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台風が来たので、今日で親友を終わります。その2

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 雨と風から逃げるようにして家に駆け込んだ。
「あら、透子ちゃんいらっしゃい」
 出迎えてくれた母に透子が泊まることを伝えると、
「わかったわ。涼子ちゃんには連絡してあるわよね?」
 はい、と透子が頷く。母は優しく微笑んで、
「透子ちゃんが泊まりに来るのって久しぶりよね。晩御飯は腕によりを掛けて作るわね。……お父さんが仕事の都合と台風の影響で会社に泊まるって言ってたから、丁度良かったわ」
 あー、お父さん大変だなあ。
 ちなみに涼子ちゃん、というのは透子の母のことである。
 私と透子の母も幼馴染だったそうで、今でもとても仲が良い。
 いつか私と透子も、この母達のようにお互いの子供を、――。

 ……いや、それはどうだろうか。
 子供を作るっていうことは、そういう相手を、
「……どうしたの? 顔が赤いわよ?」
 透子に指摘され、私は我に帰る。
「な、なんでもない。大丈夫。ほら、部屋に行こ?」
 透子の手を引っ張って、二階の私の部屋に移動する。
「透子ちゃんのお布団用意しておくから、後で持っていくわねー」
「うんお願いー」
 後ろから聞こえる母の声にそう答えて、部屋に入る。

*

「ちょっと散らかってるから。片付けちゃうね?」
 何でもかんでもとりあえず邪魔だと思われるものを片っ端から押入れに突っ込んで、片付け完了。
「お疲れ様。相変わらず豪快ね?」
 部屋の片隅にお泊りセットを置いて、透子は私のベッドに腰を下ろす。
「ほら、こっちよこっち」
 そして、隣に座れとアピールしてくる。
 別にそれに否やはないのだが、でも、なんとなく恥ずかしくてほんの少しだけ間を空けて座る。
「あらら。照れちゃって、もう」
 肩と腰とが接するように、というかむしろ密着するような勢いで、透子がぐっと寄ってきた。
 そして、ことん、と私の肩に透子の頭が乗る。
 柔らかく、そして優しくもたれかかってくる透子の身体の重みと人肌の温かみを感じて、私の心臓が跳ねる。
 そして透子の艷やかな黒髪からは、透子の家のシャンプーの良い匂いがする。
 私はこの匂いが好きだ。
 こうしてお泊りをする時は、一緒にお風呂に入ってお互いに頭を洗い合う。
 だから透子の家に泊まりに行った時には、私の髪の匂いも透子と同じになって、それはまるで透子に包まれているようで心が温かく、
「あっいや、えっと、ほら喉乾いてない!? 飲み物持ってくるね!」
「あ……」
 勢いよく立ち上がり、残念そうな声を出した透子から逃れるようにして部屋を出て階下へキッチンへと移動する。
 今私は何を考えていた、心頭滅却だ邪念よ去れ雑念よ去れ煩悩よコンニチワ! ……じゃなくって!
 あーもう、色々と意識し過ぎて駄目だなあ私!
 告白してきたのは透子で、今の私は返事を保留している状態だ。
 いきなりのことで驚いて、だからすぐに返事をすることは出来なかった。
 それに女の子同士っていうこともあるし、私は一晩考える時間が欲しかった。
 だというのに、その目論見は見事に崩された。
「透子が泊まりにくるなんて、予想外だよ……。意識しちゃうじゃん」
 本当にこれは、心臓に悪い。
 明日の朝まで、この調子で肌が触れ合うほど近くに居続けることになるのだ。
 しかもこの後はイベント目白押しで、一緒にお風呂に入ったり、もしかして一緒にベッドに入ったり――。
 ……いやいや、それこそ女の子同士なんだ。そんな不純な、ことなんて、何も、
「何考えてんだ私ー、あーもー!」
 冷蔵庫に向かって頭をぶつけて、項垂れる。
 心を落ち着かせようと深呼吸を、
「……、何やってるの?」
 冷蔵庫の前で一人で悶えていたその一部始終を母に見られていて、私は更に悶絶することとなった。

*

「お帰りなさい。……あら、どうしたの? 顔が赤いみたいだけれど?」
 なんでもありませんー。ほんとに、なんでもありませんー。だからそこには触れないでお願い。
「うふふ、何だか嬉しそうね?」
 母親に恥ずかしいところ見られるのが嬉しいとか、私はどんな性癖の持ち主なんだ。
 それは誤解だと弁明したい気もするが、その為にはさっき何があったかを説明するところから始めなければならないので、残念ながら諦める。
 とにもかくにも用意した麦茶を二人で飲みつつ、しかし無言。
 以前は、この沈黙が心地良いくらいであったけれども、今は、
「どうしたの? 落ち着かないのかしら?」
 そりゃ、落ち着かない。だって、透子が私にもたれ掛かって来ているのだ。
 私の心臓は高鳴りに高鳴りまくっていて、鼓動が透子に聞こえていやしないかと心配になるほどだ。
「うん。よくわかったね?」
「好きな人のことだもの。わかるわよ」
 なんだこれ、なんだこれ!?
 透子が本気で私を殺しに掛かってきてる!
 恋愛マスター様の実力が凄すぎて私もう駄目かもしれない!
 意識が内に向いたその隙を突くかのように、透子の顔が迫ってきていた。
 目と鼻の先。お互いの息遣いさえ感じられちゃう距離。
 あ、これ知ってる。
 ――キスされちゃうヤツだ。
 これを許しちゃったら、もう後はなし崩し的に、――。
 もう駄目だ、今夜を無事に越せる気がしない。でも、それでもいいのかな、うん。
 諦めの境地というよりは、高揚する気持ちをひた隠すように、私は自然と目を閉じてその時を待つ、

――?

 頭のあたりに、キスされた……?
「ゴミ、付いてたわよ?」
 あ、はい。そうですよね、女の子同士でキス、とか。そんなのないか、うん。
「また顔赤くなってるわ。大丈夫? 調子悪いのかしら?」
「ううん大丈夫! 私は元気! ほらこのとーり!」
 元気だと精一杯アピールする。
 本当かしら、と透子が疑いの目を向けてくるが、しかしその視線には気付かないフリをする。

 透子のことを意識し過ぎて、調子を狂わされっぱなしの今。
 一人で勘違いして盛り上がってて、そのことに気付いて恥ずかしくて死にそうなだけだよ、なんて。
 私の口からは絶対に言えないのだ。
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