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第233話 視察の旅 その37 不思議な集落

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 温泉の休憩所を作らせているガムド達の建築熱が異常な高まりを見せ、元々は三箇所の温泉施設を作るだけで終わるはずだったのが、宿泊施設まで作られていた。ガムドが言うのに木材や石材が余っていたので、と言っていたが、余力でやるような仕事ではない。宿泊施設は、全三棟あり、その全てが倉庫然とした感じの外観だが、中は三階建てになっており、数人程度が宿泊できる部屋が相当数用意されていた。それが三棟分。ガムドは一体、ここをどういう場所にしようとしているのだろうか。

 「ロッシュ公。温泉というのは素晴らしいものですな。疲れは癒やされるし、なによりも温泉に浸かりながらの酒が格別で。これを是非とも公国中のものに伝えたいものですな。いやぁ、ここが人で溢れかえるのが待ち遠しいです」

 ガムドも温泉の魅力の虜になってしまったわけか。それならば、仕方ないな!! といいたいところだが、そうも言っていられない。なぜなら、この温泉地はサノケッソの街からもラエルの街からも遠く離れた陸の孤島。とても気軽に来れる場所でもないし、管理者もいないのだ。僕も勢いで作ってしまったこの温泉街と言ってもいい場所をどうするか、本気で頭を悩ませているところだ。

 街道整備は必要としても、やはり管理者だ。どんな建物でも管理をしなければ、すぐに痛みが出てしまう。ここまで皆が一生懸命作ったものを無下にするわけにはいかないからな。こういうときは、ガムドに相談してみよう。

 「私もそこまで考えが至りませんでした。たしかにロッシュ公の言うとおりですな。我々の中からこの温泉街の管理をするものを募集してみましょう。この場所をロッシュ公が捨てないとおっしゃっていただければ、募集に応じるものがいるはずです」

 僕はかなり不安を感じていた。やはり、こんな僻地に残されるのは嫌なものである。募集に応じる人が何人いるか、一人でもいればいいのだが……しかし、僕の想像はいい意味で裏切られた。なんと、募集には百名程度の人が応じてきたのだ。そのどれもが温泉の虜になってしまった者たちで、実はガムドもその一人になりかけていたらしい。なんとか、トニアに説得されて正気に戻ったみたいだが。

 募集に応じてくれるのは嬉しいのだが、相当な温泉好きであれば、ここは天国となり得るのだろうか? 僕にはよくわからない気持ちだった。とりあえず、募集に応じてくれた百名をここの管理人とすることにし、代表者を選出し、そのものにこの地を託すことにした。効果があるか分からないが、アウーディア石を僕の別荘に保管することにした。

 僕は、今日の晩を最後の晩にして、明日出発することを皆に告げた。すると、管理人の代表者から僕が不在の間に家具を作りたいと言ってきた。それはそうだろう。彼らもこれからここで生活をしなければならない。最低限の家具くらいは欲しいだろうな。僕は了承をして、森から切り出した木材とシラーが用意した石材を残していき、さらに魔法の鞄からありったけの綿糸と綿を取り出し、大工道具一式、裁縫道具、狩りをするための道具など生活に必要そうなものを一通り置いていくことにした。

 食料も百人が一ヶ月ほど食べられる量を置いていくことにした。この周辺で食料を調達することは難しいだろう。考えられるのは、かなり戻った湖くらいだ。とはいえ、ずっと食べ続けられるものではない。そうなると、一ヶ月以内にこの場所への物流を構築しておかなければならないな。ここからラエルの街まで一週間はかかるだろう。そう考えると、余裕はあるはずである。

 僕達は温泉街での最後の夜を過ごし、数日温泉に浸かったことで見違えるほど肌が美しくなったシェラとシラーと最後の夜を過ごし、ラエルの街に向け出発することになった。女性陣達があいかわらず荷馬車の隅に座っていた。僕が確認のために荷馬車を覗き込むと、ティアが僕に話しかけてきた。

 「ロッシュ様。ロッシュ様はすごいですね。こんな素敵な場所を短時間で作ってしまうなんて。お母様なんて、ずっと温泉に浸かっていたんですよ。そのおかげで肌もこんなにきれいになっちゃって。温泉がここまでいいものだなんて知りませんでした。これからももっと勉強させてください」

 僕は頷いて、感心していた。ティアの学び取ろうとする姿勢は本当に素晴らしいことだ。この精神が公国の子どもたちに伝われば、きっとおもしろい国になっていくだろうな。トニアも温泉街との別れが惜しそうな表情を浮かべていた。

 「ロッシュ公。是非とも、再びここに来られるようにしてください。温泉なしでは生きてはいけない体になってしまったかも知れません。肌が若返ったようで、夫もあんなに頑張ってくださいましたから」

 トニアが意味深にお腹を擦るような動作をしていたが、僕は見てみぬふりをした。ティアが少し顔が赤くなっているところを見ると、どうやらトニアが何を言っているのかが分かっているのだろう。うん、ちょっと気まずい雰囲気になってしまったが、トニアは気にすること無く自分の世界に入り込んでいるようだ。僕は、これからの予定を簡単に告げ、荷馬車から離れた。

 僕とシラーとで、温泉街が開発されている間に随分と坑道は掘り進められていた。途中、小さな鉱脈があったので採掘をしていたため、思ったよりは進められなかったが、坑道の途中に空間を作り、鉱物が山のように積まれている。いずれ、この辺りも開発をするようになるだろう。その時のためにここに備蓄しておいてもいいだろう。

 僕達は、坑道の続きを掘り進めることにした。この坑道が温泉街への物流の経路になることになったので、更に道幅を広くし、将来崩落が起こりそうな場所をシラーに指摘してもらい補強しながらの行動になったため、遅い動きとなってしまった。

 温泉街から20キロメートルほど坑道を掘っていくと、ボコッと聞いたことのある音が響いた。案の定、外に繋がったようだ。日が差し込み、僕は眩しい光に目を眩ましながら、外に出てみようとした。しかし、足を出しても地面を踏む感触がなかった。どうやら、足の踏み場のない崖の中腹だったみたいだ。なんとか、体を坑道の方に戻して、再び顔だけを外に出して周囲を伺うことにした。

 青空と山々が連なっている雄大な風景が広がっている中、眼下を見下ろすと不思議な、というかありえない風景が広がっていた。山と山に囲まれて本当に小さな開けた土地に家々が立ち並び、人が行き来している姿が見られたのだ。しかし、道らしい道はなく、どのようにして暮らしているのか全く理解できない様な場所だった。

 人はそれなりにいるだろうか。遠目のため、的確な情報を得ることが出来ない。とりあえず、接触するにしろ、回避するにしろ、ガムドに相談したほうがいいだろう。ガムドに相談すると、ガムドも崖から顔を覗き込み、眼下の様子を見ていた。

 「なるほど。確かに人がいますな。しかも、かなりの人数がいると見えますな。ここは、ラエルの街から見てもかなり近い場所となります。そのような場所に敵味方か分からない集落を放っておくことは好ましいとは言えないでしょう。まずは斥候を送り出し、情報を収集してみてはいかがですか?」

 ガムドの意見には一理あるな。たしかに、ラエルの街付近でそれなりの勢力の集団を放置する事は後に不安を抱える可能性がある。この勢力の規模であれば、今、同行してもらっている戦力でなんとかなるだろう。僕は斥候を送り出すことを許可を与え、その者が戻るまで、拠点を構え待機することにした。

 数時間で戻るはずの斥候は、一日経っても戻ることはなかった。
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