上 下
52 / 408

第51話 ラエルの街 後半

しおりを挟む
 食堂に到着した僕達は中にはいると、腐敗臭が鼻についた。また、この臭いか。この臭いがするところには必ず重症の疫病患者がいる。

 この食堂はどうやら宿屋も兼ねており、二階部分が客室になっているようだ。僕は、二階の部屋に入ると、そこには、中年のおばさんがベッドの上で横たわっていた。おばさんは、僕達に気付いたようで、起き上がろうとしたが、力が入らない様子だ。どうやら、このおばさんは疫病に感染しているみたいだ。顔は青く、四肢に力が入らない様子。すると、三人の亜人が部屋に入ってきて、そのおばさんを、ラーナおばちゃんと言っていた。

 「ラーナおばさん、私達、街を救ってくれる人を連れてこれたよ。これで、街は救われるよ」
 「ああ。ありがとう。よくやってくれたね。あなた達に頼んで、本当に良かった。ありがとうありがとう」

 三人のうさぎ系の亜人とラーナおばさんは、抱き合い再会を喜んでいた。この人がラーナさんか。すぐに、この街の代表に会えて良かった。今後の相談もしなけれなならないから、すぐにでも会いたかった人だ。しかし、その人も病気にかかっていたとは。僕は、話しかけてこようとするラーナおばさんを制止して、回復魔法をかけ、ラーナさんを治療した。

 「楽になりました。あたしも知らない間に病気になってしまっていたんだね。最近体調が悪いと思っていたんだけどね……回復魔法というのは本当にすごい魔法だね。これなら街の皆を治せるんだね。そういえば、名乗ってなかったね。あたしは、ラーナ。この食堂の主人さ。貴方はどちらさんなんだい? 」

 そのとき、マグ姉が姿を現した。ラーナさんはその姿を見て、泣いて、崩れ落ちた。探していたマグ姉が現れたから緊張の糸が切れてしまったのかな。マグ姉は、ラーナさんの背中を擦って、やさしく、大丈夫ですと言っていた。しばらくすると、ラーナさんは落ち着いていった。相当、思い詰めていたんだろうな。

 「僕は、イルス辺境伯のロッシュだ。この三人より、この村の窮状を聞いて、助けに来た。色々と聞きたいことはあるだろうが、まずは治療を先にやる。話はそれからだ。いいな」

 「辺境伯様……よろしくお願いします」

 ラーナさんは憔悴した姿と弱々しい口調で懇願していた。僕は、三人にはラーナさんに付いて看病してもらった。治療したとは言え、今までの疲労があるはず。少ない時間だが休んでもらうことにした。

 僕は、最初に、食堂にいる患者を治療することにした。二階の部屋のすべてに患者がいて、それも重症のものばかりであったからだ。ココには食堂に残ってもらい僕のサポートをしてもらった。エリスには、患者の重症度に応じて目印を付けてもらい、マグ姉には軽症の者に薬草を煎じてもらうことにした。ライルと自警団には、患者の運び出しと炊き出しをお願いした。マリーヌにはマグ姉のサポートをお願いした。とにかく、時間との勝負だ。

 患者の数は、100人を越えており、重症の者が非常に多かった。僕は治療をしては、魔力の回復のため休息して、また治療しての繰り返しをしていた。今回は魔牛乳のおかげで、魔力の回復が早まったが、お腹がタプンタプンになってしまった。もうちょっと、考えたほうがいいな。

 二日かけて、全員の治療が終わった。一歩遅ければ、死んでしまった者もいた。間に合ってよかったと、ほっとしていた。治療が大方終わり、ようやく、ラーナさんと話が出来る状況が出来た。僕がラーナさんのいる部屋に向かうと、既に、マグ姉がラーナさんと話をしていたみたいで、大体の状況は説明していてくれたみたいだ。

 「ロッシュ村長。本当にありがとうございました。マーガレットさんから話を伺いました。なんと、お礼を言ったら良いか。治療をしてくれただけでなく、食事まで用意していただいて……皆も喜んでおりました。これほど食べたのは久しぶりだったと」

 「気にしなくていい。ラエルの街は、イルス領の民だ。助けて当然なのだ。むしろ、今まで助けが遅くなって申し訳なかった。これからは僕を頼ってくれて構わない。最大限、便宜を図るつもりだ。それよりも……どうだ? 皆で村に来るつもりはないか? 」

 ラーナさんはマグ姉からも同じことを言われていたのか、動揺することはなかった。

 「そのお言葉がどれほど嬉しいか。本当に、本当にありがとうございます。街の皆はそれで大いに救われることでしょう。どうか、皆をよろしくお願いします」

 なにか、変な言い方だな。まるで、自分は行かないみたいじゃないか。

 「申し訳ありませんが、あたしは、ロッシュ村長の下にはいけません。この店から離れるわけにはいかないのです。この店は、旦那と作り上げた店。旦那がいない今、あたいにはこの店しかないのです。ずっと前から、あたしはこの店と共に死のうと決めていたんです。だから、あたしを残して、皆を連れて行ってください」

 この話を聞いて、三人の亜人が声を上げた。

 「ラーナおばさんがこの街を離れないって言うなら、私達も離れないよ。多分、皆も同じ気持ちだよ。今までだって、ラーナおばさんがいなかったら、きっと今まで生きてこれなかった。私達はラーナおばさんといつも一緒だよ」

 ラーナさんがジンときている。とても感動的なシーンだ。

 しかし、ここは感情的になってはいけない場面だ。この街に現状未来はない。畑は荒れ果て、元に戻すだけでも数年はかかるだろう。街の人を食いつなぐだけの食料は持たないだろう。こっちが支援したとしても、満足な結果は得ないだろう。物資を運ぶ手段が限定されているし、なによりも、村にも余裕がないのだ。街の人を助けるためには、村に移住してもらうしか選択肢がないのだ。しかし、ラーナさんの意向を無視し、無理やり連れ出しても、街の人は僕を信頼してくれないだろう。それでは、ダメなのだ。

 「ラーナさん。確認したいが、『この店』が命よりも大切だと認識でいいのかな? 」

 ラーナさんは僕が何を言っているかわからない様子だったが、小さく頷いた。

 「では、この店をそのまま村に移築してしまおう。それだったら、村に来てくれるか? 」

 僕が提案すると、ラーナさんがそんなことが出来るのか? と疑っていたが、マグ姉が説得すると、泣きながら感謝を言っていた。やはり、ラーナさんも街の人と一緒にいたいのだ。ただ、旦那さんとの思い出を天秤にかけて、随分と悩んだだろう。

 移築については、レイヤに頼むか……。どんな顔をするだろうか。今回は完全に、僕の独断だ。僕の出来る最大限のことはやろう。

 街の人たちの移住が決まった。ラーナさんが移住すると言ってくれたおかげか、不満や反対が出ることもなく、移住を進めることが出来た。移住はすぐにでも行われる予定だ。村の方では、既に受け入れの態勢が出来上がりつつあった。

 前に集落の人たちが移住してきた際に、住居の用意が間に合わなかった反省を活かし、移住者が急に現れてもいいように、少しずつ住居を作っていたのだ。今回は、500人の移住となるが、少しの期間、我慢すれば、全員分の住居が用意できるようになっているはずだ。

 僕は、一通り、移住の相談を終わらすと、この街を散策することにした。考えてみれば、この世界に来て、初めて村の外に出てきたのだ。村の外というのに、興味を持ってしまうのは仕方がないことだろう。

 この街は、商業都市だけあって、街全体が道路で舗装されており、非常に歩きやすい。街もしっかりと設計されており、碁盤の目のように街が広がっている。この街の名物の倉庫街に行ってみた。倉庫は当然ながら、空の建物が多かったが、木材やレンガ、軍用の衣類などが大量に残されていた。重量があり、換金性の乏しいものが残されているんだな。この辺りも、必要な資源だ。持ち帰る段取りが必要だな。

 宿場の方にも足を伸ばした。レンガ造りの建物が立ち並び、宿屋、食堂が立ち並び、すこし小道に入ると、売春宿が軒を連ねていた。この建物達も解体すれば、資材として使えるだろう。ラーナさんのではない食堂に立ち寄った。中は、椅子やテーブルが散乱しており、特に真新しい発見はなかった。調味料類があると良かったんだが。

 郊外の方にも行ってみた。少し遠いので馬で行ってみた。畑は、川の側にあり、やや低地の場所に広がっていた。水場環境としていいが、洪水の危険性は非常に高い場所だ。今回は不運にも洪水に当たってしまった。低地のみに農地を展開するとこう言う危険性と隣合わせだから、やはり不便でも高台にも畑を作るべきなのだ。

 僕は一通り、街を見た後に、ラーナさんの食堂に戻っていった。ラーナさんは、すっかり体調も戻っていたようで、カウンターで料理を作っていた。街の人間も店に集まり、料理を食べている。食材は、村持ちだが、久しぶりに思いっきり料理が出来ると、ラーナさんは張り切っていた。

 料理している姿を見ていると、調味料を使用しているのに気付いてしまった。僕は、すぐにラーナさんに聞いてみた。

 「その調味料は、一体どうしたんです? 僕はこの街の食堂を回って、探したんですけど見つからなくて」

 「そりゃあそうだよ。この街の調味料はすべて、この店に集まっているだから。気になるんだったら、そこの扉が納屋に繋がっているから、見ていっておくれ。調味料は全て、そこにあるから」

 僕は居ても立ってもいられずに、納屋に入った。驚いた。そこには山積みにされた調味料があった。塩、砂糖、香辛料、ハーブ類が豊富にあった。これだけの量があれば、しばらく、村で調味料類には困らないだろう。しかし、入手の目処がないものに関しては、使用は控えよう。味を覚えてしまうと、調味料が無くなると不満が溜まるもの。そのような愚は冒すべきではない。

 僕達は、一路、村に向かって出発した。人口が一気に倍になった。また、ゴードンと計画を練り直さなければならないな。嬉しい悲鳴だ。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...