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鷹、華と書いてヨウカと読む。
しかしこの街の人間であれば、いやこの地に生きる人であれば誰でも、その言葉の意味を知っている。
鷹華という二文字で綴られたそれを、剣姫という意味で読むのが常であった。剣姫となりて、もし裏返ればそれは剣鬼ともなるのだ。
その生き様は苛烈にして至極。
ありとあらゆる悪を断ち、か弱き人々に救いの手を差し伸べるとされる至高の存在。
しかしてそれは人の枠組みと理とを外れた存在だとも囁かれる。
それら凡そ人間を形容するに相応しくない言葉の数々の羅列が、しかし真実に限りなく近いということを私は知っていた。
いや正確には、鷹華と実際に対面したことがあるという肉親から話を聞いたというだけのことであるので、いささか誇張された表現になっているやもしれぬが。
しかし、私はそんな存在に憧れた。未だ見ぬ英雄の存在に、恋をしてしまっていたと言っても良い。
そんな憧れの存在に直に会ったという話を聞くというそれだけのことで、私には言葉に出来ぬ感動を覚えるものであった。
話を戻そう。
鷹華に出会ったという肉親とは私の実の兄である。
この国一番の剣士として名を上げ、二十歳を迎える前に剣聖の座にまで至った兄は、一年のほとんどを世界を周る旅にあてており、故郷に戻ることはほぼない。
そんな兄が凡そ一年ぶりに帰郷した折の土産話の一つとして、鷹華と闘ったと教えてくれたのだ。
「なんと、兄様は鷹華に比類する剣の腕の持ち主でありましたか」
鷹華と闘い生き残って今ここに居るというのなら、まさに兄の強さは鬼神の如し、と褒め称えることもやぶさかではないのだが、
「いやあれは、闘いなんて呼べるものではなかった。一方的な蹂躙であったよ」
闘った、とは言ったがそれは別に殺し合いなどではなかった。
兄が鷹華と出会ったのは戦場などではない。
大陸中央にて皇帝主催で二年に一度行われる、大陸中の猛者が集まる大武闘会でのことだ。
そこで優勝した兄が、皇帝に請われて闘うことになった女性の剣士。それこそが、
「鷹華だった。怖ろしいほどの剣の使い手で、ただの一合で剣を折られ為すすべもなかった。だから僕は、その場で彼女に伴侶となって欲しいと懇願した」
「ふむなるほど。つまり兄様は会って間もない女性に結婚を申し込んだ訳ですか。なんたることでしょうか。私が鷹華に成り代わって成敗して差し上げましょう」
兄が鷹華を連れ帰ってきておらぬ以上、その請願は失敗したのだと見るべきであろう。
私は、鷹華が兄のものにならなかったという妙な独占欲にも似た感情から来る安堵と、義姉となっていたかもしれない未来が失われたことによる失望とが混ざりあった、複雑な思いを抱いていた。
「成敗できるものならしてみるが良い。我が妹は可愛さだけなら大陸一ではあるが、昔っから剣の腕はからっきしだったからなあ」
兄に褒められ貶されて、私は頬を赤くして怒りに震えながらも、
「うるさいです兄様! 私が成長しているというその証左を、きっちりその身体に教えて差し上げます! お覚悟を!」
広大な自宅の庭を駆けて逃げて行く兄を、剣を携えて本気で追う。
だが、一向に追いつけない。たまに追いつけそうにもなるが、しかし剣の届く間合いに入ることは一度足りとてなかった。
私は本気で兄に一閃をくれてやるつもりではあったのだが、それを理解しているのかいないのか、兄は絶妙な間合いでもって私から逃げ続ける。
「鬼ごっこ、という遊びだったかな? 子供の頃は走っているだけで楽しいというものであったが。なるほど、大人になると、なんと捕まったら斬り殺されるという命懸けの遊戯に変貌しようとは」
しかしこの街の人間であれば、いやこの地に生きる人であれば誰でも、その言葉の意味を知っている。
鷹華という二文字で綴られたそれを、剣姫という意味で読むのが常であった。剣姫となりて、もし裏返ればそれは剣鬼ともなるのだ。
その生き様は苛烈にして至極。
ありとあらゆる悪を断ち、か弱き人々に救いの手を差し伸べるとされる至高の存在。
しかしてそれは人の枠組みと理とを外れた存在だとも囁かれる。
それら凡そ人間を形容するに相応しくない言葉の数々の羅列が、しかし真実に限りなく近いということを私は知っていた。
いや正確には、鷹華と実際に対面したことがあるという肉親から話を聞いたというだけのことであるので、いささか誇張された表現になっているやもしれぬが。
しかし、私はそんな存在に憧れた。未だ見ぬ英雄の存在に、恋をしてしまっていたと言っても良い。
そんな憧れの存在に直に会ったという話を聞くというそれだけのことで、私には言葉に出来ぬ感動を覚えるものであった。
話を戻そう。
鷹華に出会ったという肉親とは私の実の兄である。
この国一番の剣士として名を上げ、二十歳を迎える前に剣聖の座にまで至った兄は、一年のほとんどを世界を周る旅にあてており、故郷に戻ることはほぼない。
そんな兄が凡そ一年ぶりに帰郷した折の土産話の一つとして、鷹華と闘ったと教えてくれたのだ。
「なんと、兄様は鷹華に比類する剣の腕の持ち主でありましたか」
鷹華と闘い生き残って今ここに居るというのなら、まさに兄の強さは鬼神の如し、と褒め称えることもやぶさかではないのだが、
「いやあれは、闘いなんて呼べるものではなかった。一方的な蹂躙であったよ」
闘った、とは言ったがそれは別に殺し合いなどではなかった。
兄が鷹華と出会ったのは戦場などではない。
大陸中央にて皇帝主催で二年に一度行われる、大陸中の猛者が集まる大武闘会でのことだ。
そこで優勝した兄が、皇帝に請われて闘うことになった女性の剣士。それこそが、
「鷹華だった。怖ろしいほどの剣の使い手で、ただの一合で剣を折られ為すすべもなかった。だから僕は、その場で彼女に伴侶となって欲しいと懇願した」
「ふむなるほど。つまり兄様は会って間もない女性に結婚を申し込んだ訳ですか。なんたることでしょうか。私が鷹華に成り代わって成敗して差し上げましょう」
兄が鷹華を連れ帰ってきておらぬ以上、その請願は失敗したのだと見るべきであろう。
私は、鷹華が兄のものにならなかったという妙な独占欲にも似た感情から来る安堵と、義姉となっていたかもしれない未来が失われたことによる失望とが混ざりあった、複雑な思いを抱いていた。
「成敗できるものならしてみるが良い。我が妹は可愛さだけなら大陸一ではあるが、昔っから剣の腕はからっきしだったからなあ」
兄に褒められ貶されて、私は頬を赤くして怒りに震えながらも、
「うるさいです兄様! 私が成長しているというその証左を、きっちりその身体に教えて差し上げます! お覚悟を!」
広大な自宅の庭を駆けて逃げて行く兄を、剣を携えて本気で追う。
だが、一向に追いつけない。たまに追いつけそうにもなるが、しかし剣の届く間合いに入ることは一度足りとてなかった。
私は本気で兄に一閃をくれてやるつもりではあったのだが、それを理解しているのかいないのか、兄は絶妙な間合いでもって私から逃げ続ける。
「鬼ごっこ、という遊びだったかな? 子供の頃は走っているだけで楽しいというものであったが。なるほど、大人になると、なんと捕まったら斬り殺されるという命懸けの遊戯に変貌しようとは」
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