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第175話 魔の森の畑

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 朝早くから、ゴードンが屋敷を訪ねてきた。もちろん、魔の森の畑の話だろう。すぐに執務室に通して、話をすることにした。

 「ロッシュ村長。魔の森での畑での仕事を村人にお願いに回ったのですが、思いの外、多くの者が志願してきました。やはり、村長が関わっているだけで、やりたいというものがほとんどでしたな。その光景を見て、恥ずかしながら、涙が出てしまいましたよ」

 ゴードンめ、朝から僕を泣かしに来たのか? 魔の森と言えば、危険なことは村の子供でも知っている事だ。危険は危険でも、命のやり取りをするというくらいだ。普通なら、断って当然のはなしだ。僕も、何人か集まればいいと思っていたからこそ、魔法で麦の種を播いてしまったのだ。しかし、今更、種まきをなしにすることは出来ないからな。正直に言うしかないな。

 「僕にとって、それほど嬉しい知らせはないな。やっと、村人に僕が村長として認められた気分だ。しかし、僕はそんな村人を疑うような行為をしてしまった。実はな、ゴードン。それほど集まるとは思っていなかったので、麦の種播きを僕の魔法で終わらせてしまったのだ。残るはジャガイモの定植のみなのだ。すまなかった」

 僕は本当に悔いる気持ちでゴードンに謝った。せっかくの村人の熱意を踏みにじる行為をしたのだ。しかし、ゴードンは別の反応をした。

 「いやいや。ロッシュ村長。それは違います。村人は村長の人柄や行動力を高く評価しています。さらに魔法の存在も尊敬と畏怖の対象とされているのです。今回の件を知れば、ますます村長の人望は高まりましょう。村長はもっと、魔法で多くの奇跡を起こすべきなのです。それは私だけではなく、公国民全ての願いだと思っております。と申しましても、村長は謙遜なさるでしょう。別の言い方をすれば、今回はとにかく早く事を進めることが重要ですので、魔法で事が済むのであれば、それを最優先にやるのが、主としての務めです」

 ゴードンは、僕の分からないところをよく教えてくれる。それで何度救われたことか。僕の魔法はなるべく使わないほうが良いと思っていた。村人や公国民が自らの力でやることが重要だと思っていた。なるほど。魔法は奇跡のような存在であれば、それが自分たちの為になれば、これ程嬉しいことはないかもしれない。僕は少し考え方を変えたほうが良いかもしれない。すぐには無理かもしれないが。

 今は、魔の森の畑だけのことを考えよう。多くの村人が集まってくれたおかげで、ジャガイモの定植はすぐに終わらせることが出来るだろう。せっかくだから、畑に村人達のための休憩所を作っておこう。井戸水も掘っておこう。あの色の不気味な水が出るだろうが、健康には影響がなさそうだから、いざという時の飲水として用意しておいたほうが良いだろう。それと、魔獣飼育の責任者であるククルと手伝いの吸血鬼達の住居兼事務所を作ることにしょう。僕は、その周りにトマト栽培用の畑を作ってやれば、ククル達は喜ぶだろうな。

 僕はゴードンに、畑での村人の役割を説明すると、すんなりと了承してくれた。どうやら、村人達はすぐにでも出発できると言うので、僕が先導する形で皆を魔の森の畑に移動することにした。ミヤには、後で来るようにエリスに伝言だけ頼むことにした。朝まで飲んでいたみたいで、僕が起きる頃に寝についたようだ。そろそろ禁酒にしたほうが良いかな?

 勇気を持って志願してくれた村人は全部で500人ほど。村の人口が2000人位だから、かなりの参加人数だ。これだけいれば、ジャガイモの定植はすぐに終わってしまうだろう。定植は、今日だけではなくしばらく続ける予定だから、その間に、休憩所や小屋作りなんかが出来ると良いなと思っている。さすがに、畑に近付いていくと、村人の表情が固くなっていくな。なにせ、魔の森だからな。畑は魔の森の平原にあるから、村と大差ないが、森に近づくというだけで怖いのだろう。

 畑に到着すると、村人の表情は一気に和らいだ。ここは壁に囲まれていて、畑が一面に広がっている風景が広がっているので、魔の森という感覚がかなり薄れるのだろう。村人達はいつもの農家の顔になり、畑を案内すると、すぐに定植の役割を決め、僕の指示を待たずに、ジャガイモの定植を手際よく始めた。

 これが見たいんだよな。僕の魔法に頼りっきりになると、この光景は見れないのではないかと思うんだ。僕はしばらく、村人達の作業を魅入ってしまっていた。さすがに見ているだけでは、村人に示しが付かない。僕は、土壁の外に出て、フェンリルが住まう穴蔵の近くで、ハヤブサの名前を呼んだ。すると、ハヤブサが音もなく坑から出てきて、僕に甘えてくる。

ぐる……ぐるぐる……

 主、会いたかった、と聞こえなくもなかった。でも、言ってないんだよな。僕は、ハヤブサを撫でたりして、可愛がってから、ククル達の家を作る場所を一緒に探すことにした。といっても、畑の外周を一回りして、探すだけだから、いくらも時間がかかるものではなかった。場所はやっぱりここかな。結局、フェンリルの住処の近くにすることになった。僕がククルの家を探している時に、フェンリルの住処の近くがいい、という一言で決まった。最初から相談しておけばよかった。まぁ、掴まってただけとは言え、ハヤブサと一緒に走れたから良しとしよう。

 ククルは、フェンリルの住処の坑の中でお願いしますと鼻息を荒くして、言ってきたが、それは即却下した。だって、他の吸血鬼も使う家なんだから、穴蔵ではおかしいでしょ。ククルはかなり落ち込んでいたけど、僕は考えを変える気はない。

 ククルの残念そうな目線を気にすることなく、家を作る場所を更地に変え、その周りにトマト用の畑を作ることにした。僕はちらっと、ククルを見ると、トマト用の畑を見て、気分は大分晴れてきたようだ。吸血鬼にとって、トマトは絶大だな。僕の方の作業が終わったので、再び、土壁を超え、村人がいる畑に向かった。どうやら、村人達は昼食の真っ最中のようだな。僕はゴードンに近づき、進捗を聞くことにした。

 「昼食中に悪いな。ゴードン。進みは順調か?」

 「ロッシュ村長。そちらはもう片付いたのですか? さすがにこっちは、一割と言ったところでしょうか。もう数日は時間がかかりそうですな。しかし、ここの土は本当に良いですな。先程、井戸を掘ったのですが、きれいな水で、これほどおいしい水は村でもありませんぞ。持って帰って、妻にも飲ませてやりたいほどですよ」

 ここの井戸水? ここの水がきれいだと? どういうことだ。僕には、群青色に見える水がきれいな水とはどうしても思えない。ミヤも、僕が言った水の色に特に否定はしなかった。どういうことだ? 僕はどうしても気になったので、ゴードンを近くの川まで連れていくことにした。水田の予定地を見てくれ、と理由を付けて。川の近くに行ったとき、ゴードンから信じられない言葉が出てきた。

 「いやぁ、きれいな川ですな。この川は村を流れる川の下流ですよね? どうして、ここまで透明なのでしょう? なにか、水をきれいにする何かがあるのでしょうか?」

 僕は、川の水の色について、詳しく聞いたが、やはり透明に見えるようだ。どういうことだ? すると、後ろから音もなく女性の声が聞こえた。

 「それはね、ロッシュ。あの色は、魔素が見える人しか見えないのよ。つまり、ゴードンは魔素が見えないってこと」

 僕は振り返らなくても分かる。ミヤだ。そうだったのか。これで納得がいった。つまり、あの群青色は魔素の色ということだったのか。さすがに、それは分からなかったし、考えもしなかった。僕は、ゴードンに水田の計画をなんとなく説明して。畑に戻ることにした。

 これから、しばらく、僕は村人を引き連れ、ジャガイモの定植と休憩所の設置、ククルの家を建設していた。一ヶ月もすると、全てが終わり、早くも麦とジャガイモからは芽が吹き出していた。僕は、なんとかなるという確信を得て、ゴードンと相談した上、亜人達を迎え入れる準備を始めることにした。 
 
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