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1章 王女、敵国へ潜入する

8 舞踏会潜入

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 人目を避けて、逃げる方角など、何も考えずに走ってしまったために、来てはいけないところに入り込んでしまったようだった。

「おい、どこへいく!」
 護衛の兵士に見つかり、追いかけられた。

 向こうから来た兵士に挟まれて、捕まってしまった。
「何もしていません! 道に迷っただけです」
「ならばなぜ逃げた。怪しいやつだ」

「お前は、リアの王城の召使いだな? 以前に何人か連行されてきた。その者らと同じ服だ」

 それは、リカのことに違いない。
 テオは、暴れるのをやめて大人しくすることにした。
 リカのことがわかるかもしれないと思った。

「連れて行け」

 ラビを預けてよかった。
 そうでなかったら、酷い目に遭っていたかもしれない。
 囚われたものは、舞踏会に招かれた人たちとは、鉢合わせにならないように、別のところに連れて行かれるに違いない。
 旦那さまや、ナタリーとも出会うことはないだろう。

「他の召使いたちはどうなったのですか?」
 兵士に訊いた。
「それは知らん」
「処刑されたりしませんか?」
「それはないだろう。貴族ならば処刑もあるかもしれんが、召使いはそれほど酷い扱いにはならんだろう」
「よかった」
「今頃どうしたのだ」
 意外に気前よく話してくれる兵士で、今頃リアの召使いが城のそばをうろちょろしていたのが気になっているようだった。
「その仲間の召使いがどうなったのか知りたくて」
「まあ、しばらく牢屋に入れられるだろうが、取り調べ中にでも聞いてみるんだな」

 王城は広く、迷子になりそうだ。
 大人しく従っているので、兵士はテオをあまり警戒していないようだった。
 召使いの少女だということもあるのだろう。連行するのは一人だけだ。

 舞踏会の警護を手厚くしているからだ。
 人の姿をあまり見かけない。
 使用人たちも、舞踏会の方に駆り出されているのだ。

 あんなに王城に入るのが怖かったのに、連れてこられてみれば、不思議と腹をくくれる。

 こうなったら見てやろうと思った。
 リカがどこかで生きているとわかったことも、テオを後押しした。

 さりげなく、周囲に気を配る。
「あの・・・ハンカチを落としたようです。探してもらえますか?」
 下を向いて、探すふりをする。
「落としただと? そんなはずは・・・」
 兵士も思わず下を向いて、後ろを振り返っている。
 テオを掴んでいる手の力が緩んだ。

 振り切って、素早く角を曲がり、走った。
 舞踏会の会場の方へ行きたいが、辿り着けるかどうかはわからない。

 目くらましのために、角をいくつか曲がる。

「こら! 待て!」

 兵士の声が追ってくる。

 わざと賑やかな方へ走る。
 やはり、リアの王城より広い。

 舞踏会の会場は、大広間。
 通じていなかったらどうしようと不安になる。

 捕まるなら捕まったでいいから、思いっきりやろう。
 萎えそうになる足を励まして、止まらずに走り続けた。

 音楽が聞こえてきた。
 舞踏会は生演奏で、男女がペアになって踊る。
 そのペアを変えながら、お相手を探すのだ。

 音のする方へ行けばいい。

 使用人たちの姿が見えはじめる。

 飲み物や、軽食を用意し、置いておくテーブルが並べられていた。
 使用人たちがトレーにそれらを載せて、会場まで運んでいく。

 人の切れ間のタイミングをはかって、テーブルの下に潜り込む。
 クロスが床まで垂れているから、隠れるのにはちょうどいい。

 会場はすぐ近くだ。
 楽団がすぐのところにいるせいで、音楽が大きく聞こえる。

 会場に飛び込んでいく勇気はない。
 目立たずに入る方法はないだろうか。

 ドレスなら、招待客に混じって入れるが、この召使いの服では、使用人に紛れることも難しい。

 そのとき、小さなワゴンが会場に入るのを見た。
 あの下に潜り込めば、会場に入れる。
 だが、ワゴンは人が押している。
 その動くワゴンに、しかも人にさとられないように下に入り込むのは難しそうだ。

 テオは、テーブルの下にじっと隠れて様子を伺う。

 この中に、王子がいるのだろうか。

 心臓が口から飛び出そうにドキドキしている。

 どうしよう。
 このままここにいても、見つかるだけだ。

 やはり潜入は早かった。
 もっと根回しをしてから決行するべきだった。
 私はなんて考えなしなんだろう。

 成り行きでこうなったとはいえ、もうこれまでだという気がする。

 そのとき、ワゴンを押して戻ってくる召使いが目に入った。
 見覚えのある顔に、思わず叫びそうになる。

 リカだ。

 優秀な召使いだから、王城で働くことが許されたに違いない。

「リカ」
 そっと呼んだ。
 クロスを揺らして知らせる。

 リカが目を丸くして、頷いた。
 近づいてくる。
 リカの足が見え、テーブルを片付けるような音がした。
「ご無事でなによりです」
「リカも・・・」
「しばらくお待ちを。ワゴンの下にお隠れになってください」
 さすがリカだ。テオがやりたいことを見抜いている。

 ワゴンを押す音がして、リカがいなくなった。
 新しい飲み物やデザートなどを載せて持ってくるのだろう。

「さあ、入って」
 クロスが揺れた。
 ワゴンに移動する。
 腰を屈めて、隠れながら歩くのは、大変だが、リカがゆっくりと進んでくれるので助かった。

「端っこから見るだけになりますが」
「それで十分よ」
 ワゴンが止まり、見えますか?とリカが囁く声が聞こえたので、そっとクロスを上げてみる。

 踊っている人が視界を横切っていく。
「王子はまだお見えになっていません。中央の玉座には、王太子さま。王様はご病気で、表にはお出になりません」

 体格がよく、力自慢といった感じの強そうな王太子だと、離れていてもわかる。
 隣には王太子の妻だろう女性がいる。
 そして、見覚えのある王女の姿が。
 淡いブラウンの長い巻き髪が艶やかで、一際その美しさが際立っている。

 あれは・・・。

「シーザス王国のゼルダ王女です」
 リカが囁いた。
「この舞踏会は、王子の婚約者選びだとのお触れですが、王太子さまの存念は、ゼルダ王女に決まっているようです。そう皆が申されています」
「そう・・・」
 声が震えた。

 何度か会ったことがある。
 その聡明な美しさを全面に押し出して、時に、相手を見下すような物言いをする。
 テオの苦手なタイプの女性だ。
 ヤン王国の王子を狙っていると、噂になっていて、テオは何かと敵視されていた。

「さあ、これ以上は危険です。このまま、出入り口の方へ向かいます」
「ありがとう、リカ」
 ワゴンが動き出した。
「王子は、どのようなお方なのかしら」
「それが、まだお目にかかれていなくて・・・。領国に戻られているとか。ご兄弟の仲は、よくないようです」

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