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第2話 現地調査

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 僕は屋敷を出た。少し高台にある屋敷からはある程度、村を一望することができる。かつては、我がイルス領の領都だったこの場所は、今は見る影もない。一万人いた人口が、今では500人足らず。男は、戦争に駆り出されたため、いるのは老人と女子供だけだった。500人のうち約半数は亜人が占めている。人間は、この土地を見限り、領都を出ていったが、身寄りのない亜人たちは、この土地に残った。

 眼下に広がる焼け野原には、街の面影が残っている。なんとか、領主であるロッシュが残っていたおかげで、少ない人間も離散しないでなんとか住んでくれている。各々が自給自足の生活をしているが、生きているだけで精一杯という状況だ。更に時も悪く、疫病が流行り、床についている者が人口の一割にも及ぶ。
 このままでは、ここに住んでいる者たちの未来は絶望的だ。

 まず第一歩として、住民と会うことから始めた。彼らが、一番現状を理解しているのだから。

 住民たちは川近くに居を構えており、その周りに畑がいくらか広がっていた。今日も、住民たちは畑で汗をかいていた。エリスが同行してくれるので、迷うことはない。

 「あちらにいるのが、住民たちをまとめている……」
 「ゴードンだろ? 大丈夫だ。僕には、ロッシュとしての記憶があるから……もっとも、ゴードンの陳情には、ロッシュは良くは思ってなかったみたいだな」
 「ゴードンさんは、決して私利私欲ではなく、村の為を思って陳情していたのですが……いつもロッシュ様に門前払いをされていました」
 「全く理解できないな。陳情してくる者を大事にしなくて、村が守れるか!」

 畑にいたゴードンに近寄り、挨拶をした。ゴードンはすごくビックリ顔をしていた。それは当たり前か。こちらから挨拶したのは、初めてだったからな。ロッシュは領主としての自覚がなさすぎるな。

 「ゴードン、精が出るな! お前に、これからのこの村について相談したいことがある。仕事が一段落したら、屋敷に来てくれ。僕はこの村を良くしていこうと考えているから、肝に銘じておいてくれ。それと、お前の畑を見させてくれ」

 ゴードンはポカーンとしていた。今までのロッシュが、ロッシュだからな。陳情しても取り合わない、村民と触れ合いもない、ただの引きこもりじゃあなぁ。気持ち……よく分かるぞ。

 早速、ゴードンの畑を見て回った。根菜が中心に植えられていて、葉物がちらちらという感じだ。虫食いがひどいな。許可をもらって、収穫適期の根菜を収穫してみた。大根だよな、これ? サイズは、カブを少し大きくした程度だ。他にも、人参みたいのも収穫したが……どれもこれも細いな。
 これでは、食べるところもあるまい。

 土はどうだろうか……よく耕しているように見えるが……すこし、堅いな。耕せているのも、表面数センチ程度だし、肥料も全く効いている様子がない。水はけも悪く、雨が降ったら、すぐに水没してしまうだろう。これは、まずいな。

 水はどうだろうか……周りを見渡しても水場らしいものがなかった。ゴードンに聞いたところ、川に水を汲みに行っているとのこと。川まで近いとは言え、往復だけでも時間を食う。それに運べる水の量が、農業をするには少なすぎる。これでは、十分な水が行き届く頃には、一日が終わってしまうな。こんな調子では畑の拡大など無理というものだ。
 
 川から水を引いて水場を作るか、井戸を掘るか、考えないとな。

 この川は、僕の常識では大河に属すると思うが、氾濫とかしないんだろうか? ゴードンに聞いてみると、数年に一度、大雨が降ると氾濫するそうだ。その度に、壊れた畑を耕し直すらしい。なるほど……よく周りを見渡すと、その辺に大木が転がっている。その周りが耕されていたりする。

 治水も必要になってくるな。畑はともかく、大規模氾濫するような川の近くに居を構えるなど……自殺行為だ。早急に、居住地を移築しなければならない。幸い、領都は、高台にあったおかげで、洪水の被害がない。道路などのインフラで使えるものがある。建物も少し手直しをすれば、なんとかなるだろう。それを使わない手はない。
 建て直しは、時間を掛けて進めていくしかないだろう。

 大雨はいつ頃降るんだろうか? ゴードンに聞くと、あと一ヵ月もすれば、例年大雨が降るとのことだ。移住するための時間が少ないな……。

 とりあえず、当面の目標が出来たな。まずは、高台への移住だ。命あっての物種。命は大切にしなければならない。使えそうな家を選定して、補修する。そこに順次引っ越してもらおう。次に、川の治水工事だ。話では、氾濫し出す場所は毎年同じとのこと。まずはそこから始めて、上流に向かっていこう。

 それから水場の整理。畑はそれからだな。堅い土を耕すために、動物が使えればいいんだがな。

 動物事情を聞くと、動物はすべて食に供されてしまって、村にはネズミ一匹いないのではないか、とのことだった。動物を利用した耕作は難しそうだな。どこかで、調達できるといいんだけど。

 「ロッシュ様。私が子供だった頃、冒険者が、南に広がる魔の森の中で、牛のような魔獣を討伐しているところを見たことがあります。それを使えたりしないでしょうか?」

 ロッシュの中の記憶から、魔の森について思い出してみた。魔の森は、イルス領の大半を占めるほどの森で、広さは、源吉の世界で言う北海道くらいの広さだ。魔の森は、独特の生態系をしており、人を襲ったり、歩いたりする樹がいたり、魔獣が跋扈《ばっこ》し、人のような姿をした魔物も確認されている。魔の森で人が入れるのは、領都に接した場所くらいで、奥になると、どのような場所なのか分かっていない。

 すると、エリスの言葉にゴードンが難色を示した。どうやら、魔の森の魔獣は、人間に飼い慣らせるようなものではなく、隙あらば人に襲いかかるような獰猛な性格をしているらしい。

 「エリスの提案は非常に魅力的だけど、今は難しそうだな。でも、諦めないで方法を考えよう。牛が使えれば、有益であることは間違いないのだから。それよりもエリスはどうして子供のとき、そんな危険な場所にいたんだい?」

 エリスが思い出したくなさそうな顔をしていた。辛そうなので、言うのをやめさせようとしたが、エリスは首を振って話し始めた。

 「私は亜人なので、そういう危険な場所で冒険者の荷物持ちをさせられることが多かったんです。そこで見てたんです。でも、最後はひどいものでした。その冒険者たちが私を置いて、逃げてしまって……それから先代様に助けられて、屋敷で雇ってもらうことになったんです」

 知らなかったな。父上の記憶は朧げしかないし、エリスは気付いたら、屋敷にいたって感じだったから。そんなことがあったのに、人間を信頼できるエリスはすごいと思った。

 村の現地調査を終え、屋敷に一旦戻った。これからの作戦を考えなければ。ゴードンも交えて考えれば、きっといいアイデアが浮かぶだろう。
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