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第56話 食堂でひと騒動

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 食堂が出来て、数週間が経った。エリスの話では、たいへん賑わっているそうで、どの時間に行っても、列が絶えないという話だ。今日の執務を終わらせてしまった僕は久しぶりに行ってみることを思い立ち、エリスとミヤとマグ姉を誘って行くことにした。マリーヌさんも誘ったが、断られてしまった。執筆作業が忙しいらしい。仕事をしてくれるのは嬉しいが、たまには休んで欲しいんだけど。

 マグ姉もこの村に馴染んできたのか、食堂に行く途中、出会う人たちと仲良さそうに挨拶をかわしていた。ミヤは、相変わらず我関せずの姿勢を崩さない。魔族というのもあるのだろうけど、村人とはあまり馴染んでなかった。もっとも、ミヤは気にしてないみたいだけど。エリスは、村人は仲良しだ。特に、子供からは女王って呼ばれてた。リバーシで得た称号のようだ。

 僕らが、食堂に着くと、いつもは整然と並んでいる列が、店の前に人垣を作っていた。僕は、人垣の人達に声を掛けると、周囲がざわつき始めた。小さい声で、村長だ、って囁いていた。とりあえず、状況を知りたいな。何かがあったのか?

 近くの者に状況を聞くと、あまり要領を得なかった。何やら、中で揉めているようだが。すると、中から物が飛んできた、割れた音がした。どうやら食器だったようだ。これは、穏やかではないようだな。僕は、すぐに人垣をかき分け、食堂に入った。そこにも人がいたため、騒動の大本が見えない。こういう時身長がないのは困るな。近くから、怒号が鳴り響いていた。

 その声は、ラーナさんの声だった。

 「さっきからなんだい。いい加減にしな。あんたに食べさせる料理はないんだ。さっさと出ていっておくれ!! 」
 「ま、待ってくれ。そんなつもりはなかったんだ。謝るから許してくれないか。」
 「男なら潔くしな。出てっておくれ」

 ラーナさんの怒りが向いていた男が、その場から逃げるように食堂を出ようとすると、ちょうど僕が目に入らなかったのか、僕にぶつかってきた。

 「ちっ! 子供がなんでこんな場所に…… げっ! 村長……」
 「君は……集落から来た人だよね? 何かあったのか? 」

 僕の存在に気付いたラーナさんがこっちに向かってきた。

 「村長かい。恥かしいところを見せちまったね。あんたもこっちに来な」

 ラーナさんに呼ばれたのは、兎系の亜人の子だ。たしか、この子はラエルの街を救ってくれとお願いしに来た、カイという子だ。どうやら、この子とさっきの男が当事者のようだな。亜人と人間か……なんとなく、騒動の原因が予想できてしまうが。

 僕は、ラーナさんに事の顛末を聞くことにした。店の周りにいた人垣は、事の次第を見届けたいのか、誰一人として帰る様子を見せなかった。

 「なんてことはないよ。村長だって分かってるんだろ? この男が、カイにちょっかい出そうとしたんだよ。カイだって嫌だから断ったら、この男、あろうことか手を出そうとしたんで、あたしが止めに入ってわけさ。そうだろ? 」

 その男は、観念したのか往生際も悪く、カイが自分に色目を使っただの、亜人は人間の命令を聞くのは当たり前だの、聞くに絶えないことを話していた。僕は、騒ぎ散らすこの男を制止した。これ以上は、この男の話を聞くのは無意味だろう。エリスにライルとゴーダを呼んでくるように頼み、カイにも話を聞いた。この男の話についてだ。

 「わ、わたし、色目なんて使ってません。私は普通に接していただけです。お客様だから、強く断らなかった私も悪いかもしれませんけど……手も出されそうになって、怖くて……」

 「話は大体、分かった。ラーナさん、忙しいところ悪いが、彼女を休ませてくれないか? 」
 「いいえ。私、大丈夫です。働けますから……」

 「カイ、村長の言うとおりだよ。今はいいから休んでおきな。村長に礼だけ言っておくんだよ。あんたを心配してくれてるんだからさ」

 そういうと、カイは僕にお礼を言って、奥に引き下がっていった。僕が呼んだせいか、ゴーダが走ってきたやってきたようだ。息を切らせ汗を大量にかいていた。

 「ロッシュ村長。なにやら集落の者がトラブルを引き起こしたとか……」

 ゴーダが僕の方を向いて、話を聞こうとした時、ちょうど視界に取り押さえられた男が入ったようだ。ビックリしたような顔をしたが、話を聞く姿勢をした。僕は、ラーナさんに説明するように言うと、ゴーダはラーナさんの方を向いて話を聞いていた。すると、ゴーダの顔がみるみる怒りに染まっていった。

 「おまえは!! なんてことをしてくれたんだ。ここは領都ではないのだぞ。お前は何もわかっていない。我々がここで生きていられるのはなぜだ!! こうやって、食事が出来るのはなぜだ!? それは、この村の人たちが命をかけて作った作物があるからだろ!! その村人に対して、なんてことをしたんだ!! 」

 ゴーダは、男に激怒した後、僕に対して土下座をしてきた。ひたすら、謝っていた。僕は、ゴーダに立つように促し、ライルを待つことにした。ゴーダに怒られた男は、何を考えているかわからないような表情をしていた。自分の置かれた立場が少しずつ分かってきたみたいだ。

 ライルとエリスが一緒にやってきた。自警団も一緒みたいだ。ライルは状況を見て、自警団に指示をし、すぐに男を自警団の本部に連行していった。ライルには、僕も後から行くと伝え、先に行ってもらった。
 
 「皆のもの。いい機会だ。よく聞いてくれ。僕は、今回のトラブルは、いつか起きるのではないかと危惧していた。皆も知っての通り、ほんの少し前までは、公然と人間が亜人を虐げていた。しかし、今は違う。餓えを乗り越えた先に、人間と亜人は手を取り合って共存できることをこの村で知ることが出来た。それでも、全員がそうなることは無理なのだろう。だからこそ、どんな種族であっても、他者を危害を加えた場合、罰する。僕はこの村では、人間や亜人、魔族であっても、冷遇もしないが特別扱いする気もない。この村の住民である以上は、それだけは覚えていて欲しい」

 僕は、今まで考えていたことを皆の前で言った。僕は、種族間の不平等をなくしたいのだ。それこそが、この混迷した世界を脱するための最低条件だと思っている。この考えは、おそらく日本人だから違和感なく受け入れられるのかもしれない。あの連行された男のように、僕のような考えを受け入れられない者も当然でてくるだろう。それは、悲しいことだが仕方のないことだと思う。

 僕の話を聞いた民達は、喝采を上げてくれた。ここにいるのは、ほとんどが亜人だ。虐げられていた立場の者たちだ。僕は、虐げられた事を忘れて、これからは人間と仲良くしてくれと言っているようなものだ。かなり虫のいい話だと思うが、亜人達はそれに対して、賛同の意志を示してくれたのだ。

 ゴーダも亜人たちと共に喝采を上げていた。やはり、この村はいい方向に向かっていると思う。魔族だって、分かり合える日が近いような気がしていた。

 僕は、食堂を後にし、自警団本部に行くと、男は憔悴しきった顔になっていた。僕はこの男の罰を考えた。通常は、強制労働か村からの退去を言い渡すだろうが……村の退去は即死刑を言い渡すようなものだ。そうすると強制労働となるが……仕事がないのだ。この村では、どんなにつらい仕事でも村人は積極的に行うため、罰となるような仕事がないのだ。僕は、考えた。

 ふと、思いついたことがある。そうだ、あれをやらせてみよう。やりたがる人がいないだろうから、実施を見送っていたのがあったのだ。

 僕が考えたのは、人の排泄物を利用した肥料づくりだ。そのためには、排泄物を集めてくれる人が必要になってくる……この男を使ってみるか。
 
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