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【八】産声
しおりを挟む「これ……」
和也に手渡されたのは、一冊の古びたぶ厚い冊子であった。悠子が持っていたもの以外にも、棚には「弍」から番号が振られた同じような柄の冊子が行列を成している。
「これは、この町の過去の記録が書かれているものです。少し時間はかかるかもしれませんが、町のこと以外にも、示名を預かっている神社について何か書かれているはずです。これを読めばきっと──」
「待ってください、悠子さん。なんでこの場所にこの本があるって分かったんですか? だって、あなたはまだこの町のこと何も知らないでしょう?」
悠子はぎょっとしたような表情を見せた後、しばらく顔を俯かせゆっくり顔を横に振った。
「やっぱり、黙っておけないですよね……。真悠さんの夢を見るって言ってたでしょう。その夢、一度だけじゃないんです。そのブローチを触った日から、毎日のように夢に現れては、毎回『一族の呪いを解いてほしい』と言ってくるんです。最初はただの夢だと思って忘れようとしましたが、放っておけなくて、どうしたからいいのかと尋ねました。そしたら、一族の名を祀ってる神社があるって彼女が教えてくれたんです」
「待ってくれ。真悠が、あなたに解決する方法を教えようとしてるってことですか? 僕じゃなくて?」
悠子は申し訳なさそうに首を縦に振った。真悠と長い時間を共にした和也でさえも、真悠が夢に出てくることなんてほとんどなかったというのに。彼女がこの町に来た経緯を知っていく度、悠子に微かな嫉妬心を抱き始めていた。
「黙っててごめんなさい。でも、こんなこと言ったらきっと和也さんが傷つくだろうと思って言わなかったんです。簡単に信じてもらえないかもしれませんが、和也さんと同じく、真悠さんが……すぐ近くにいるような感じがするんです。ずっと見てる……。自分を解放してくれるまで、真悠さんは離れる気がないのかもしれない。この言葉、聞こえたことありませんか?」
『私を見て』
悠子と和也の声が重なり、無人の室内に響き渡る。
「ガタッ!」
和也の背後から大きな物音がした。振り返ると「拾弍」と書かれた冊子が床に転がり落ちていた。
「どうしてひとりでに本が落ちてきたの?」
悠子は肩をすくめながら、和也に歩み寄った。和也は恐る恐る本を手に取り、表裏の表紙を確認するとゆっくりページをめくり始めた。
真ん中辺りまでめくり続けると、ひらひらと長方形に縁取られた赤いしおりが落ちてきた。
「これは、真悠の……」
まだバイトをしていた時期、真悠はよく休日になると図書館へ行くという話を聞いたことがあった。幼い頃から重めの喘息を患っていたため、発作のリスクを考え外へ遊びに行くことは少なかった。できることといえば室内でできるごっこ遊びか読書だけ。中学生に入ると創作に火が付き、将来は小説家を目指していたという。
このしおりを見ると、あの時の映像が脳裏に蘇る──真悠を初めて自室に招き入れた時の記憶。そこに、そのしおりの輪郭、色、形、そしてそれを彼女が本に挟んでいた光景が焼きついた。
真悠はアメリカンジャズの曲をかけながら、彼のベッドに腰掛けお気に入りの小説を読み耽っていた。
「真悠、その本は?」
「『少女の子供』。まだ高校生の女の子が恋人との間に子供を孕ってしまうの。学生っていうこともあって家族からも中絶を勧められるんだけど、子供を産む決心をして育てていくって誓うの。年がいくつであっても、愛する心はみんな同じようにあるんだって思えるの」
真悠はそう言うと、ゆっくりと目線を下げ自分のお腹を眺めていた。
「私、実は妊娠したことがあるの……。十六歳の時よ。だから主人公と境遇が似てて、親近感を持てるの。でも、私は望んだわけじゃない……」
「それって……つまり……」
真悠の目尻には涙が浮かんでいた。
「付き合ってた男の子がね……その、あまり良くない人で……無理矢理やらされたの。断ったら殴られて、服を脱がされて、寒くて冷たいコンクリートの上でずっと泣いてた。子供がいるってわかった瞬間私から離れていった。彼は、単なる快楽目的で私に寄ってきただけだった。『愛』なんてものは、そこになかった。でも、私はこの主人公みたいに生む決心はできなかった。お腹の子を愛せる勇気がなかったの。でも、今度は、愛せるかなって……」
真悠はそう言うと和也の顔を気にしつつも、そっとベッドに押し倒し馬乗りになった。
「かずくん……あなたは、私が本当に愛した人なの。これからも愛していきたいの。お願い……私の願いを叶えてほしい」
二十歳に満たない、まだ子供っぽさが残る顔を近づけ、和也の唇に柔らかい鼻息が吹きかかった。微かに香るラベンダーの香水の匂いが、四方八方を包み込む。
「私を見て、かずくん。今の私は幸せな顔をしているかしら?かずくんには、私がどう写ってるの?」
和也の唇が真悠の口元に磁石のように吸い寄せられる。そこに彼の意志など存在しなかった。まるで、行動そのものを操られているような奇妙な感覚が、二十数年経った今でもついさっき経験したことのように真新しく感じるのだ。
深く、深く、その香りが口内へと充満していく。仕事のストレスで尖った気分を徐々に丸くしていく。一度経験したらやめられない嗜好に染まっていく。
ベッドに放り出された右腕が勝手に持ち上がり、真悠の谷間をなぞる。出会ってからまだ日が浅く、してはいけないことだと分かっているのに理性で抑えようとしてもそれができない。
「オギャー、オギャー」
どこからか子供の声が聞こえる。プツプツという雑音と共に途切れ途切れになるジャズに紛れ込むように、赤ん坊の泣き声がスピーカーから漏れ出していたのだ。アメリカンジャズにこんな甲高い不気味な声を収録することは普通ならばあり得ない。耳をつん裂くような赤ん坊の叫び声は、その曲のリズムや歌詞とは不釣り合いであった。
「なんなんだ、この声……」
真悠はその声に気を取られることもなしに和也の胸元に脚を広げて座っている。その眼差しはオーディオではなく、和也の目の奥を凝視していた。
「ほら、聞こえるでしょ? 生まれるのよ『アレ』が……。もうすぐ生まれるの。ずっと私の中にいたものが解き放たれる。この子達はね、悪くないの。でも、私たち人間が自分勝手にこの子たちを形作ってしまうの。気にしなくていい。そのうちいなくなるから」
それ以降、真悠は『アレ』の話をしなくなった。生まれて初めて、この世で起きているとは思えない奇怪な体験であった。
──初めてじゃない。
最初に骨の髄が凍るような感覚に襲われたのはあの時であった。それからあの悪夢を見るまでの数十年間、多忙な時期も相まって記憶の中から消えかかっていた。キンキンに冷えた水を背中から被ったような寒気を感じる時は、常に彼女に関わるものを見聞きした時である。あの夢の中でも、すぐ近くに真悠の顔をした悠子がいた。そして、この図書館では真悠が愛用していたしおりがこの本の中に挟まっている。何かが得体の知れない見えないものが纏わり付いて自分を誘導している──そんな気がしてならないのだ。
和也はしおりが挟まれていたページを読み耽っていた。悠子が言っていた示名の元となったとある風習が、室町時代から行われていることが分かった。
その昔、村では謎の流行病で奇形児が多く生まれていたという。単眼、結合性双生児、四肢欠損。また、身体的な障害がなくとも、知的な障害がある子どもたちも『あたまなし』と呼ばれ奇形児と同じように扱われ蔑まれていた。彼らは人を襲う妖怪と信じられていた『土蜘蛛』が潜む山へその子供たちを捨てていた。山に捨てられた子供は簡単には帰ってこられない。彷徨う内に痩せ衰え衰弱し、動けなくなったところを土蜘蛛の餌食にされる。
書物にはそのようなことが記されていた。後に口減しとしてその行為が横行するようになり、それを阻止するために示名が生まれた。示名はその土蜘蛛から子供たちを守るために土地神様から与えられた護符のような役割をしており、特に障害を持っている子供は狙われやすいため、半永久的にそれを所持していなければならないという決まりであった。この資料によると、その示名を考案したのが義母の先祖にあたる志也家である。
志也家は村で起きる怪異の鎮静に尽力する守護術の使い手であり、代々呪術を行使する神津家とは立場上相反する。その志也家が、何故神津家を祟るきっかけを作ってしまったのか。
村の脅威であるはずの蜘蛛が神津家の象徴として家宝にされるほど大事にされている、ということから考察すると、その子殺しをしていた土蜘蛛と神津家の関係を調べる必要があった。真実に辿り着くことが叶わず逝ってしまった真悠の無念を晴らすためにも、必要な材料は手繰り寄せなければいけない。
和也は真悠の言っていた『アレ』という言葉が引っかかっていた。そして、随分昔から見なくなったしおりがなぜこの本に挟まっているのか。思い当たる節と言ったら悠子しかいない。
「このしおりに見覚えがあります?」
和也はしおりを別の棚を見物しに行こうとした悠子の前に突きつける。
「見たような、見たことないような……。最近、夢と現実が曖昧になってきてあまり記憶が確かじゃないんです。ごめんなさい……役に立てなくて」
悠子は険しい表情をしながら首をゆっくりと横に振った。その態度からして嘘はついていないようにも見える。だが、悠子がこれを仕掛けるタイミングはいつでもあるわけで決して可能性がないわけではない。それもそのはず、悠子はずっと前から真悠を知っていたのだから。
「神社の資料、見つからないですね。町の歴史が分かる資料が置いてあるところはここぐらいしかないんです。ここに来る前に関連する場所は全部下調べしてきましたから。あの……和也さん。もしかして私も怪しいとか、そんなこと思ってないですよね?」
悠子がそう言うと和也はしばらく黙り込み、別の本棚から『九』と割り振られた書物を引き出した。確かに悠子を疑ってないと言うのは嘘になる。だが、素直に疑っていると言ってしまえば互いの信用を失うことになるだろう。悠子を嫌っているわけではないが、どのような返答をすればいいのか的確な答えを導き出すことができず、頭の中で渦を巻いていた。
悠子は黙っている和也を見て幻滅したのか、和也に背を向け反対側の棚の方向にゆっくりと歩き距離を取った。その空気を感じ取ったのか、和也は素早く後ろを振り向いた。どこかで見たような光景。真悠と喧嘩した後の悲壮感漂う背中にそっくりだ。
「違います、僕はただ……。僕も悠子さんと同じような気分なんです。現実ではないような……。このしおりのことも……」
『カチャ……』
そう言いかけた途端、書庫のドアが開き高齢の白髪頭の男性が入ってきた。木製のレトロな杖をつきながら真ん中に設置されたテーブルの席に腰掛ける。
「ああ、暑いな今日も……。おや? 珍しいな。こんな味気ない図書館で調べ物か?」
「ええ、まぁ……。ちょっとした観光で……。この辺りの神社について調べているのですが、見当たらないんです。お爺さんはここにはよく来られますか?」
悠子は初見であるにも関わらず、親しげに男性と話し始めた。和也とは違って随分と社交的な様子だ。真悠も似たような兆候があった。最初こそ引き気味に接するが、一度心を許してしまうとそこから仲良くなるのは時間がかからなかった。特に老人相手だといつまでも喋っていることがあった。無駄な世間話が得意なようで、頭の回転が早かったこともあってか、次から次へと話題が浮かび上がってくるのだ。だが、真悠は和也と話す時はどこかぎこちない態度をとっていた。
「こんな何もないところに観光かい? 最近の若い奴らは何考えてるか分からんなぁ~。昔は神社に関するものは腐るほどあったんだけどなぁ。最後の神社の神主が亡くなってから取っ払われたんだよ。あの時は自治体がうるさくてな。止むを得ずみんな手放したんだ、ただ一部だけを除いてな」
「最後の神社? ということは、もうこの町の神社はないってことですか?」
悠子は少し食い気味に老人に歩み寄った。
「ああ、そうだよ。厳密に言えば、管理されてしっかり祀られてる神社はもうない。二、三十年前になるかねぇ~。廃神社なら数ヶ所あるが、お前たちのような若い連中が行くべき場所じゃないよ。変な言い伝えがあるからな──化け物が出るとか……」
「化け物……。ここに書いてある『土蜘蛛』のことですか?」
和也はしおりが挟まっていた書物を老人に差し出し、老人は深く頷いた。
「ああ、そうだとも。ここら一帯の神社はその昔、化け物を鎮めるために建てられた。元は人が神の住む場所を奪ったのが悪い。蜘蛛だからといって必ずしも厄災を起こす素になるとは限らんよ。八十年以上この町で生きてきてほとんど知らないことはないと思うから、何かあれば私に聞いても良いぞ」
和也と悠子は顔を見合わせ、悠子は何か察したのかショルダーバッグからブローチを取り出した。
「このブローチ、私の先祖が持ってたんです。私は神津家の子孫で、実はこのブローチについて色々調べているんです。何か知ってることがあれば教えて欲しいのですが」
「これは……。あまり触っていいものではなさそうだから、ここに置いて。じっくり観察しよう」
悠子は老人の目の前にブローチを置いた。黄金色の光沢が電灯に照らされ、老人の額に反射していた。老人は左右からそのブローチを観察し、「うーん」と唸りながら腕を組みしばらく考え込んでいた。
「お前さんが持っているこのブローチは模造品だね──本物じゃない。周りに金粉を貼って高級そうに見せてはいるが、全く本物には及ばない。私は一度だけ本物を見せてもらったことがあるよ。六十年以上前のことだがね。あれこそがその土蜘蛛という化け物の住処になってる。これは、それになりきれなかった失敗作だよ。本物は純金でできてる」
「住処…ですか? それはどういう意味ですか?」
和也は少し張り詰めた声で喋り、そのブローチから少しだけ距離を取った。対して悠子は再びそれを自分の手に戻す。
「大昔、この村を仕切っていたのは神津家だった。神津家は大和三貴族の一族で、昔からこの財宝を祀っていて権力を得ようとしていたんだ。だが、このブローチの正体が価値のあるものだと分かると、それを狙う盗人が現れ一家に危機が訪れた。財宝を守るために呪いをかけた複製を作りばら撒いたんだよ、あちこちにな……。その一つがこれだ」
「あの……随分と詳しいんですね。大和三貴族と関わりがあるんですか?」
和也が問いかけると、老人は再び頷く。
「私の先祖は神津家の使用人をしていたからね。そのブローチの詳細も詳しく記録された手帳が金庫の中にしまってあったんだ。本物がある場所もな。何人かの示名の札も入ってた。恐らくほとんどが若いうちに亡くなってると思うがな。もし必要なら、その手帳を貸してやろう。死期が近い私たちにはもう必要ないからな。だが、相当古いから扱いには慎重にな」
神津家は一族の財産として蜘蛛を模った純金のブローチを所持しており、そのブローチは土蜘蛛の魂が宿っている器となっていた。そして、そのブローチの価値に目が眩んだ村の盗賊に狙われ始めたため、触れると祟りが起きる偽物のブローチを生成し、今その偽物が悠子の命を奪おうとしていたのだ。神津家はいつからそのブローチを所有し始めたのだろうか。そして誰が本物のブローチを作ったのか──その目的は?
「ブローチは誰によって生み出されたものなのでしょうか?」
「それは私にも分からないね。あの三貴族が生まれるずっと前だという噂もあるけど正しいことは分からない」
「示名について教えてもらえませんか?」
悠子は老人の前の席に座り、次々と彼に質問していく。老人も動揺することなく淡々と質問に答えていた。
「元々示名は、魔物や闇に囚われやすい七つまでの子供を神様に守ってもらうためのお守りみたいなものだったんだ。七つまでに何事もなければ神社にお返しすることになってた。私も持っていたんだ。だが、誰もその名前を知らない。布に包まれて開けられないんだよ。親も子も皆見てはいけないことになっていた。見てしまうと効果がなくなるんだ。それがいつしか土蜘蛛に対する『身代わり』のような役割を持たせるようになった。その呪いのブローチが生まれてからだよ。何か不吉なことがあれば、自分の身の代わりにその示名を玄関に置いておくのが風習だった」
「生まれつき障害を持っていた子はずっと返せないんですよね? この本にも書いてありました」
和也は顔でその書物を目で指した。
「ああ、そうだ。それはその子供が親から捨てられないようにするための一種の防止対策みたいなものだよ。あの時は村の人数は少なかったらしいから、持っている家を把握できた。札を渡すために神主が家まで出向くことが普通だったからね。私たちの頃もそうだった」
「なんでそんな小さな村に貴族がいたんですか? 大した能力を持ってるならもっと良いところに仕えると思いますが」
悠子が首を捻る。そんなこじんまりとした集落に大富豪の一族が住むことはかなり珍しい。いかなる理由があったとしても、もっと場所を選ぶだろう。
「能力を持つ家系は目立つ集落にはいられなかったんだよ。いろんな人がいるもんだからさ。その能力を欲しがる人間も怪しむ人間もいるわけだ。彼らが権力を持つには、世間を知らず、貧しい故知識も知恵もない、そして信心深く、ただ生きることを渇望する人間が多く住む場所じゃなければいけない。そういう人たちの元へ出向いて、上部だけでも助ける振りをすれば信用される。そうやって勢力を拡大してきたんだ。昔の呪術師はね……」
老人はそういうと、意味深な深いため息をつき、杖に重心をかけよろよろと立ち上がる。颯爽と悠子が立ち上がり老人を支えた。
「そういえば、お爺さんも何か探し物ですか?」
「ああ、別に何もないよ。妻を迎えに来ただけだ。ここで仕事をしている。これから食事に出ようと思っててな。私たちはこの施設の管理者なんだよ。帰ってくるまでは代わりの見張り番がいるからゆっくり見ていくといい。あぁ、あと……ありがとさんね」
老人は悠子の肩を軽く叩くと、狭い歩幅で書庫を出ていった。
──神社の資料が軒並み処分されてたのを知ってたのは、管理者だったからか。
和也は少し安堵の表情を浮かべながら老人が座っていた席に座り、一息ついた。悠子は休憩を取る間もなく、次の棚に目を向けていた。
「もう、帰りませんか? ここには神社の資料ないんでしょう? 僕たちも少し腹拵えしましょう」
和也がそう言うと悠子は振り返り、少し悩んだ後軽く頷いた。どこか気が進まないようだ。だが、老人の話は大きな収穫だった。彼以上にこのブローチを知っている人物はもう他にはいないだろう。だが、同時にまだ大きな疑問が残ったままだった。
──ブローチを作った人間は誰なんだ?
和也の目的は神社ではなく、本物のブローチの製造者だ。そのブローチの中に土蜘蛛が宿っているというのも論理的思考の彼には想像し難い展開である。その話が真実のものであったとしても、一体誰が、何の目的で蜘蛛に手を掛けることになったのか。そして、偽物のブローチがなぜ神津家の子孫に猛威を振るっているのか。
和也は悠子の手を引き図書館を後にする。悠子の目からは先ほど老人と話していた時の華やかさは消えていた。頭の奥底から滲み出す不安と混乱をなんとか抑え込もうとしている感情が彼には見えた。
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