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第212話 視察の旅 その16 北への出発前日

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 僕達は長く滞在した二村を離れ、ゴードンに会うために街に向かうことにした。僕は開発で忙しいので見送りを断ったのだが、どうしてもと言うのでマッシュの好意に甘えることにした。僕とシェラ、シラー、それと自警団は、着実に進む二村の開発風景を見ながら、街道を西へと移動していった。まだ、冬の寒さは残っているが、着実に春に向かっている気配を感じる季節になってきた。この辺りは、村に比べて南に位置するため、雪解けが早く、雪はほとんど残っていない。

 雪解けの水が方々に残っていて、道がぬかるんでいる。そのせいで、馬車がぬかるみに嵌って動けなくなることが度々あった。この街道、道が広くていいんだけどな。せめて、排水口くらいはあってほしいものだな。開発が一段落付いたら、道普請を街道沿いの村や街に提案してみるか。久々に長閑な時間を過ごせている気がするな。

 ゆっくりと進んでいたせいで、街に到着したのが夕方近くになってしまった。すぐにゴードンと会う手筈を整えてもらって、いつもの建物に入ることになった。数日しか泊まっていないはずなのに、なぜか家に帰ってきたような感覚になるのが不思議だな。街へはこれからも頻繁に足を運ぶことになるだろう。ここを街での定宿にしてもいいかもしれないな。ゴードンに相談してみよう。

 そんなことを考えながら、荷を解き、寛いでいるとゴードンがやってきたと知らせが入ってきた。応接室に通してもらい、シラーにコーヒーの用意をさせてから僕もゴードンに会いに向かった。

 「ロッシュ公。長旅、ご苦労様でございました。私の耳にも三村でのご活躍は聞いておりますぞ。なんでも、地下水を浄化したとかで、信じられぬことをなさいましたな。さすがはロッシュ公ですぞ」

 あいかわらず、ゴードンは褒め言葉が上手いな。つい、煽てられてしまう。僕が照れ笑いをしていると、シラーがコーヒーを持って入ってきた。シラーの姿を見て、ゴードンはびっくりした様子だった。

 「驚いて申し訳ありませんでした。たしか、シラーさんとおっしゃいましたか? いるとは存ぜず、恥ずかしながら驚いてしまった次第で。こちらにはどういった御用で?」

 ゴードンはシラーと会話をしようとしていたみたいだが、シラーにその気はないらしく、ただの護衛です、と一言返事をしただけだった。これには、ゴードンも困ったような顔をして僕の方を見てきた。シラーはなぜ、僕以外の人には素っ気ないんだ? いや、シェラにはそんなことはないか。よく分からない。

 「シラーはな、ミヤの代わりに僕の護衛に入ってもらっているんだ。もちろん、シラーの実力は僕がよく知っているつもりだ。彼女に不足はないから心配するな。それに土魔法も使えるし、とても役に立っているんだ」

 「ほお、土魔法を。それならば、開拓に是非、力を貸してもらいたいものですな。どうですかな? シラーさん」

 シラーは、お断りします、と答えたのみだった。ただ、と付け加えて、ロッシュ様のご命令ならば、どんなことでもやらせてもらいます、と言っていた。これにはゴードンもニヤけ顔になって、こちらを見てきたのだ。何を考えているか分からないでもないが、一応、ハッキリと言っておいたほうがいいだろうな。

 「ゴードンには言っておくとだな。シラーは成り行きで、僕の婚約者候補になったのだ。シラーとはこれから旅をする間に、結論を付けるつもりだが、僕は前向きに考えているつもりだ」

 僕がそういうと、シラーは驚いたような顔をして、こちらを勢い良く振り向いていた。その後、すぐに嬉しそうな顔をしていた。

 「ロッシュ様がそのように考えていてくださるとは……とても嬉しいです。私も、ずっとロッシュ様と共にいたいと思っています」

 このやり取りを見ていたゴードンは笑っていた。

 「ホッホッ。これは、お熱いですな。旅の間ではなく、すでに結論が出ているようで。いやはや、おめでとうございます。私が言うのもどうかと思いますが、ロッシュ公が決められたお相手です。公国の民を代表して、シラーさんを歓迎しますぞ」

 すると、今まで素っ気なかったシラーだが、ゴードンの言葉が余程嬉しかったのか、少し涙を目を溜めながら、ありがとうございます、と小さなことでお礼を言っていた。ふむ。シラーは嫌いで素っ気なかったわけではないことがわかっただけでも良しとするか。おっと、つい本題を忘れてしまう。

 「ゴードン、話を本題に戻させてもらうぞ。僕達は明日から北に向かって視察の旅を再開しようと思っている。目的地は元子爵領だが、その手前にある山中の集落という場所に向かうつもりだ。ゴードンにも同行してほしいと思っているが、同行するか否かは、移住者への対応次第で決めたいと思っているのだ」

 ゴードンは頷き、今の状況について説明を始めた。すでに第一陣が出発していることは知っている事実だ。その後も第二陣と続く予定が決まっており、人選がすでに始まっているそうだ。最後の第四陣だが、構成される人達は治療が必要とする者たちばかりで、少し時間が必要とするらしい。

 元々は移住者は二村にすべて受け入れてもらう予定だったため、情報を村の物流を担当しているリックに送れば事足りたのだが、様々な要因で二村、三村、街に分散している形になってしまったのだ。そのため、現状を把握していて、必要な物資を計算できる者が街にいなければならない状態になってしまった。それがゴードンでなければならないということだ。

 「そういうわけで、移住者の移動が終わり、ある程度開発に区切りが付くまで、私がこの街を離れることは難しそうです」

 そうか。そうであるならば仕方がないだろう。しかし、困ったものだ。なぜなら、ゴードン抜きで続けることの弊害が大きすぎるのだ。ゴードンには物流の全てを任せてあると言っても過言ではない。もちろん、どんな時でもゴードンが必要となるわけではないが、これから向かう場所は、元子爵領だ。広大な土地とかなり大きな人口を抱えている。そうなると、ゴードンでなければ話せない話も多くなるのだ。今回は、視察のみでゴードンの都合がついてから、再び行くとなるということも出来なくはないが。

 あまり望ましいことではないな。これから春の作付けが始まってしまうのだ。その前にできるだけ準備をしておきたいのだ。そのための物資である。移住者を優先しなければいけない事態であることも分かっているが……僕が悩んでいる姿を見て、ゴードンが申し訳無さそうな表情をして話しかけてきた。

 「ロッシュ公。私のために悩ませてしまって申し訳なく思っています。ここでお待ちいただくとしても、あと一月はかかってしまうでしょう。それでは、元子爵領での目的は十分に果たせなくなります。ここは、私の代わりを連れて行ってはいかがでしょうか? 仕事は出来る男ですが……」

 なにやら、歯切れが悪い感じがしたが、それでもゴードンが有能であることを認めた人物ならば何ら問題もないだろう。僕は、すぐに了承をすると、ゴードンがしばらくお待ちください、と言って建物を出ていってしまった。どうやら、その者を呼びに行ったようだな。ゴードンが去ると、シラーがひどく僕に甘えてきた。ゴードンが戻ってくるまでなら……ゴードンはしばらく戻ってこなかった。

 ゴードンが戻ってくると、やたらと咳をするような仕草をしてくる。もしかして、風邪でも引いたのか。歳のことを考えると心配だな。

 「ゴードン。風邪か? 咳が多いようだが。働きすぎなのではないか。ゴードンに倒れられては困ってしまうからな。無理だけはするなよ」

 「いえ、そういうわけではないのですが……ご心配をおかけして申し訳ありさせんでした。早速ですが、ご紹介いたします。こちらがサリルと申します。まだ、若輩ですが物流に関しては分からないことはないでしょう。ロッシュ公に様々な知恵を与えることが出来ると思うので、こき使ってやってください」

 そこに現れたのは、僕より少し年上だろうか、ひょろりとした若者が立っていた。如何にも秀才と言う感じで、いささか近寄りがたい雰囲気が漂っていた。ただ、若干息が荒いような気がするが。もしかしたら、急いでやってきたのだろうか?

 「ロッシュ公。お初にお目にかかります。サリルと申します。ロッシュ公と旅が出来ると聞いて、興奮してきて……いや、お役に立ちたいと思い、お受け致しました。是非とも私を側に置いて、如何様なことでもご命じください。ご期待に添えるように私の全てを使ってご奉公させていただきます」

 なんだろう? ちょっと、目がおかしいような。僕はゴードンの方に顔を向けると、申し訳無さそうにしながら言いづらそうに話し始めた。

 「改めて言いますが、サリルは優秀な男です。必ずや公国のお役に立てる人材であると確信しております……が、実を言いますと、この者はロッシュ公を強く慕っておるのです。いや、崇拝していると言ってもいいでしょうか。まぁ、特に害があるとは思いませんからお気になさらずに。ただ、寝るときだけは注意しておいてくださいとだけ申し上げておきます」

 最後、なんか怖いこと言ったよね? なんで、寝る時に注意しないといけないの? うん。毎晩、シェラとシラーと一緒に寝ることにしよう。それで解決だ。僕はサリルの同行を認め、明日より旅をする準備をするように言いつけ、解散することにした。

 明日から、危険人物?のサリルと共に旅をすることになる。一体、どうなることだろうか。
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