知れない。まぁ、この辺りは試してみるしかないが。
僕は責任者に仕事の続きをしてもらい、僕は別荘に戻り、温泉に直行した。僕は飛び込むように温泉に浸かると大きく息を吐いて一息つく。やはり、気持ちがいいものだな。外は未だ寒いせいで湯けむりがすごいな。周囲が全く見えない。僕が空を見上げていると、離れた場所から声がしてきた。ミヤとシラーか。僕は二人の声がする方に行くと……そこには猿がいた。
二人と一匹の猿が仲良く酒を飲んでいた。猿って温泉が似合うんだなと初めて思って瞬間だった。その後、三人で心ゆくまで温泉に浸かり、その後の流れで疲れは癒せなかったが、心は癒やすことが出来た。
結局、一泊してしまった。僕達は急ぎ支度をして、北の街へと向かっていった。
王国は、現在食料生産を王都周辺に限定して行っている。正確には王都以外の土地の荒廃が著しいため、食料生産に適さなくなってきているというのだ。そのため、王国内の貴族や諸侯達は王国の食料にほぼ依存している状態にある。僕としてはその点が疑問だった。王国が諸侯に食料を分配する義務はないはずである。本来であれば、領地を任されている貴族がその領土を運営できない時は、王国に領土を返上するはずである。
しかし、現状を見れば、王国は周辺貴族に貴重な食料を何の見返りも求めずに支援しているように見えるのだ。その点については、王弟が無理矢理に権力の座に就いたことによる歪な権力構造に起因しているらしい。現在、王国の兵力は単体で見れば王国直轄の軍が圧倒的に多いが、全体で見ると周辺諸侯の兵力が全体の七割に登る。これは、第一王子が王国軍を分裂させ、消耗を繰り返したことで直轄軍の兵が著しく減少したことからだ。
さらに、王弟に対して王都では表面上だけ忠誠を誓っているものが多くいて、王弟の権力は揺るぎないものとはいい難いのであった。そのため、周辺諸侯の協力を仰ぎ、王都を押さえ込む以外に方法はなかった。そのため、王弟は食料を周辺諸侯に配り味方するように唆した。周辺諸侯は、不足している食料を餌にされたのでは否とはいえず、仕方なく王弟に従ったふりをし続けた。しかし、僕が聞いた話は王弟が王の権力を掌握した直後から数年の話。直近では状況は一変する。
王弟の悩みの種は、王国の力関係では王国直轄軍が弱いことにある。そのため、王弟は諸侯にイルス領を攻略することを提案し、命令を下した。諸侯としても、イルス領には食料が豊富であるという噂を聞いて飛びつかないわけがない。諸侯は精鋭を引き連れ、イルス領に侵攻を開始した。もちろん、王国直轄軍も参戦している。
結果はイルス領の手痛い反撃を受け、王国直轄軍と周辺諸侯軍の兵は著しい損害を受けたのだった。しかし、両者の差はその後に如実に現われる。王国は食料を掌握しているのだ。当然、軍の立て直しは圧倒的に王国軍のほうが早い。諸侯軍は軍の立て直しが上手くいかず、兵は王国軍に流れてしまう始末。追い打ちを掛けるようにガムド領の離反が続き、ついに、王国軍は諸侯軍より優位に立つことになったのだ。
そうなるや、王弟はもっとも力を持っている北部諸侯の切り崩しを始めたというのだ。その作戦のために南部に王国軍の集中させ、北部諸侯の油断を誘う作戦を始めたらしい。ここまでが忍びの里が集めた情報だ。
ここからは予想となるが、今回の作戦で王国軍は本格的に北部の切り崩しを始めるのではないかというのだ。そのきっかけはやはり公国にあるみたいだ。公国は弱小な勢力であるにもかかわらず、二度も王国軍を退け、勢力を未だ拡張を続けている。そのような勢力と隣接している王国が脅威に感じないはずはない。
王国を再び一つにまとめ上げるために、王弟は周辺諸侯を潰し王国を完全に一つの国にしようとしているのではないかというのだ。僕はこの話を聞いて、王弟が北部諸侯を攻める理由は公国に親和的であることがあるのではないかと思っている。つまり、公国の勢力が拡大すれば、確実に最初に離反するのは北部諸侯だろう。そういう気配があるからこそ、王国は北部諸侯に対して食料支援を施しているのだ。
しかし、まさか王国軍が味方を攻撃を始める可能性があるとは想像もつかなかった。そうなると、北部諸侯をこちらとして応援してやるほうがこちらにとっては利する部分が多い。北部に関しては、王国と公国の間には北部諸侯が支配地域が広がっている。つまり、公国から見れば緩衝地帯になるのだ。その地域を王国に牛耳られるのは望ましい形ではないだろう。
僕は、忍びの里の諜報能力の余力を聞き出すと、新規に諜報員を送ることは可能であるらしい。そうであるならば、北部諸侯に送ってもらいたいな。
「長老も分かっていると思うが、公国はなるべく王国との戦は避けたいと考えている。単純に兵力差でこちらが甚大な被害を受けるからだ。今は決戦を避けなければならない。そのためにも、北部諸侯をこちらの味方に引き込みたいと考えている。そこで、北部諸侯に諜報を送り、誰がこちらの味方に付くことに積極的なのかを調べてきてほしいのだ」
「私も今、戦争を避けるのは賛成ですな。それでは北部諸侯にも諜報を送り込みましょう。ただ、諜報活動を円滑にするために自由に配れる食料を預けてもらいたいのです。昔でしたら、金子でなんとなるのですが、今は何の意味もありませんからな。食料が一番効果です」
ほお、そういうものか。しかし、食料を配り歩くというのはなかなかおもしろい光景だな。僕は、頷き、自由に扱える食料を備蓄から出すように指示を出す手紙を長老に託した。長老はその手紙を頭の上に頂き、感謝を告げてきた。
「本当にロッシュ殿と出会えてよかった。我らの今までの訓練が無駄にならなかった。本当にありがとうございます。ハトリは才があっても未熟者。迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします」
僕は、もちろんだ、と声をかけ長老を交えて、食事を済まし、僕達は再び北進を続けた。次の目標は温泉街だ。忍びの里からは坑道での移動となる。はっきり言って、屋外の街道より広く走りやすい。地面も均されており、早さが増す。そのおかげで、忍びの里から温泉街まで30キロメートルほどだが、一時間もかからずに到着した。
温泉街に到着すると、辺りが湯気に囲まれて独特な匂いが周囲に立ち込めている。ミヤはその匂いにいい顔はしなかったが、すぐに温泉街に作られた別荘に向かった。僕も温泉に浸かりたいところだが、ここの責任者に会わなければならない。僕はミヤとシラーには温泉に先に浸かっているように言うと、二人は物欲しそうにじっとこちらを見つめてきたのだ。分かっているのだが、本当に大丈夫なのか?
ミヤとシラーは何度も小さく頷くと、僕は諦めたかのように鞄から酒を取り出した。ミヤはこのために付き合ってくれたんだもんだ。流石に我慢させるのは酷だ。僕は公国のために行動しているが、ミヤやシラーは決して公国のためだけに行動することはない。僕と自分が一番大切なのだ。だから、ここで酒を出さなければ、ミヤはこの先、公国のために僕が頼みごとをしてもへそを曲げてしまうだろう。それはシラーも同じだろう。
僕は樽を二人で持ちながら別荘付きの温泉に行く二人の後ろ姿を見つめてから、責任者がいる建物に向かった。ここには、僕が来ることは知らせていないので驚かせてしまうかも知れないな。僕が建物に向かうと責任者を見つけることが出来た。
責任者は僕を見つけ駆け寄ってきた。
「出迎えもせずに申し訳ありませんでした。本日はお忍びでのお越しなのでしょうか?」
僕がお忍びでここを利用することがあるのだろうか? ふと、考えても見たが思いつくわけがない。僕には綺麗で器量のいい妻達がいるのだ。
「いや、北の街サノケッソに向かう途中で立ち寄らせてもらっただけだ。今日か明日には旅立つつもりだから、お構いは無用であることを伝えに来ただけだ。それで何か変化はあったか?」
「畏まりました。変化は特にありません。湯量も豊富です。そういえば、温泉の上流の方に向かったのですが一面黄金を見つけることが出来ました。ただ、匂いが凄いため、近づくことが出来なかったのですが」
黄金? これが時代が変わればものすごい報告だろうが、おそらくそれは黄金ではないだろう。火山地帯によく見られる物質。硫黄だろう。色も鮮やかな黄色だし、勘違いしても仕方がないことだろうが。しかし、硫黄か。いいものを手に入れられたかも知れない。僕が思うに、村近辺では変わった症状を出す作物が出ることがある。もしかしたら硫黄の欠乏が原因かも知れない。まぁ、この辺りは試してみるしかないが。
僕は責任者に仕事の続きをしてもらい、僕は別荘に戻り、温泉に直行した。僕は飛び込むように温泉に浸かると大きく息を吐いて一息つく。やはり、気持ちがいいものだな。外は未だ寒いせいで湯けむりがすごいな。周囲が全く見えない。僕が空を見上げていると、離れた場所から声がしてきた。ミヤとシラーか。僕は二人の声がする方に行くと……そこには猿がいた。
二人と一匹の猿が仲良く酒を飲んでいた。猿って温泉が似合うんだなと初めて思って瞬間だった。その後、三人で心ゆくまで温泉に浸かり、その後の流れで疲れは癒せなかったが、心は癒やすことが出来た。
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